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転移直後に竜殺し ―― 突然竜に襲われ始まる異世界。持ち物は一振りの日本刀  作者: 和泉将樹
第三章 パリウス争乱

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第36話 エンベルクの闇

 予想した人影がまったくないという事態に、殺到した男たちはむしろ困惑気味周囲を見回す。

 その様子を、コウ達は少し離れた建物の屋根の上から見下ろしていた。


「……い、いったいどうなって……」


 困惑してるのはアルフィンも同じ様だ。

 それはそうだろう。

 突然周囲で爆発が起きたと思ったら、次の瞬間、そこから離れた屋根の上にいるのだ。


「大丈夫ですか? ちょっと強引でしたしね」

「まあ、これで向こうの出方ははっきりした。あれは、完全に俺たちを殺すつもりだったな」


 何があるか分からないため、コウはあの時間で自分が構築できるもっとも強力な防御法術を用いた。

 もしあの時に使用した文字ルーンを見た者がいたら卒倒すること間違いなしの、[地][水][理]の第一基幹文字プライマリルーン三つを含む、八文字も使った防御法術だ。

 これを破れる者がいたら、そもそもまともに戦える相手ではない。


 さらに直後、エルフィナが風の精霊を用いて、衝撃で吹き飛んだ屋根を抜けて上空に三人を浮かび上がらせ、近くの屋根に着地させたのだ。

 もう日が落ちていたので、視認できた者はまずいないだろう。


「俺たちがやられたとは判断しないだろうが……この様子だと冒険者ギルドに戻るのは良くないな。アルフィンさん、どっか安全な場所はないか?」

「え、ええ……そうですね。私の家……も、もう危ないでしょう。とすれば、街の外になりますが、いい場所があります」

「分かった、とりあえずそこに向かおう」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 アルフィンが案内したのは、街のすぐ外にある旧い坑道の奥だった。

 坑道といっても、すでに採掘は終わっており、人が立ち入ることはない。

 入口も急斜面の途中にあるため、間違って迷い込む者もおらず、理想的な隠れ場所だった。


「エンベルクの街は土地が狭いから、荷物とかを置く場所も安くないんですよ」


 どうやらここはアルフィンの倉庫として使われているようだ。

 性格を現しているのか几帳面に整頓されており、雑然とした様子はない。

 床や壁にも板が張ってあり、なかなかに快適な空間だった。保存食などの蓄えもかなりあるようだ。


「さて、と。ここなら気兼ねなく話せますね。改めて自己紹介と情報交換を。私はアルフィン。半森妖精ディルエルフの冒険者です。主にエンベルク周辺で、護衛や探索を請け負っています。得意なのは剣と法術。弓は残念ながら苦手ですが」

「俺はコウ。パリウスの冒険者だ。剣と法術を使う」

「私はエルフィナ。見ての通り森妖精エルフです。弓が得意です」


 精霊使いであることは伏せるつもりらしい。

 まあ、あの時の術がどちらのものであるのか、アルフィンには分からなかっただろう。


「まずは助けてくれてありがとうございます。オルスベールについて調べてはいましたが、まさかこうも直接的な手段にくるとは思ってもいなかったです。本当に申し訳ない」

「それについては気にしないでくれ。むしろ巻き込んだのがこちらという可能性もあるんだ」


 コウは、自分がこの街に来た目的について、かいつまんで説明した。


「なるほど。グラッツさんも、言うべきことを言ってないですねぇ。まあ、それでもこれほど過剰な反応は予想できないか……」

「実際、街中であれだけ派手な法術を使ってまでとなると、かなり後先考えていないという感じだが、オルスベールはそれほどに後ろ暗いところがあるのか?」


 ラクティが来ることで、アウグストが統治していた時代の不正蓄財について責められる可能性は十分ある。

 それによって、多くの財産を失う可能性は高く、それを避けるためにラクティの抹殺を考えるのは、まだ分かる。

 この国特有の事情から暗殺という行為に及ぶことができないから、正面から対決するために傭兵を三千人も雇って対策をとっている。

 しかし、斥候として来ている冒険者や自分を調べている冒険者を、しかもあんな方法で強引に殺そうとするというのは、よほどのことだ。


「オルスベールは何か隠しておきたいことがあるのは間違いありません。以前私の友人が彼を調べていて……死体で発見されました」


 その友人は冒険者ではなかったが、市井でよろず相談事などを請け負っていたらしい。アルフィンにとっては情報屋としても頼りにしていたという。コウの感覚では私立探偵の様なものだと理解できた。

 そしてある時、何がきっかけかは分からないが、オルスベールのことを調べると言ったのを最後に消息を絶った。

 そして一週間後、エンベルク郊外で崖から落ちて死んでいたのを発見されたのである。一年半前のことだ。


「彼女の死はただの事故として処理されました。けど、私はどうしても納得がいかなくて、彼女が最後に何を調べていたのかを知ろうとしたのですが、直後、彼女の家が火事で焼けてしまって」

「それはどう考えてもおかしいな」

「はい。なので、地道に彼女の痕跡を追い続けて、ようやく見つけたのが……」


 とある場所に、不自然な人や物資、あるいはお金の動きがある事実だった。

 そこは、鉱夫らが住む場所だったが、現在は周辺の鉱山が全て閉鎖されているため、廃村となり無人のはずの場所。

 ドパルという村らしい。


「ただ、潜入しようとしても、警戒がとても厳しくて」


 一度潜入を試みたが、見つかりそうになって逃げてきたという。

 もっとも、警戒が厳しいということは、そこに確実に何かがあることを示している。

 おそらくその友人もそこに潜入しようとして、見つかって殺されたのではないか。アルフィンと違って、その友人は冒険者ではなく、荒事にも慣れていなかった。

 その村に搬入される物資などを調べても、それ自体は食料等であり不審なものはないのだが、いかんせん量が多いらしい。

 記録上誰もいないはずの場所に、少なくとも百人分以上の食料や物資が頻繁に送られているし、かなりの数の兵士も配置されていると思われる。

 そこを特定したのはほんの半月ほど前。潜入に失敗したのはつい一昨日のことらしい。その直後のこの襲撃。

 つまり、そのドパルという場所は、オルスベールにとって絶対に探られたくないものの可能性が高い。


「私が色々かぎまわっているのはあちらにも気付かれてましたから、あるいは今日の襲撃は警告なのかもしれませんが……」

「いや、あれは警告というレベルじゃないな。確実に殺すつもりだった」


 おそらく並の冒険者では、確実に殺されていただろう。

 あれはかなり高度な法術だった。周囲に円柱状の障壁を張り巡らせ、その内部で高い衝撃を炸裂させる。衝撃が障壁に反射して、中の存在を文字通り粉々(ミンチ)にするだけの威力があった。

 街中であれだけのことをしでかして、どういう言い訳をするつもりなのかと思うほどだ。つまりそこまでしてでも、確実に殺したかったという事になる。


「ならば、やはりドパルは彼らにとっても重要な場所だと思います。なので、領主様が来たときならあるいは、と思っているのです」


 ラクティと正面決戦するのであれば、戦力はそちらに集中する。

 そうなれば、多少は警戒も緩むのでは、ということだ。


「いや。そこに何があるのか分からないが、ラクティが来る前に調べておいた方がいい気がする」

「私も同感です。すごく、嫌な気がします」

「場所はどこらあたりなんだ?」


 コウの求めに応じて、アルフィンは簡単な地図を出した。

 主街道などからは外れた場所に位置していて、道は多くない。

 山岳地帯なので人が通れる場所はそう多くないだろう。

 近づいてくる者を制限するのにはもってこいの場所といえた。


「場所自体はここから近いみたいだな」

「ええ、徒歩でも半日程度。彼らに見つからないような道を使っても一日はかかりません。今から移動すれば、明日の夕方には到着できます」


 ラクティがパリウスを出発するのは三日後。その前日、つまり二日後にはアウグストが処刑される。

 アウグストかその血縁が生きていれば、彼らを解放し、領主の座に就つけるためという大義名分も一応成り立つ。

 彼らの罪状を、ラクティのでっち上げだ、とすればいいのだ。

 だが、アウグストが処刑されてしまえば、ラクティに反旗を翻すのは領主殺しの実行を宣言することになる。

 もっとも、表向きは従うように見せればよかったものを、と思うが――。


「どうでしょうね。新領主は就任から一ヶ月ほど経つと、各地の税、物資、人の動きについて、不審と思われるものについての説明を求めたそうです。それはこのエンベルクに限らずです」


 コウがクロックスに行ってる間に、ラクティはラクティで色々動いていたらしい。

 しかし書類上の記録だけでそれだけ行うというのは、正直驚嘆に値する。


「元々、パリウスは十年近く領主代行が治めていたわけですが……その間、各地の領主たちに対する統制は相当に緩かったみたいです。なので、エンベルクに限らず、新領主を敬遠する向きは、あるようですが……」


 さすがに、正面から領主に逆らうのは抵抗があるのだろう。

 若干十四歳の新領主だから、懐柔できるのでは、という思惑もあるのかもしれない。

 それでもオルスベールがこのような行動に出ているということは、相当な理由があるのだろう。

 他の貴族でも似たような追及はされているようだが、ここまで過剰な反応を見せているのはオルスベールだけだ。


 逆に、ここでラクティがオルスベールの反乱を退け厳然たる対応をすれば、他の日和見状態だった領主たちもラクティに従う可能性が高い。

 彼らとて、領主の地位や財産を失いたいとは思ってないはずだ。


 いずれにせよ、オルスベールが隠そうとしている『何か』が明らかになれば、そこが大きな突破口になると思えた。

 ラクティがどれほどの軍を引き連れてくるか分からないが、オルスベールには三千もの傭兵に加えて、当然エンベルク伯爵として抱える軍もある。まともにぶつかれば被害は大きなものになるし、万に一つラクティが戦死するようなことになれば最悪だ。


 コウは、現状で分かった情報だけを書き連ね、封書をしたためた。

 そして外に出ると、法術を付与し空に放つ。

 すると、封書はまるで羽でもあるように、一直線に東に飛び去っていった。


「今のは……?」

「俺の法術だ。対象のところへ、手紙を文字通り『飛ばす』ことができる。少なくとも、走るよりは早い」

「え? 貴方の独自の術なんですか。確かに、特定都市間で文書をやり取りできる法術はありますが、特殊な法術具が必要になるはずで、こんな何もないところで使える術ではないのに……」

「便利に思えるが、制約も多いんだ。事前に目標となる場所に目印となる法術を付与しておく必要があるし、それのある場所が大体分かっていなければならない」


 施した法術は三つ。

 一つが、大体パリウスへ飛ぶようにしたもの。

 もう一つが、目印となるマナを感知したら、そこへ向かうようにするもの。

 最後は手紙の保護のための法術だ。

 到着した時点で法術は解除。

 最初から目印のマナを感知できればいいのだが、感知距離はせいぜい五キロ(十メルテ)程度。

 どこにいるか分からない相手に送ることなどはできないのだ。

 今回の場合、調査結果をラクティのところに送るため、目印になるポイントを法術であらかじめ領主館に敷設してある。移動式にして感知距離がもっと広がれば、それこそ移動中でも手紙のやり取りができるのだが、そこまでは現状出来ていない。


「それじゃあ、問題の場所に行くとしよう。アルフィンさん、道案内はお願いできるか?」

「ええ、もちろん。でも、どうやって潜入するのです?」

「そこはまあ、着いてから検討する。方法はあるだろうからな」


 アルフィンの質問に、コウは不敵な笑みを浮かべて応えた。

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