第46話 内乱の後始末
その後のラクティの働きは、文字通り獅子奮迅というべきものだった。
オルスベールが雇い入れていた傭兵には、オルスベールの私財を遠慮なく使って給金を払った。
もっとも、半数以上の傭兵が『奴隷制度なんてモノに関わってたやつに雇われていたなんて一生の恥だ』と、契約を解除、報酬の受け取りを拒否した。
中には違約金を払う、という者もいたほどだ。
その後、奴隷制度に関わっていた者は、そのほとんどがドパルにいたこと、そして責任者だったオットー・クレメンス以外全てが既に死んでいることが判明した。
他に、奴隷制度のことを知る兵が百人ほどいたが、現在行方不明で、ラクティは手配こそしたが、それ以上は追わなかった。
また、オルスベールには息子と娘がいたが、息子は王都在住で後継者としての教育を受けているところで、娘はすでに他家に嫁いでいた。
奴隷取引について知っていたかどうかは今後調査となるが、知らなかったとしてもコーカル家が全財産没収の上エンベルク伯爵の地位を剥奪されることは確定している。無論、代わりの領地が与えらえることもない。
嫁いでいる娘はともかく、息子にとっては悲惨な結果だが、これに関しては同情の余地はない。
コーカル家は二百年以上エンベルクを治めていた名家であり、麾下にあった親類筋の領主は幾人もいるが、これらについても奴隷制度の存在を知っていたか次第で沙汰を決めることにしている。
おそらく半分以上は知っていたと思われるため、同じく爵位剥奪となる見込みだ。直接関わってないのであれば、財産没収まではしない予定だが。
エンベルクの統治は、当面はパリウスから代官を派遣する予定だ。
幸い、統治機構と奴隷制度の担当者は完全に分離されていたので、奴隷制度関連の人員がごっそりいなくなっても――そもそも全員死んでいるが――さしたる混乱もなく、行政機能の維持には支障はなかったらしい。
解放した奴隷は、帰る場所がある者は送り届け、ない者はエンベルクやパリウスで養護施設を創設、いずれは独り立ちしてもらう。その費用にもエンベルク伯爵の財産が充てられた。
また、顧客名簿から奴隷を所持していると思われる各地の貴族らには王家、パリウス公爵の連名で、改めて『奴隷の廃止』に関する文書を通達した。
暗に奴隷を解放せよ、ということだ。
さらに、それぞれの地を統括する公爵に、どの領主にそれらを通達したかを連絡している。
あとの処分は各公爵がやるだろう。
必ずしも当主がやってるわけでもないので、後の処理は各領主に任せる方がいい。
ちなみにごく少数いたアルガンド王国以外の『顧客』に対しては、後日領事館を通して情報を伝える予定だ。それ以降の対応はその国に任せるしかない。幸い、奴隷制度が存続している国の顧客はいなかった。
また、パリウス内にも当然『顧客』は幾人かいたが、幸いそう多くはなかったのと、『当主』が一人もいなかったので、各家に連絡、後の処理は任せた。
ただ、通達の翌日にはその『顧客』を獄につなぎ、後日領都に移送するという連絡もあったから、どうなるかは推して知るべしだろう。
それらの処理を、ラクティは僅か一週間で終わらせてしまった。
「あらためて驚くな。ラクティの統治者としての判断力や処理能力に」
そういうコウも、この一週間はラクティの手伝いに奔走させられていた。
最初はドパルの奴隷たちの移動の護衛などをしていたのだが、うっかりラクティがしていた仕事が理解できていることが判明してからは、彼女の副官のように色々手伝わされてしまったのだ。
コウからすれば、現代日本の中学卒業程度の知識があれば対応可能な事柄だったのだが、この世界でそれは普通ではなかったらしい。さすがに現代日本とは教育水準が違い過ぎるのだろう。もっとも、そのコウから見ても、ラクティの能力は突出していた。
現代日本に生まれていたら、生徒会の役員などを務めていたことは、疑いない。長じれば非常に有能な会社経営者か官僚、または政治家にでもなっていただろう。
ちなみに王国軍は大半は帰還してるが、一部は残って、ラクティの手伝いをしている。ハインリヒまで残っていたのは驚いたが、彼によると勅使として最後まで全て見届ける義務があるらしい。
「とりあえずようやく一段落か。お疲れ様だったな、ラクティ」
全ての仕事が終わり、明日にはパリウスへ戻る、その前日。
ラクティとコウはようやく終わった仕事に一息つきつつ、お茶の時間を迎えていた。
無論、メリナが傍に控えており、コウの隣にはエルフィナも座っている。
ちなみにエルフィナはコウやラクティのやってることはさっぱりだったため、他の仕事を手伝っていたらしい。
アルフィンは館での寝泊まりが落ち着かないとかで、今は家に帰っている。
「領主になって早々、これだけのことが起きるとはな。すんなりいくとは思っていなかったが……」
コウの言葉に対して、ラクティは少しだけ複雑そうに笑う。
「実のところ、エンベルク伯がこれだけのことをしでかしてくれたこと自体は、結果論ですが私にとっては好都合でした。十四歳の小娘に従おうとしない領内の領主は他にもたくさんいましたが、領内最大の勢力を持つエンベルクがこれだけのことをしでかし、かつそれを完全に叩き潰した格好になるので、今後は色々やりやすくなると思います」
コウはその言葉に苦笑するしかなかった。
ラクティは運がよかったというような言い方をしているが、多分実際は違う。
おそらく、エンベルクの危険性に気付いた時から、ラクティはオルスベールが叛乱を起こし、その結果がこうなるようにあらゆる手を打っていたのだろう。
エンベルクが八千もの軍勢を揃えて、戦力的には圧倒的に不利だったはずのラクティは、王国軍の協力があったとはいえ、ごく短期間で戦わずに勝利した。
アルガンド王国では、王家は領内の問題には原則関与しない。
だがラクティは王家をも動かし、事態を収拾した。
それは、王家がラクティを認めたという事でもあり、同時にラクティがそれだけの人脈や能力を持っていることの証明でもある。
さらに、オルスベールの裁判もパリウスの神殿で行うという。
奴隷取引は国家の重罪だが、その裁きをパリウスが請け負うことは、王家のパリウス公爵に対する信頼を如実に表すことになるらしい。
十四歳の少女という外面に惑わされるが、実際には領内最大勢力であったエンベルク伯爵を圧倒するほどの力量がある、非常に有能な領主だ。
この事実は、パリウス領内の貴族たちに、新たなパリウス公爵を認めざるを得ないと思い知らせた。今後、各領主のラクティに対する態度は変わるだろう。
領内の犯罪行為の撲滅と、パリウス領の掌握の足掛かりをつかむこと。
これこそが、今回の一連の争乱における、ラクティの真の狙いだったのだろう。
「……本音を言えばですね、コウ様」
ラクティはそこまで言うと、少しだけもったいつけるように一拍置く。
「エンベルクの領主に、コウ様をお迎えしようかとも思ってたんですよ」
突然のラクティの言葉に、コウは危うく飲みかけのお茶を噴き出すところだった。
「意味が分からないんだが」
「冒険者が功績を認められて貴族に取り立てられることは、特にこの国では珍しくないですよ。コウ様は私を救っていただいて……あの時はまだ冒険者ではありませんでしたが、今回も争乱を収めるのに尽力いただきました。加えて、私の仕事をお手伝いいただけるほどの教養をお持ちです。他の領主なら、迷わずお迎えするところです」
それに、とラクティは言葉を続ける。
「いくら他の領主が大人しくなるとは言っても、まだまだ素直に従うとは思えないので、一人くらい信頼できる領主が欲しかった、というのはあります。まあ、今回の件でも味方してくれてる領主がいなかったわけではないですが」
実際、アルガンド王国の気質的に、アウグストに阿る領主ばかりであるはずはなく、むしろ憤慨していた領主は少なくない。
そういう領主は、ラクティの年齢などで不安を感じている者が多かったが、今回のラクティの活躍を見て態度を改めてくれそうな者は多いらしい。
ただそれでも、その領主らとの信頼関係を築くのはこれから。
だからこそ、気心も知れたコウを領主の一人に、というのはあったのだろう。
「すまないな……さすがにそれは請けるわけにはいかない」
「はい。コウ様の事情はよく分かってます。爵位を与えて、この地に縛り付けるわけにはいかないでしょうから……王都に行かれるんですよね?」
ラクティは少しだけ寂しそうな表情になる。
パリウス公爵が与えられる地位は、全て領主としての爵位か、パリウス公爵を支える騎士や執政官の立場のみ。
領主となれば、基本的には所領となる領地に滞在し、その地を治める義務があり、当然あちこちに行くことは出来なくなるし、騎士や執政官も、あくまでパリウス公爵の配下であり、パリウスを離れることは出来なくなる。
それは、コウとしては都合が悪かった。
他国を含めた移動の自由が認められる外交官の様な立場は、国にしか任免権がない。そして冒険者である彼には、そんな立場はむしろ足かせにしかならない。
以前、ラクティが公爵に就任した直後、ラクティは『証の紋章』と共に、コウに公的な立場を与えることも考えた。
ただ、コウに今後どうするかを聞いた時、コウが冒険者となって元の世界に戻るための方法を探すつもりだと言われて、それを言い出さなかったのだ。
そしてこの後始末が終わった後、コウはパリウスに戻らずにそのまま王都に行くことにしている。情報という点では、やはり王都の方がより多くの収穫を見込めるのは間違いない。
つまり、ラクティとはここでお別れとなる。
「ああ。明日には発つが……その前に、話しておきたいことがある」
少し勿体付けるようなコウの言い回しに、ラクティが少し驚いて顔を上げた。
メリナもティーポットを持ったまま動きを止め、エルフィナも手に持ったカップを置いてコウに向き直った。
「俺の――過去に関することだ。ずっと話しそびれていたが、約束もあるしな。面白くないどころか、不快になる可能性が高いが――」
黄昏時を迎えてかすれたような日差しが、僅かに部屋を照らしていた。




