第347話 情報集め
コウは二日ほどは何をするでもなくカスカの街やその周辺の街を歩き回っていた。
ヨーエンベルグ共和国は戦時中とはいえ、見た目だけなら国内は比較的安定している。北部はすでにほぼ戦闘は終わっていて、現在は南部に注力している状態だ。
ヨーエンベルグ共和国の領土は、南はカスカから少し南に行くとある青の森と呼ばれる森林地帯より北がヨーエンベルグ共和国の南限とされている。
ただ、南部にはあまり大きな街はない。
カスカの北部には広大な平原が広がっており、こちらにはいくつもの街が点在している。
北へある程度行くと大きな山脈が東側に現れるが、そのあたりまでが領土らしい。
北部の平原は農業、畜産共に盛んで、ヨーエンベルグ共和国時代の国力は小さくない。
カスカの人口は十万人程度と多くはないが、近い規模の都市がいくつも北部には点在している。
またカスカは、元々クリサリス島が一番細くなったくびれのような場所にあり、東西どちらに行っても百キロほどで海に出る。
ただ、西側は漁村くらいしかなく、東側にはカスカの海の玄関でもあるローバルの港町がある。ここからクレスティア内海に出て、大陸と交易をおこなうことができるのだ。
と言っても、ファリウスの絶望以後は、船旅も危険らしく今はあまり交易は盛んではないらしい。
元々クリウス王国の王都であり、王都近郊が発展してるのは当然と言えば当然だが、その一方で、この国はその建国当初からよくない噂が付きまとっていた。
最大の理由は、人々の守護者とされる冒険者ギルドや神殿を排除したことだろう。
ヨーエンベルグ共和国が神殿による王位継承の承認を必要としないのは分かるが、別に神殿の役割はそれだけではない。
まして、冒険者は人々の守護を旨としており、確かに国側からすれば時として邪魔な存在だと思われることもあるが、それでも排除するのは稀だ。
バーランドのグライズがあのまま実権を握ったらそうなっていた可能性はある気がするが。
ちなみにコウの宿泊場所はユーリ達には教えてある。
ダルブニール大公との会談の場所は用意してくれるらしいが、日程は約束できないとのことで、前日には知らせてくれることになっていた。
なので、コウとしてはその間にこのヨーエンベルグ共和国について調べることにしていたのだが、今日は街の外に向かっていた。
「ま、普通なら遠出は出来ないのだろうが」
最短で『明日面会できる』という可能性もあるので、泊りがけで街から出るのはやめてほしいと言われてはいる。
それにコウは了承はしたが、かといって街を離れないというわけではない。
「ヴェルヴスはどうする?」
「我は別に貴様の物見遊山に付き合う理由もないからな。ただ……ふむ。そうだな。我はこの街にいるとしよう。貴様宛ての遣いの者が空振りをするのも憐れだしな」
「……そう、か」
微妙に釈然としないものを感じつつ、コウはヴェルヴスと別れると街の外に出た。
街の出入り口は一応のチェックはされているが、コウは認識阻害で咎められることなく出ていく。
そして街の外に出ると、そのまま飛行法術を発動させた。
とりあえず目指すは東。ローバルの港町だ。
普通なら馬車などを使っても、往復で少なくとも四日から五日はかかる距離だが、今のコウにとってはその程度の距離は文字通り日帰りできる距離である。
高速で飛行すること一時間ほどで、視線の先に海が見えてきた。
「考えてみたら、海を見るのも三年振りか」
ヴェルヴスの世界は本当に味気ない世界で、なんとか食事に関してはだけは妥協してもらい――というより半ばヴェルヴスを餌付けて――食事するようになった。
空についてもコウの気が滅入るので、青空を再現してもらったりと結構我侭を言ったが、意外にヴェルヴスはそのあたりは対応してくれた。
戦闘訓練では何回死ぬかと思ったが。
ちなみに戦闘訓練以外にも、意外なほどヴェルヴスは魔力の扱いはもちろん、コウがあまり詳しくない精霊や物質の原則についても教えてくれた。
おかげで、力そのものの使い方もかつてより遥かに効率的になっている。
そういう意味では、彼の言う通りヴェルヴスは間違いなく『師匠』だろう。
なんとなくしっくりこないのは否めないが。
「あれがローバルの街か」
海が見えてからほどなく、海沿いに大きな街が見えた。
街の広さはカスカとほぼ同じだろうが、広い港湾地区を備えているのでだいぶ大きく見える。
コウは街の近くに行くと、あとはさも普通の旅人のように街に近付いていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「活気という点では、カスカより幾分マシな感じか?」
勝手なイメージだが、港町というのは普通の街より活気があるという気がしていた。
だが、街自体はやはり少し沈んでいる。
「確かここを支配するのは、大公家の一つ、ユガライア家だったか」
首都であるカスカは誰の領土でもない。
だが、それ以外の都市は大抵どこかの大公家か、または大公を輩出したことがある名家の支配する街であるのがこのヨーエンベルグ共和国だ。
そしてユガライア家は、ヨーエンベルグ共和国の貴族の中でも名門中の名門。あの、始祖たるヨーエンベルグを輩出した最初の大公家の一つである。
この百五十年間、常に大公家の一つに名を連ね続けていた存在。
そしてそれは、コウにとってはもう一つの意味を持つ。
それは、最初から悪魔とのかかわりがあった可能性がある家、ということになるのだ。
「ま、ここで事を荒立てるつもりはないが、敵情視察というところか」
街は高さ四メートルほどの壁で囲まれている。
一方は海に面しているので、街を囲む壁は三方だけだ。
街の門は五つ。
街それ自体はカスカよりむしろ清潔で明るい。
白を基調とした石材で作られた家が並ぶさまは、海の青と相まって非常に美ししく見える。
だがその一方、やはり街の雰囲気が沈んでいる。
なんとも奇妙だが、白く明るいのに雰囲気が沈んでいるというのは、ひどくアンバランスにすら思えた。
「今時間は……あ、そうか」
コウは今更のようにこの国の人間は正確な時間を知る術がないことに気付いた。
この世界の時間は、全て神殿にある時計で示される。
だがこの国には時計がない。
つまり、神殿がないわけで、必然的に時計がない。
そもそも考えてみれば、あの時計はファリウスにある時計と連動していたはずだ。となれば、ファリウスが悪魔に支配された今、時計は機能しているのかと思ったが、先日ネルテリウス王国でもそこは問題視されていなかった。
つまりまだ時計は機能しているのだろう。
ただこのヨーエンベルグ共和国は建国と同時に神殿を国から追い出している。
そのため、時計もなくなったので、この国は時間に関してはかなり曖昧なのだろう。
(そういえば、ユーリ達も時間についてはあまり話していなかったな)
待ち合わせなどには少し不便だと思えてしまう。
街の大通りを抜けると、そのまま港区画にまではまっすぐだった。
特に誰に見咎められることもなく、コウは港を見て回る。
(さすがに、港は活気があるか)
大きな船が何隻か沖合に停泊しており、そこから荷を運び出している水夫たちは元気がある。
ただそれも、どちらかという空元気という気がした。
少し意識を集中する。すると、明確な言葉ではない感情めいたものを、周りの人々から《意志接続》が拾ってくれた。
そこにあるのは、ほとんどが不安や恐怖。
大声を上げている水夫たちも、その内心にはそういった感情を抱えている。
それを無理やり押しつぶしている感じだ。
(こんな状態がずっと続けば、気が滅入るよな)
それらの感情はまだ小さい。
小さいが常に心の片隅にあるような状態だ。
果たしてこの状態が、ファリウスの絶望以降のものなのか、それともヨーエンベルグ共和国の建国当初からなのかと考えるが――いくら何でも後者はないだろう。
「まあ、話くらいは聞けるだろう」
コウはそういうと、港近くにある水夫たちが集まってる酒場に入った。
中は、十人ほどの水夫が昼間から酒を煽っている。いかにも港町という感じの酒場だ。
コウはそのままカウンターに座って、適当に注文する。
「おや兄ちゃん、見ない顔だな」
注文に応じたのはこの店の店主だろうか。
五十歳になってるかそのくらいの、しかし年齢を感じさせないその体格は、かつては船乗りだったと思わせる。
「カスカの方から来たんだ。妹にもうすぐ子供が生まれるので、何かいい贈り物はないかと思ってね」
考えておいた適当な話をでっちあげる。
「ほう。そりゃめでたいな。しかしなぜここまで?」
「ここなら大陸の何かいい品が入らないかと思ったんだよ。どうかな」
「大陸の品か……最近は海賊も多いからな。景気のいい話はあまりないが、あっちのテーブルの連中、昨日帰ってきたばかりの連中だが、確か大陸と交易をしてる連中だ」
見ると、三人の男が食事をしている。多少酒が入っているようで、テンションの高い笑い声も響いてきた。
「ありがとう。酒を人数分、あのテーブルに頼めるか」
「いいだろう。先にいってな。すぐ持っていく」
コウは頷くと、そのテーブルに向かう。
三人は最初気にしていなかったが、コウに気付くと少し怪訝そうな顔になった。
「なんだ兄ちゃん。見ない顔だな」
その言葉が先ほどの店主とほぼ同じだったので、思わず笑いそうになる。
「ああ、別にあんたたちに何かあるってわけじゃない。大陸から戻ってきたって聞いてね。妹が今度母親になるので、大陸のいい品なんかを持ってないかと思ってね」
ちなみにこの世界の船乗りは、基本的には船主に雇用されるが、特に長距離の航海では給金とは別に積み荷の一部を譲渡されるのが普通だ。
故に船乗りもそれを期待するから、積み荷を必死に守ろうとする。
「ああ、なるほどな。そういう事ならこんなのはどうだ?」
見せてくれたのは、護符の様なもの。金属を刻んだ精緻な加工で、かなり品質もいい。
「これは……ドルヴェグ王国の品?」
「すごいな。見てわかるのか。そうよ。あの国の工芸品だ」
「ドルヴェグまで行って仕入れたのか?」
「さすがに違う。こいつはジュゼルの港で手に入れたんだ」
コウはしばらく地図を思い返した。
ジュゼルは、確かかつて少しだけ立ち寄ったグレンベル王国の南、海沿いに領土を持つ帝国の一王国だ。
この品はそれほど古いものには見えないので、おそらく作られたのはそう前ではない。
ジュゼルでドルヴェグの品が手に入るということは、少なくともドルヴェグ王国からジュゼル王国への交易路は生きているという事だろう。
言い換えるなら、帝国の帝都周辺の地域はもちろん、かなり南の方もまだ国は維持されていると思われる。
「ドルヴェグの品は結構出てくるのか?」
「どうだろうなぁ。最近じゃドルヴェグも魔獣の影響も無視できなくて、交易が厳しくなってるって話だ。あの国、山道に魔獣が居座ると本当にどうにもならないらしいからな」
それはよく覚えている。
ドルヴェグへ通じる道に大型の魔獣が居座ったりすると、本当に街にはとっては死活い問題となるのだ。
「カスカからあまり出ないと大陸の話ってあまり聞かないんだが、どんな状況なんだ? ああ、これは俺のおごりだ」
ちょうど給仕が酒を持ってきてくれた。
男たちはそれに小さく歓声を上げて、一気にジョッキを煽る。
「大陸の話も聞きたいのか」
「土産話にな。あまり出歩けないから遠くの国の話なんて貴重なんだよ」
「なるほどなぁ。とはいえ、大陸もあまり景気のいい話はないな。こっちと似たようなもんだ」
「ああ、でもそういえばめでたい話はあったな。ジュゼルの北の……オルスバーグ王国だったか。あの国の王子に子が生まれたとかって」
「オルスバーグ王国……」
コウは危うく「ああ、彼か」と言いそうになった。
ケイネイオン王子とあの隣国グレンベル王国王女アミスタとの結婚は、コウも目の前で見届けている。
(そうか、あの二人に子が)
それは同時に、あの二人がまだ生きていることも意味する。
知っている人間の消息を聞くと、コウも少し嬉しくなった。
「ただなぁ。帝都で良くない噂はあるらしいんだよな」
「噂?」
「ああ。皇帝不予って噂だ」
その言葉に、コウは少なからず目を見開いて、驚いていた。




