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転移直後に竜殺し ―― 突然竜に襲われ始まる異世界。持ち物は一振りの日本刀  作者: 和泉将樹
第三章 パリウス争乱

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第47話 コウの過去

 神坂(かみさか)(こう)は、日本の、ごく普通の家庭に生まれた、ごく普通の子供だった。

 少なくとも、コウはそう思っていた。

 ただ、記憶がある三歳の頃には、両親から日常的に暴力を振るわれていた。

 子供心に、『親の言うことを聞かないからだ』といつもいい子になろうと努力していたが、やがてそれも無駄と諦め、その頃から彼らはコウにとって『敵』になっていた。


 これは後に知ったことだが、この父親も母親も、彼の本当の親ではなかったらしい。

 コウの母親はコウが生まれてすぐ死んでいて、父親がその後再婚したのが今の母だったのだ。しかしその父も彼が物心つく前に事故で死亡していた。そして今の父親は、さらにその後に継母と結婚した男だった。


 そしてコウが四歳の時に、妹が生まれる。その世話は、ほとんどはコウに押し付けられた。

 ただコウは、生まれて初めての、自分より弱いその小さな存在を守ることができるのは自分だけだと、そう考えた。そして妹をどんな存在からも守ると、幼心に決めたのである。

 あの『敵』は、すぐ自分たちの怒りのはけ口を、弱い存在であるコウと妹に向けようとする。コウはそれを、幾度となく自分だけに向けるようにして、妹を守り続けた。


 しかし一方で、まだ自分の力は弱く、自分達だけで生活はできないことも、コウは分かっていた。

 だからコウは、妹が生きていくためだけに、『敵』の存在を許容することにした。


 そうして二年が経ち、妹もいくらか話すようになった頃――コウにとって忘れがたい事件が起きる。

 きっかけは――これもやはり後で知ったのだが――父親が事業に失敗して、莫大な借金を作ったこと。そして父親と母親は逃げ出すことを決意し、足手まといを切り捨てることにしたらしい。

 つまり、コウと妹を置いていくことにしたのだ。


 その日、コウは妹の泣き声で目が覚めた。

 時計はよく見えなかったが、暗かったので夜だったのは確かだ。

 妹の泣きわめく声が、暗い玄関から聞こえてきた。

 今思えば、多分『置いてかないで』と言っていたのだと思う。

 一体何があったのかと玄関に近付いたところで――「うるせえ!」という怒号と同時に何かを弾く様な音がした後、妹が吹き飛んで来た。


 やったのは――父親。


 泣きわめく妹の声が近所迷惑になるのを嫌がったのか――今なら夜逃げするのに気付かれたくなかったのだろうと分かる――妹を黙らせるための平手は、まだ小さな妹が一メートル以上吹き飛ぶほどの威力だった。

 僅か二歳の子供が、父親に思い切り張り倒され――妹がどこかに当たった瞬間のゴン、という鈍い音を、コウは今も覚えている。

 目の前で仰向あおむけに倒れた妹は、呼びかけても、もう返事をすることはなかった。


 その後のことを、コウは良く覚えていない。

 ただ気付いた時、手には包丁があり、家は真っ黒に――実際には真っ赤に――染まっていた。

 その時の光景は、多分一生忘れられないだろう。


 事件は大きく報じられた。

 だが、まさか六歳の子供が親を殺したとは誰も思わない。

 両親に借金があったため、その取り立ての中で事件が起きたという推測がまことしやかに報じられたらしい。


 コウはその後、養護施設に引き取られる。

 世間は、コウが突然何者かに――当然だが犯人は検挙されなかった――家族を奪われた不幸な子どもと思われ、周囲は彼に同情した。


 だがその周囲の見方は、コウにとっては正しくなかった。

 むしろコウは、さっさとあの二人を殺していなかったことを後悔した。

 殺していれば、妹が死ぬことはなかったはずだ。

 あの二人がいなくても、きっと妹と自分は生きていくことはできたはず。

 結局あの二人は、妹の命を奪うだけの存在でしかなかったのだ。

 そしてコウは、自分の周りの弱い存在に理不尽な危害を加えようとする相手は、迷わず殺さなければならないと思うようになった。

 一方でコウは、事実を語ればよくないと思われると理解していたので、大人相手には口をつぐんでいた。


 そして三年後、再び事件が起きる。

 コウのいる養護施設に、二人の銀行強盗が逃げ込んだ。

 拳銃を所持しており、運悪く大人が一人しかおらず、その唯一の大人である年若い女性職員は、銀行強盗によってたちまち無力化された。

 その時施設にいた子供は全部で八人。

 最年長は十歳で、次いで九歳のコウだったが、いずれも拳銃を持った大人の男性には無力だった。

 その、はずだった。


 実際、十歳にも満たない子供が、銃を持った二人の凶暴な大人に対抗できるなど、考えるはずもない。

 もちろん男たちも子供たちを見張ってはいたが、それは逃げられないようにするためであり、攻撃されることを警戒してのことではなかった。

 だから、コウが千枚通しで男の太ももを貫いたとき、その男の目にあったのは驚愕だった。

 さらにコウは、工作用の大型のカッターナイフを用い、男を切り裂いた。

 最初に的確に目を奪ったのは覚えている。

 男の叫びにもう一人が気付いて部屋に飛び込んできた時、その男の眼前にあったのは、鋭く投擲とうてきされた千枚通しの切っ先。


 直後、出鱈目でたらめに放たれた一発の銃弾は、コウを捉えることなく窓ガラスを貫通。

 その銃声で痺れを切らした機動隊が踏み込み、そこで見たものは、全身をズタズタに切り裂かれ――致命傷は正確に頸動脈を切り裂いた傷――血の海に沈む男二人と、その前で血まみれの凶器(カッターナイフ)を持って()()()を見下ろす、少年の姿だった。

 全身に血を浴びていたため、その表情はわからなかった。


 この事件は世間では大きく報道された。

 無論コウの存在は伏せられたが、犯人が死んでいたことは隠しようがない。警察発表では内輪もめでお互いに殺しあったとされたが――人の口に戸は立てられない。

 銀行強盗犯が養護施設にいた者によって殺害されたという話は、特にネット上では盛り上がった。


 大人たちはコウが極限状態で男たちを殺したと思い、幾度となくカウンセリングなどを行ってきたが――コウはいたって正気だった。

 コウは『殺すべき相手にためらう理由はない』と言いきり、あの男二人を殺したことになんの悔恨もなければ、ショックも受けてないことに、むしろ大人たちが慄然としたらしい。

 コウからすれば、なぜそんな当たり前のことに疑問を持たれるのかが、わからなかった。


 実際の被害は拳銃で割れた窓ガラス一枚と、強盗に殴られて怪我をした職員、あとは床の血の痕だけだった養護施設だが、コウは当然そこにいられなくなった。

 その後コウはいくつかの施設を転々とすることになる。

 その中でコウの考え――殺すべきと判断した相手を何の躊躇いもなく殺そうとする――を矯正しようと幾度もカウンセリングが行われたが、全て効果はなかった。

 ただ、普段のコウは警戒心が非常に強い傾向があるとはいえ、むしろ模範的とすら言えるほどの少年であり、大人たちがその扱いにひどく困ったまま、時が過ぎる。


 そして、あろうことか三度目の事件が起きる。

 コウが中学生になった、その入学式の日。

 真新しい制服に――コウは譲られたものだったが――身を包んだ中学生が親と共に新生活に思いをはせる、その通学路。

 暴走した車が、その学生たちの列に突っ込んできた。

 逃げ遅れた生徒二人が巻き込まれ、車は電柱にぶつかって停止。

 そして降りてきた男は、大型のナイフと金属バットを振り回し、周囲の生徒たちに襲い掛かった。

 あとで分かったことだが、覚醒剤の禁断症状により、正気を失っていたという。

 さらに二人の生徒と保護者が害されたところで、コウが男の前に立ちふさがった。男は迷わずコウを標的にして、襲い掛かる。

 コウは意味不明の叫びをあげる男に全く動じず、振り下ろされたナイフを軽々と避け、その手首を掴んでナイフを奪うと、迷いのない動きで相手の喉を切り裂き、心臓にナイフを突き立てた。

 警察が来たとき、すでに男は絶命していた。


 この事件はさすがに隠しようもなく、大きく報じられ、芋蔓いもづる式にコウの過去のことがネットに出回った。

 両親が死んでいるのも実は、などという邪推――真実その通りなのだが――まで出回って、『中学生殺人鬼』なる単語が飛び交った。


 だが、それも数ヶ月のことで、やがて世間は、その事件に端を発した薬物取締り強化から、多くの指定暴力団などが摘発されたことに関心が移っていった。


 そしてコウはといえば、当然その中学に入ることはできず、さらに養護施設も彼をどう扱うべきか困り果てていたが、一月後、ある老人に保護されることになった。

 (たちばな)清十郎(せいじゅうろう)という、ともすると時代劇に登場しそうな名前のその老人は、宮城の山奥に住んでいたのだが、コウのニュースを見て、彼を引き取りに来たという。

 施設側も完全にコウを持て余していたので、コウは橘老に引き取られることになった。後で知ったが、いろいろ面倒な手続きはあったらしい。


 橘老は、元は剣術道場を運営していたらしいが、今は隠居の身で、なぜコウを引き取ったのかといえば――本人曰く、自分がやるべきだと思ったからだ、とのこと。

 齢八十近かったが、まだ矍鑠かくしゃくとしている老人で、コウはここで初めて、普通の生活を送れた、と思っている。

 それまでは、常に腫れ物を扱うように接されていたのだ。

 だが、橘老は実の孫であるかのように優しく、そして厳しく、コウを育てた。

 コウもいつの間にか、彼が家族であるかのように感じていた。


 その後、コウは平穏な学生生活を送ることができた。

 中学、高校はどちらも家からはかなり遠かったが、それでも橘老――コウは『じぃさん』と呼ぶようになった――との生活は楽しかったし、実際、この生活がなければ今の自分はないと、コウは思っている。

 ただそれでも、『必要な時に殺すのをためらわない』というコウの行動原理とでも言うべき部分だけは変わらず、また橘老も、それはある意味で正しい、と説いた。


 そして同時に、橘老は自らが修めていた剣術や格闘技をコウに教えた。

 コウもこれをよく吸収し、わずか数年で橘老と渡り合えるほどになる。

 そうすることで、橘老は人を制するための技術をコウに教え込んだのだろう。

 実際、中学以降コウはその経歴から、幾度かトラブルに巻き込まれることもあったが、常に相手を圧倒し、いつしかトラブルの元になる人々が彼を避けていくようになる。

 成績は比較的良かったので、高校進学後はむしろ穏やかといっていい学生生活を送ることができた。

 一方で橘老は、人を制する以外の技は、本当にそれを使わねば自らの身すら危ない時以外には、絶対に人に対してふるってはならないと厳命し、コウもその技が必要な場面に遭うことなく、穏やかな生活を送れていたと思う。


 そして高校卒業を間近にして――橘老は病に倒れた。

 ガンだった。

 実はコウを引き取った時点で、既に余命宣告がされていたらしい。

 しかしそれを大きく上回って彼は生きており、ここまでもったのはお前のおかげだ、と彼は笑っていた。


「お前を引き取ってから六年、本当に楽しかった。お前は自分が異常だと思っているのだろうが、そうではない。お前は強く、そして誰よりも優しい。だからこそ、弱い者や大切な者を守るために奮起できる。それは人として正しいことだ。お前が再び、大切だと思える誰かを見つけられるまで見届けたかったが……それは涅槃ねはんにて見守るとしよう」


 それが、橘老の最期の言葉になった。

 この時、コウは妹を失って以来、初めて泣いた。


 彼の資産は実は意外なほど多く、その相続人にコウが指名されていた。

 その遺産は、コウが成人し将来暮らしていくために、と遺言されていた。


 その後コウは、高校を卒業。

 大学へ進学することになった。

 遺産は全て橘老が生前に手配していた後見人に託し、管理を一任。

 ただ一つ、彼の遺産のうち、彼に教わった剣術を忘れないためにと、彼の愛刀だけは引き取った。

 それと、あとは日用品を持って、大学近くのアパートに移動する最中、この世界に迷い込んだのである。



一応捕捉。

この話は読者向けという形で分かりやすさを優先しています。

実際にコウがエルフィナやラクティに話してる時は『ネット』とかの単語は使わず、噂とか世間とかざっくりとしたイメージで伝えてますのでご了承ください

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