第43話 ドパル攻略
コウとエルフィナは、昼前にはドパルのすぐ手前に到着していた。
「防備を固めてるみたいだな」
「援軍が来ること前提でしょうし……どうします?」
「下手に人質を取られても手間がかかるし、速攻で制圧してしまおう。残ってる人数も、せいぜい数十人だろう」
さすがにこの事態になってる以上、『顧客』が残ってるとは思えない。
いれば捕らえたいところだが、望み薄だろう。
「分かりました。じゃあ、私が囚われてる人を守りますから、コウは好きに暴れてください」
「……暴れるの前提か」
「コウ、一人も生かしておくつもり、ないでしょう?」
とんでもないことを、さらりと言う。
だが、コウはそれを否定しなかった。
「あの時、あの場で全て斬殺するほどの気勢を無理にここまで我慢しているのでしょうから、そろそろ解放しないとこちらに飛び火しそうです」
「さすがにそれはしないぞ」
「知ってます。でも、まったく表情に出さずに静かに、しかし烈火の如く怒り続ける人が隣にいるのはちょっと怖いですから、ここらで発散してくださいね」
「……すまん」
ここ数日、ずっとコウの頭の中でぐるぐる回っていた不快感。
それが何に起因するかは分かっていた。
エルフィナも分かっているからこそ、コウを炊き付けているのだろう。
一応の段取りだけ確認すると、エルフィナは空を飛んでドパルの方へ消える。
要塞ともいえるドパルであろうとも、空を飛べれば何の障害にもなりはしない。
「さて、それじゃあ俺は――」
お昼時の奴隷市場は、まだ静けさを保っている。
あるいは、明後日には軍が押し寄せてくるから、それに備えているのだろう。
コウはその正面の道を、悠々と歩みを進めていく。
白昼の悪夢が、始まろうとしていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ドパルの支配人であるオットー・クレメンスは、元はエンベルク近郊に領地を持つ下級貴族だった。
かつては、奴隷取引で財を成し、たいそう羽振りが良かったらしい。
だが、だんだん大陸全体が奴隷を忌避するようになり、ついに十年前の奴隷解放令の際、彼の家は財産のほとんどを失い、領地を手放さざるを得なくなった。
当時家督を継ぐ直前だった彼は、何が起きたのかすら理解できず、わずかばかりの財産と共に市井に放逐されたのである。
だから、オルスベールから奴隷の密売の話が来たとき、即座に飛びついた。
国がそれを禁じているのは分かっている。
だが、彼らはそれで財を成してきたのだ。彼らの財を奪う権利など、国にだってあるはずはない。
そして彼は、彼の家に伝わる数々のルートで秘密裏に多くの奴隷を捕らえ、取引を行ってきた。
おそらく、こと奴隷交易に限るなら、大陸でも随一の人脈と地脈をクレメンス家は持っているだろう。
奴隷は生かさず殺さず。
それが彼のモットーだ。
自由になる希望など与えてはいけない。
だが、殺してしまっては意味がない。
死にたい、と思わせてはならない。
そのギリギリの苦役を与えることで、生きていることだけに感謝するようにさせる。
そうすることで主人に反抗することはなく、生かしてくれていることに感謝する。
稀に温情を与えるだけで、彼らはそれが望外の計らいであったかのように感謝し、忠節を尽くしてくれる。
無論、『商品』の用途次第では、別の『教育』を施すこともある。
そしてそれらの手法も、クレメンス家には多く蓄積されていた。
彼に、そしてクレメンス家にとって、奴隷を扱う商売は天職といえるだろう。
その天職が、今脅かされようとしてた。
融通の効かない新領主がこの地が怪しいと睨んだのか、軍が向かっているという。
軍の数は二千。
対して、ドパルに駐留している兵士は、かき集めても五十人程度。
その差は四十倍にもなる。
まともに戦っては、勝ち目などあろうはずもない。
だが、ドパルは天然の要害である。
ドパルに入る唯一のルートである山道には城門の様な石造りの門が設置してある。並の攻撃ではビクともしないほど強固であり、道が狭すぎて破城槌などの運用もできない。
そしてすでに、オルスベールから援軍を向けてある旨は連絡が来ている。
その援軍と協力すれば、おそらく二千の兵であっても門を突破するのすら難しいはずだ。
今回完全に撃退する必要はなく、オルスベールが新領主の軍を破るまで時間稼ぎをすればいいだけだ。
昨日までに『顧客』は全て帰ってもらっている。
さすがにここが戦場になりそうになってるのを隠すこともできないし、彼らからしても、万に一つ、ここが陥落した際にこの場所にいた場合、言い訳もできないだろう。
皆大急ぎで帰って行った。
軍事はからっきしなオットーだが、兵士たちの多くは従軍した経験もあり、篭城する場合に何をすべきかはある程度知識がある者もいた。
彼らに防衛線の構築を任せている。
適性のない自分がでしゃばるのはマイナスでしかないことはよく理解していた。
「……しかし、そろそろ報告には来て欲しいところだが」
防衛線の構築を命じたのは昨日のことだ。
その後、兵たちは夜を徹して作業していたようだが、いい加減報告があるべきではないか。
それに領主の軍がここに到着するまではまだあと二日ほどあるとはいえ、先遣部隊がいないとも限らない。
僅かな兵でも突破されてしまっては、篭城する優位が失われるかもしれないのだ。
この、自分にとって安らぎでもあるこの街の適度な賑わいを守るために、できる努力は全てやる。オットーはここが人生最大の試練だと思っていた。
ここを乗り越えた先に、さらなる未来があるに違いない。
そこまで考えて、オットーは異常な事態が起きていることに気が付いた。
静か過ぎる。
考えに耽っていたが、あらためて耳を澄しても、物音一つしない。
四方を山に囲まれたこのドパルは、強風が吹くこともないので風の音すらほとんど聞こえない。
無論、奴隷たちは全て奴隷舎に入れて、出て来れないようにしてある。
戦いが終わるまで出すつもりはなく、最低限の食料は先に渡している。
彼らの声が聞こえないのは、別に問題はない。
しかし。
仮にも戦の準備をしているこの状況で、この静けさはどういうことか。
窓から外を見ても、動いている人影はまったく見えない。
夜通しの作業で疲れ果て、全員寝入ってしまったとでも言うのか。
だとしたら、呆れるほどの緊張感のなさだ。
そんな心構えでは、立て篭もっても突破されてしまうのではないか。
叱責の一つでもして、緊張感を取り戻させてやろう――。
そんなことを考えて、階下に降りた彼の前に、彼の知らない男が立っていた。
「……何者だ?」
ドパルの兵ではない。
責任者として、奴隷はともかく、ドパルで雇っている兵や使用人は把握している。
「もしや、オルスベール殿からの援軍か?」
到着は今日の夜という話だったが、先行部隊がいても不思議はない。
あるいは、何か有益な情報や作戦を、と期待しかけてから、男が抜き身の剣――刀だが――を持っており、しかもその切っ先から落ちる赤い雫が床をぬらしていることに気が付いた。
「貴様……何者だ」
「冒険者だ」
その瞬間、オットーは踵を返して駆け出した。
冒険者がなぜここに、という疑問はある。
だが、何よりはっきりしていることとして、冒険者は必ず敵だと分かっていた。
だから逃げた。
その判断は正しいが、そもそも彼に逃げる場所などなく、そして冒険者、つまりコウもまた、彼を逃がすつもりはなかった。
「意識を閉ざせ。我が言葉に従え」
オットーの視界が暗転する。
あらゆる感覚が消えうせ、オットーは闇の中に沈んでいった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「てっきり、容赦なく殺害するかと」
物騒この上ない言葉を吐く森妖精は、しかし少しだけ安堵したようにも見えた。
「本音を言えば一番殺してやりたい相手だが、同時に黒幕を確実に追い詰めるためには、この男からの証言が必要だからな」
ドパルは、凄惨な、と表現するしかない状況になっていた。
石畳は街の各所が既に黒く変色した血で染められ、あちこちに人の斬死体がある。
動く者は、コウとエルフィナだけだ。
無論、奴隷舎の中には多くの奴隷が閉じ込められているが、彼らを解放することはしなかった。
今解放しても、二人だけでは到底捌ききれないからだ。
「それで、このあとどうするのです?」
「適当に書置きだけしたら、エンベルクに戻る。ラクティらの軍が負けるとは思わないが、万に一つがあっては悔やみきれない。ここは、もうすぐ来る王国軍に任せていいだろう。奴隷たちについても、そちらに任せた方がいい」
「そうですね」
オットーにいくつかの命令を行う。
オットーはそれに、呆然としたまま頷いた。
コウが施した法術は、対象の意識を奪い、あらゆる命令に従順に従うだけの人形にするもの。クロックスでホランドに使ったものと同じだ。
法術は人間の精神に影響を与えるものは基本的に難易度が高いとされているが、それはあくまで一般的な話である。
第一基幹文字を使っての法術は規格外であり、オットーが抵抗できるはずもなかった。
効果時間は対象の精神力によるが、見たところこの男では数日は術の影響から抜け出すことはできないだろう。
自死を命じることすらおそらくできるが、それをやるつもりはない。
やるべき後始末を終えると、二人は早々にドパルをあとにした。
その、二日後。
ドパルに到着した王国軍が見たのは、無防備に軍の前に進み出る、ドパルの責任者だという男と、ことごとく、おそらくは炎の法術によって焼却処理された、この街の兵達と思われる者たちの『残骸』だった。
その後、軍は奴隷解放のための処理に追われることになる。




