第388話 魔獣の巣
「雰囲気がガラッと変わったな」
「アルバトスのじーさんの言ってた通りだな」
洞窟に入って二時間ほど。
途中何度か闇狼や大型甲虫の変化した魔獣などと戦闘になったが、三人ともかすり傷一つ負わずにそれらは造作なく撃退していた。
そして進んでいたところ、突然壁や天井の雰囲気が変わったのである。
「硬質な……タイル……違うな。樹脂か?」
コウが軽く叩いてみるが、少なくとも金属ではない。硬質なガラスか、合成樹脂のどちらかだ。
そしてこの時点で、少なくともこの遺跡がエルスベル時代のものであることは確定だろう。どちらの素材も、それ以後の歴史ではまだ作られていないからだ。
「バーランドとかにあった遺跡と同じだな、これ」
「そういえば、アルバも行ったことはあるのか……というか、あれを潰したのはお前だよな?」
「……そうだよ。千人ほどぶっ殺したのもな」
[地]の文字に適性がある時点で、アルバも誤魔化せるとは思っていない。だが、警戒するアルバに対して、コウは別に殺気を向けることはしなかった。
「正直に言えば、俺はそれに対してそれほど思うところはない。助けたかったと思わなくはないが、ほとんどは助けるのすら難しい状態だった」
あの場所にいた者たちは、いずれも人工天与法印の影響を受けて、魔力漏出が止まらない状態だった。それを生かすために麻薬であるレヴァルタで強引に魔力を補っていた状態だ。
だが、過剰なレヴァルタの投与によって、すでに精神はボロボロだっただろう。
天与法印の除去はコウでもできたが、レヴァルタの影響を回復させる方法は当時なかった――今は不可能ではないと思うが――ので、おそらく助けられなかった可能性が高い。
それでアルバがあの場で千人を殺害したのを咎めないというのは違うだろうが、少なくとも今この場でやることではないし、それはコウやエルフィナがやることでもないだろう。
それを咎めるのはバーランド王国のやるべきこと――とまで思い出して。
「そういえば、アルバ。バーランド王国が今どうなってるか知ってるか?」
アルバは一応この世界にずっといたはずで、ヨーエンベルグ共和国に引きこもっていたという話だが、真界教団の情報はあった筈だ。
ちなみにアルバトスは本当にこのゾルマイネス王国に引きこもっているせいで、外の事情には驚くほど疎かった。
「あー。知っての通り、俺もクリサリス島からは三年前から出てないから、噂程度しか知らないけどな。ただ、バーランド王……イルステールだったか。あの国王は殺されたって話だ。教団の誰だったかが、嬉々として話してたよ」
そう話すアルバは、その話にはいい印象がないらしい。
「教団の成果だと思ってた、という感じか?」
「だな。けど、正直俺は、あんたらに負けてから気が抜けたからな……なんかどうでもよくなった。実際、バーランド王国はその後王太子の……なんだっけ。フィルツ王子だっけ? 彼が王位を継承して立て直してるって話だ」
その話に、コウとエルフィナはどちらも嬉しくなった。
王太子が継いだとは聞いていたが、やはりフィルツだったらしい。
イルステール王が殺されたのは残念だが、フィルツが無事で国を立て直しているというのなら、何よりの朗報だ。
「ただ、そのフィルツも足だか手だか失ってるらしいけどな。イルステール王が殺された時に、大怪我したって話だ」
「それは……だが、生きてはいる、のか」
「ああ。それは確かだと思う」
「あとそれなら、東側で、アルガンド王国はどうなってるんですか?」
するとアルバは首を横に振った。
「噂くらいは聞いてるだろうけど、アルガンド王国も国王が殺されたって話はある。で、こっちも王太子が継いだって話だな。あと、あの国はでかいから、いくつかの公爵領はアルガンド王国から独立したとかしないとかあるが……詳しい情報が全然入ってこなかったな、あっちは。この辺りは帝国で話題になったらしくて、それ経由の情報で、ロンザスの東側の情報は実際ほとんどない。交易船すらほとんど行き来してないって話だからな。まあこれは悪魔の影響というより、マイヤール王国を中心とした、大陸南部が不穏だからだけどな」
結局、コウ達が知ってる以上の情報はないらしい。
やはり東に行ってみるしかないだろう。
「出来るだけ早く行きたいところだがな……」
「焦りは禁物です、コウ。貴方の力が使いこなせるようになることも大事ですし。……そういえば、そのあたりの成果はどうなんですか?」
するとコウは何とも言えない顔になる。
「アルバトスさんに言わせると、すでに外部魔力を感知する能力は十分らしい。また、自分の中も十分。ただ……自分の中にある法印、つまり天与法印だけが上手く認識できないんだ」
「わっけ分かんねぇな……そんなんあったら普通真っ先に認識するだろうに」
「考えてみたら、アルバは元々は天与法印を持っていないところに、あとから付与されたんだよな」
「そうだけど?」
「その時、どうやって認識したんだ?」
「どうやってと言われても……普通に。正直俺のは右手にあったからな。普通の法印具とそう変わらない感じだったんだ」
一瞬参考になるのではと思ったが、前提が違ったらしい。
アルバトスによると、コウの天与法印は心臓の、魔力そのものに貼りつくように存在している可能性が高いという。
「あんたも変な奴だよな。東方諸島って、法術がまるでないのか? まあ、文字適性が明らかに皆無だったんだから、仕方ないか……それもすげぇけどな」
コウとエルフィナは何とも言えず顔を見合わせる。
コウ自身、自分の魔力の大きさが果たして元からなのか、この世界に来た時にそうなったのかは分からない。ただ、美佳の話の通りだとすれば、コウがいわゆる地球の神子だった可能性はある。
魔力を消耗しないから食事による魔力供給などを必要としないとすれば分からなくもない。その割に魔力を消耗してもその補充に周囲の魔力を使ってないようなところもあるのでよくわからないが。
「まあそれは良いけどな。どちらにせよ、この遺跡は少なくともあのバーランドにあったやつと同時代って可能性は高そうだし……あんたらの目算では、これがエルスベル時代のってことだよな。……ってことは、あのファリウスもそうだったのか?」
「ああ……そうなるな」
ファリウスは正しくは建造物ではなく、宇宙船だったわけだが、内部の構造材はほとんど同じだった。
「なるほどなぁ。まあそりゃ、エルスベルが消えた時からファリウスだけはあったってんだから、そうなるのか。……てことは、ここに天与法印の付与装置がある可能性もあるのか」
「多分……違う気はするがな」
カラナン遺跡と同じ施設だとすれば、あそこにはそんなものはなかったと思う。
もっとも、地底深くに沈み過ぎて、大半が潰れてしまっていたから、どういう施設であったか分からなかったのだが。
「そうなのか? まあ俺はどっちでもいいけど。けどまあ、洞窟から地続きじゃあ、やっぱこうなるよな」
コウ達の前に、大型の馬のような山羊のような魔獣がいた。
大きさは五メートルはありそうで、頭の高さも三メートルはある。ただ、草食動物かというとそれは期待できそうにない。長い顔の横まで裂けたその巨大な口には、明らかに肉食の為と思われる牙が並んでいた。
あと目立つのは、頭部にある太い二本の角。その先端が前に突き出していて、まるで槍のようですらある。
「……こういうとなんだが、こいつらどこで食料摂取しているんだ?」
「共食いじゃねぇの?」
「魔獣によっては、ここの豊富な魔力で十分生存できるのもいると聞きますし。ほら、あの時の魔幻蛇とか」
「ああ……いたな、確かに」
「ちなみにこいつはなんていうんだ?」
「知らないです。私も初めて見ますし……来ます!」
エルフィナの声で、三人は散開した。
予想以上に動きが速い。油断できる相手ではないが――。
「[地槍縦陣]!!」
飛びのいた直後、アルバが法術を発動させた。その速度はほとんど天与法印と変わらない。
コウ達が先ほどまでいた場所に飛び込んだ魔獣が、誰を狙うかと一瞬迷ったように足を止めたところに、その地面から無数の槍が突き上げられた。
驚いた魔獣が避けようとするが、避けられるものではなく、足をずたずたにされる。だがそれでも終わらず、その槍をへし折って咆哮した。
「これは――仲間を呼んだ?」
大きいので単体かと思ったが、そうではないのか。
だとすれば長引かせるのはよくない。
「[閃熱撃]!!」
コウが発動させた法術により、赤熱の光線が放たれる。それは複雑な軌道を描いて魔獣に襲いかかり――直撃した魔獣の部位を一瞬で蒸発させた。
さすがに頭と首を消滅させられて、生きていらる生物はいない。
「えぐっ。一撃かよ」
「油断するな、後続が来る可能性がある」
「え」
直後、奥から地響きに近い音が響いてくる。
「うげ……逃げたくなるな」
「数は……十二体ですね。一人四体と考えたら、十分やれるでしょう」
「……あのさ。俺、一般人枠じゃダメ?」
「ダメですね」
しれっと言い切るエルフィナに、アルバは半分ほど泣きそうな顔になっている。
その目は、『やっぱ残っとけばよかった』と言ってる様にも思えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ほら、十分やれたでしょう?」
疲れ切って伸びているアルバに、エルフィナの容赦のない言葉が突き刺さった。
「手伝ってくれたって、いいじゃねぇか……」
あの後、さらに違う魔獣も押し寄せて、結局コウ達は合計で三十体もの大型魔獣を退けることになった。
が、エルフィナが容赦なく一人当たりの割り当てを宣告して、実際全く手伝おうとせず――そしてコウもやや悪乗りしたのは否めないがそれに同調した。
「でもすごいですね、アルバ。正直途中でやられると思っていたんですが」
「俺も死んだと思ったよ……」
「美佳との訓練の成果が出てて良かったじゃないですか」
「ぐっ……」
アルバは悔しそうにしているが、実際その成果は出ていた。
コウから見ても、かつてより遥かに立ち回りが上手くなっていたし、何より間合いの取り方が良かった。
苦労はしていたが、まともに攻撃を一度も受けていないのだ。
なお、コウとエルフィナはどちらも平然と撃退したが。
「つくづく思うが、あんたら本当に化け物だな。三年前戦った自分達がどれだけ無謀だったかよくわかるぜ……」
「まあ……私は三年間で随分鍛えられたのはありますし」
「俺もだな……というか、何度も死ぬかと思ったくらいだし」
「ヴェルヴスさん、そのあたりキツそうですよね」
「ヴェルヴス?」
アルバが聞きなれない名前に首を傾げる。
「そういえばアルバはヴェルヴスには会ってないのか」
「誰だそれ」
「美佳と同じ竜ですよ。コウの命の恩人……と言っていいのでしょうか」
その瞬間、ピキ、とアルバが固まった。
「あら? アルバ、どうかしましたか?」
「疲れてるんだろう。今日はこの辺りで休もう。時間的にも、そろそろ夜だろうしな」
「そ、それは賛成……なんだが」
アルバがプルプルと震えている。
それから、大きく、本当に大きく息を吐いて――。
「三年前の俺、あのくらいで済んだのはまだマシだったんだな……」
しみじみと呟いたアルバの声は、コウとエルフィナには届いていなかった。




