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転移直後に竜殺し ―― 突然竜に襲われ始まる異世界。持ち物は一振りの日本刀  作者: 和泉将樹
第三章 パリウス争乱

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第49話 王弟との酒杯

 あの話の後の食事は、最初こそ少し重い雰囲気だったが、その後は今後のことで話が弾んだ。

 ラクティは王都に十年いたこともあり、コウとエルフィナが行くのであればと、お勧めの店や観光地などを色々話してくれたのである。


 ちなみにここ数日、コウとエルフィナはラクティと食事を共にしているのだが、最初に一緒に食事した際、ラクティはエルフィナの食べる量に唖然としていた。

 ちなみにエルフィナは、別にいつもたくさん食べるわけではない。移動中などの食事では、むしろ少ないくらいである。食べないわけではないが。

 ただ、食べられるときは本当にたくさん食べるのだ。

 ラクティが羨ましそうにしていたのは――少しだけコウにも気持ちは分かる。

 あれだけ食べても体型が全く変化した様子がないのは、驚異的というしかない。

 コウは妖精族フェリア特有の環境適応能力だと思うことにしている。

 そして、ものすごく美味しそうに、そして幸せそうに食べる。

 見ている方が幸せになるくらいに。

 もっともそうやって見られるのは恥ずかしいらしく、視線に気付くと顔が赤くなるが……それでも食べるのをめないのだから、よほど好きなのだろうと思う。


 食事が終わった後は、それぞれあてがわれた部屋に戻った。

 既に出立の準備は全て終わっているのであとは眠るだけなのだが、なぜか目がさえてしまい、寝付けない。

 過去の話をしたことで少しだけ心が高揚しているのか。

 このまま横になっていても眠れそうになかったので、コウは起きて廊下に出た。


 代々のエンベルク伯爵の館であるため、この屋敷もパリウスの公爵邸ほどではないが、相当に広い。

 どこに行こうかと適当に歩いていると、長い廊下に出る。

 その廊下の奥、突き当りに壁から飛び出す形で露台バルコニーがあるのが見えた。そこで夜風に当たろうとして、近付くと――コウはそこで予想外の人間に出会った。


「……ハインリヒ殿下?」


 同じ屋敷にいるのだから会うこと自体はおかしい話ではないが、この時間に起きているとは思わなかった。

 確か彼も、明日にはパリウス領都経由で王都に帰還する予定だ。

 その準備も全て終えているはずで、あとは眠るだけというはずだが。


「おう。コウ殿か。いや、月が綺麗でな。つい、このまま眠るのが惜しくなった」


 言われて空を見上げると、今日は雲がほとんどない。

 煌めく星々の絨毯の中に、銀月と蒼月が近い位置で美しく輝いていた。

 視線を下に動かすと、露台のテーブルの上には、優美なグラスと酒瓶が置いてある。

 夜風に当たりつつ、月見酒というところか。


「ちょうど良かった。一人ではもったいないと思ってたところだし、貴殿とはもう少し話をしておきたかった。よければ、一献どうだ?」


 一瞬、コウは判断に迷った。

 橘老も酒は好きで、よくコウも付き合わされた。

 その時はせいぜい一口二口程度だったが、酒が初めてというわけではないにせよ、一応まだ十八か十九。

 法律上は……とまで考えてから、まあ異世界で日本の法律もないか、と開き直る。

 ただ、一介の平民が、いくら冒険者とはいえ王族と軽々しく酒を酌み交わしていいものかと思わなくもないが、それも途中で考えるのを止めた。

 少なくとも、ハインリヒはそういうのを気にしそうにない。


「では、一杯だけいただきます」

「おぅ。話が早い」


 言うが早いか、ハインリヒは余っていたグラスに酒を注ぐ。

 月明かりだけだから酒の色は分かりにくいが、僅かに黄金めいた色にも見える。

 考えてみれば、王族に酌をさせたことになるが、そこは気にしないことにした。

 グラスを受け取ると、差し出されたハインリヒのグラスに合わせて軽く触れさせる。

 チィン、と澄んだ音色が響き渡った。

 どうやら、この世界でもグラスを合わせる風習はあるらしく、それに満足したハインリヒは一気に酒をあおる。

 コウも一度匂いを確認し、少しだけ口の中で遊ばせて、それから飲み干した。


 おそらくはリンゴか、それに似た果実を原料にした酒だろうか。

 口当たりは柔らかく、また味わいもかなり甘いが、わずかな酸味も感じる。のどを通り抜けると焼けるような感覚があったので、かなり強い酒だと思うが、味ではそれがわからなかった。


「どうだ? こいつは王都近辺で生産してるもので、アプラの実で作った酒だ」


 アプラの実というのは知らないが、おそらくリンゴのようなものか。

 《意思接続ウィルリンク》が翻訳しきれなかったという事は、コウの概念にない固有名詞、つまり地球に相当する果実のないこの世界ならではのものだろう。


「美味しいですね。口当たりが柔らかいから、うっかりたくさん飲んでしまいそうです。ただ、迂闊にたくさん飲むと、あとで響きそうですが」


 酒が褒められたのが嬉しいのか、ハインリヒは満足げに頷いた。


「コウ殿は、王都に向かうそうだが、何か目的はあるのか? ラクティ殿が残ってほしげだったが」

「いえ。まあ、漠然とした目的のようなものはありますが。ただ、あちこちに行ってみる必要があるのは、確かで」

「そうか。まあ冒険者である貴殿を縛る法はない。王都に着いたら、是非私を訪ねてくれ。歓迎しよう」


 王家の人間の歓迎というものがどういうものか怖くもあるが、コウは曖昧に頷いた。


「時に……コウ殿は、第一基幹文字プライマリルーンをいくつ使えるのだ?」


 その突然の質問に、コウは危うく酒を噴出すところだった。


「すまん、不意打ちが過ぎたか。だが、その反応を見るに、最低一文字以上は使えそうだな?」

「……殿下も人が悪いですね」


 ハインリヒは、悪戯が成功したような笑いを浮かべている。


「あのアクレット殿が信頼する実力の持ち主となれば、当然行き着く推測だ。今回のことは実際、私はアクレット殿が出てくるとばかり思っていた。それだけに、彼がまったく心配せず貴殿に任せたことで、貴殿の力が、アクレット殿が少なくとも『自分の代わりになる』と思えるほどに信頼を置いている、と分かる。すまんが、『証の紋章』を見せてもらっても?」


 一瞬迷ったが、コウは証の紋章を出す。


「法術は黒……いや、これはアクレット殿が気を回したな?」

「否定はしません。実際のランクは私も分かりませんが」


 普通なら、コウの若さでは黒でも異様なのだが、ハインリヒはあっさりとコウの実力をそれ以上だと見切っている。


「近接も……これ以上だろう。いや、そうか。確か冒険者ギルドの試験で付与できる限界は紫だったか」


 コウは最初の試験の後に知ったのだが、冒険者ギルドで、所謂いわゆる『試験』で付与されるランクは紫が最大だ。

 それ以上の赤、黒、銅、銀、金は高ランクの冒険者またはそれに相当する実力者の推薦を必要とする。コウの場合は、法術の黒と遠距離の赤はどちらもアクレットが認めたため最初から付与されたが、あれも本来は破格だったらしい。


「変わった武器を持っていたから気になったが、明日でいいので、アレを見せてもらっても良いか?」

「かまいませんが……殿下も大概だとは思いますが」


 実際、相対していると分かる。

 身長はコウより僅かにある程度で、体格も大柄ということはない。

 だが引き締まった肉体は、まるで身軽な猫科の猛獣めいた俊敏性と膂力りょりょくを感じさせる。

 真正面から剣のみで戦えば、コウも負けない様に立ち回ることはできるかもしれないが、勝てる気もしない。

 武術という点においてアドバンテージがあるはずだが、それでもそう思わされた。

 酒の席でこれだけ感じるのだ。実際に対峙したら、さらに凄まじいことは容易に想像できる。


「貴殿が冒険者で良かった。では、明日。そして次は王都で、だな。土産話を楽しみにしている」


 ハインリヒはそういうと、露台を後にした。

 ややあってコウも去ると、片付けに向かう使用人とすれ違う。


 歩きながら、コウはハインリヒという人物についての評価を上方修正していた。

 話によると、今回勅使として彼が立ったのは、自分で名乗り出たからだという。それだけこの事件を重視してたという事でもあり、同時に自分が出ることで確実に事態を収められるという自信があったのは間違いない。

 その立ち回り、武力、さらに洞察力。

 どれをとっても、まず傑物といっていいレベルだろう。


 ラクティもそうだが、この世界の上に立つ人間のスペックはある意味化け物じみている。

 クロックス公爵とてそうだ。

 常に戦いが起きる状況にありながら、その最前線の街を含めた領地をあれだけ発展させる手腕は並大抵のものではない。

 あるいはこういう世界だから、あれほどの人物でなければ、王族や公爵などやってられないのかもしれない。

 そんな世界で、あまりにも特殊な力を保有してしまった自分が、今後何ができるのか――それは、旅の中で見つけるしかないだろう。


「ふわぁ……さすがに眠いな」


 さすがに眠くなってきたのであてがわれた寝室に戻り――そこでコウは、窓際に人影があるのに気付いた。その後ろ姿には見覚えがある。


「……ラクティ?」


 その言葉に振り返ったラクティは、夜着と思われるゆったりとしたドレスに、ガウンを羽織った姿。日本で言えばパジャマの上に一枚羽織っただけのような姿だ。

 そして僅かに緊張した面持ちで、コウをまっすぐに見る。


「夜分遅くにすみません。少しだけ、お話をよろしいでしょうか?」



コウはリンゴ酒一杯程度ではほとんど酔いません。

この辺りは作者と同じです(ぇ

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