第50話 ラクティの告白
「光よ、灯火となれ」
簡易な法術で、コウは窓際にあるテーブル周辺だけを明るくした。
そして、ラクティに席を促す。
ラクティが座ると、対面する位置に自分も座った。
「どちらに行かれてたのですか? お邪魔したら部屋にいらっしゃらなくて、少し驚きました」
「少し夜風に当たっていただけだが……。夜中に男の部屋に来るのは、あまり感心はしないぞ?」
「それは……理解はして、います。でも、明日にはお別れ……ですし」
緊張した面持ちでラクティが言う。
明日、ラクティはパリウスに帰還する一方、コウらはこのまま王都に向かう。
つまり、少なくともしばらくはお別れということになる。
最後に何か言うことがあったという事だろうかと思うが、用件が思いつかない。
用件ではなく一つだけ考えられることがあるが、それは言う事はないはず――と思ったところで、ラクティが決然として顔を上げた。
「コウ様。私は貴方が好きです」
一息に言い切ると、ラクティはそのまま呼吸すら忘れたように、口を引き絞ってコウを真っ直ぐに見る。
唯一あるかも知れないと思っていた、その言葉が正面からぶつけられた。
さすがのコウでも、気付かなかったわけではない。
ただ、立場や地位、それにコウの事情を考えれば、それが叶わぬ話であるのはラクティも理解していたはずで、言い出してくるとは思っていなかった。
だから、本当の理由は言わないでいいと思っていたのだ。
だが――。
「地位や立場のことでしたら、問題にはなりません。実際、コウ様の功績は、既に領主となって爵位を与えられてもなんら不思議ではないほどのものがあります。王国七公爵である私と比しても遜色ないほどに。エンベルクの領主という話も、決して冗談ではありませんでした」
コウが何かを言おうとした瞬間、コウの言葉を先読みした様にラクティが言い切る。
ラクティを助けてのアウグストの討伐。
そして今回の内乱の解決に尽力したこと。
これだけで、もう十分すぎるということらしい。
さらに非公開ではあるが、クロックスでのキュペルの陰謀の打破というのもある。
「ですから、地位や立場が、私を拒む理由にはなりません。そして、貴方が異世界から来たというのも、私が諦める理由にはなりません。貴方が帰る術を探す旅を続けるのなら、私はいつまでだって待つ覚悟があります。いつかお別れする時が来るとしても、です」
ラクティの言葉には迷いがない。
その声が、表情が、ラクティの決意と覚悟をコウに知らしめた。
彼女はすでに理解している。
結末まで見据えた上で、それでも本人の口から直接その言葉を聞く覚悟で、ここにいるのだろう。
そしてそれを誤魔化すことは、コウには許されなかった。
「すまない。俺は君の好意に応えることは、できない」
コウの返答は、明確な拒絶の言葉。
それを聞いたラクティは、しばらく凍り付いた。
それから忘れていた呼吸を思い出したかのように小さく、そして次に大きくしてから、少しだけ俯き加減になる。
「……分かっていても、やっぱりその言葉は……堪えますね……」
そしてラクティの瞳から涙が溢れた。
だが、コウにその涙を拭う資格はないと分かっている。だからコウは、彼女が泣き止むまで、ただ見ていることしかできなかった。
「一応、理由を聞かせていただいてもいいですか?」
「正直に言うなら、君をそういう風には見れないとなってしまう。その、君は恋人というより……」
「妹、ですか?」
言おうとした言葉を先に言われ、コウは言葉に詰まる。
「なんとなくそんな気はしていたんです。そして、コウ様のかつてのお話を聞かせていただいて、納得しました。コウ様、かつて妹さんを守れなかった代わりに、私を守ってくれていたんですね」
コウは何も言えなかった。
だが、その沈黙が何よりもラクティの言葉を肯定してしまうのだけは、明らかだ。
「コウ様の年齢を考えると、多分妹さんが生きてたら、ちょうど私くらいではないでしょうか。正直、なぜあそこまでして守ってくれるのだろうと思っていたんです。その理由がやっと分かって、実はそこだけはすっきりしています」
あの、追っ手に対する苛烈とも思える対応も、それならばラクティにも理解できた。コウにとって妹を害する可能性のある存在は、何よりも先んじて、一欠片の容赦もなく、排除すべき対象なのだ。
「……すまない」
「何で謝るんですか。貴方に感謝こそすれ、謝られる様なことは何もありません。ただ、私が勝手に……勝手に貴方を好きになってしまっただけです」
再びラクティの瞳から、ぽろぽろと涙が落ちる。
「妹にされてしまったのだから、仕方ないです。でも、だったらコウ様を……いえ、お兄ちゃんを必ず後悔させてみせます」
「ちょ!? その呼び方は……」
「いつか絶対素敵な女性になって、お兄ちゃんを後悔させますっ」
その言葉と同時にラクティは勢いよく涙を拭うと、顔を上げた。
「お兄ちゃんが、私が結婚するのを止めたくなるくらいになってみせます! その時になってから後悔しても、遅いですからねっ」
どうやらラクティの中では、コウの呼び方は『お兄ちゃん』で確定してしまったらしい。
涙を拭った跡も見えたが、それでも晴れやかに宣言したラクティは、そのまま立ち上がると、踵を返す。
「夜遅くに失礼しました。では、おやすみなさい、お兄ちゃん」
「……ああ、おやすみ、ラクティ」
扉を開ける際に一度立ち止まって振り返ると、ラクティは笑顔で会釈をして、それから部屋を出て行った。
扉の向こうに、ラクティの姿が消える。
「兄……か」
これはこれでありなのかもしれない。
これまで家族だと思えたのは、橘老と、あとは幼い時に失った妹だけ。
血の繋がりどころか、本来なら何があろうが会える筈のなかった存在であるラクティだが、確かに彼女を『家族』として感じている自分がいる。
それがとても心地よく、そして嬉しく思えていた。
ラクティがフラれるのは最初から決まってましたが……この展開を不満に思う人もいるかなぁ、やっぱり。
長かった三章も次で終わります。
なお、ラクティの出番がこの章で終わりということはないです。
お兄ちゃんあるところに妹あり(違)




