第346話 ヨーエンベルグ共和国の事情
「このヨーエンベルグ共和国というのは、五人の大公が収める共和制という形をとっている。この国には国王というのがいない」
現状、国王という存在がいない国家は、このヨーエンベルグ共和国以外では、かつてのファリウス聖教国と、このクリサリス島の東のクレスティア内海に浮かぶシュルファスタ島の北にあるシュラウト自治区という場所だけだ。
それ以外は、国王または皇帝が支配する土地となる。
無論、例えばアルガンド王国の場合は、王の直轄地以外については七公爵が支配するが、これも実質的には七公爵が国王に匹敵する地位を持つ。
この世界は基本的に、一人の権力者に権限が集中する社会システムであるのがほとんどだ。
その中で、ヨーエンベルグ共和国は例外と言える国の一つだ。
五人の大公と呼ばれる者が国の運営を担う。
大公それぞれの間に序列はなく、全員が同格とされる。
さらに特徴的なのは、この大公が必ずしも世襲ではないことだ。
大公の地位は任期が二十年とされていて、任期が終わるかまたは死去すると、次の大公が任じられる。
無論、大公の地位にある者がそのまま継続して任命されることもあるが、他の者が候補となることもあるらしい。
そしてこの新たな候補者は、前任者の血縁以外、その時点で大公の地位にある者の血縁が許されないとされている。
この制度ゆえに、ヨーエンベルグ共和国の大公家は、お互いに血縁関係にあることがほとんどない。無論皆無ではないらしいが、その場合その子らは大公の候補者になりえなくなってしまう。
実はこの制度自体は、元はクリウス王国の枢密院という機関の名残らしい。
枢密院は国王の施政を補佐する期間として、どちらかというと学者などで構成されていたらしく、その任期は二十年。任期が切れた場合に枢密院の構成員の同意を得て継続して勤めるか、または後継者を推挙してそれが他の構成員に認められれば就任する仕組みだったという。
百五十年ほど前、この枢密院に属していたうち五人が反乱を起こし、国王を追放してあらためにヨーエンベルグ共和国を建国したという。
そしてそのまま共和制――これ自体《意志接続》がそのように翻訳したもので、こちらの世界では『パジェラルド』というらしい――を確立し、以後百五十年それで運営されているという。
そしてこの共和制が、この国の意思決定機関である五人の大公が運営する会議の名称でもあるらしい。
ちなみに『ヨーエンベルグ』というのは最初に叛乱を起こした五人の大公の筆頭の名前だという。
国王こそいないがこの五人が実質的な国王であると同時に、この国の権限は全てこの五人に集まっている。つまりこの五人を何とかすることが、この国を止める手段ということになるわけだ。
「暗殺でもするのか?」
コウがあっさりそう言ってのけたところ、むしろユーリらの方が鼻白んだ。
「ああ、いや、積極的に俺がやろうというわけじゃないんだが」
冒険者としては権力者の暗殺などは『災厄認定』でもしない限りは絶対にやってはならない手段の一つだ。
もっとも現在ではギルドの『災厄認定』もまともに機能しているかは分からないが。
「ああ、いや。冒険者からいきなりそういう話が出るのに驚いただけだ。それに、五人全員が敵というわけじゃない」
「全員が敵ではない?」
「ああ。現在の大公の一人、ハンス・エヴァンス・ダルブニールは我々の味方だ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その夕方、コウはカスカの酒場にいた。
先ほど話を聞いていくつか確認をしたのち、コウは一度あの場を辞した。
いったん情報を整理するのと、単にお腹が空いてきたからというのが理由である。
彼らは普段はこの街で普通に生活を――もちろん身分は隠して――しているらしい。
ユーリなどはダルブニール家の保護を受けているらしい。
幸い、ヨーエンベルグ共和国は戦争をしているとはいえ、国内の流通は停まっておらず、つまりは普通に街を出入りする人もいるため、宿や酒場は普通に営業しているし、コウのようによそ者がいてもそこまで目立つこともないようだ。
とりあえずコウとヴェルヴスは酒場の一角で食事をしていた。
「さて、どうするのだ、コウ」
「その前に聞きたいが……ヴェルヴス、お前、妙に大人しい気がするんだが」
「そうか?」
「そもそも素直についてくるとも思わなかったのが本音だが」
「気にするな。ただの気まぐれだ。強いて言うなら……何か気になる気がしてな」
「なんだそりゃ」
ヴェルヴスはそれには答えず、串に刺さった塊肉を頬張る。
「お前はお前がやりたいようにやればいい。我は手助けもせんが邪魔もせん」
「分かってるよ」
同行者には違いないが、手助けはまるで期待していない。そして、その身の安全は考えるだけ時間の無駄だろう。
それに、話し相手にはなってくれる。これだけでも十分だった。
「で、連中に手を貸すのか?」
「そのつもりだ。断る理由はないし……放置も出来ない」
「人がいいことだ。まあだから見て飽きぬが」
「性分みたいなもんだからな……」
状況は大分違うが、この街を見て痛感した。
この街の人々はただひたすら何かを恐れている。
あるいは悪魔の気配に気付いている人もいるだろう。だが、対抗する手段は誰も持っていない。そんな状態のこの街を放置することは、コウには出来ない。
問題はこの状況をどうすれば打開できるかだが。
「それで議会を襲撃する、か」
「俺個人としては議会への襲撃とかはむしろいいのかそれ、と思いたくはなるがな。まあそこは割り切るが」
現代日本の知識を持つコウにとってすれば、単純な国の制度としては帝国などよりこのヨーエンベルグ共和国の方が馴染みがある。
五大公の任期が終わった時に次の五大公はある程度実績も判断されているとされる能力主義といえる制度。無能な国王などが国の施政を担うよりは合理的だ。
むしろ人気取りだけすればいいというより現代日本より、よほどいいとすら思えた。
ただそれも、ファリウスの絶望より前の話だ。
今の五大公、その中でも筆頭とされる二人の力が突出していて、他の三人も逆らえないという。
そしてその二人が、悪魔の影響を受けているのでは、とみられているらしい。
これらの情報は彼らをこちらの協力者であるダルブニール家からもたらされたものだという。
仮にも敵の首魁の一人からの情報をそのまま信用するのはどうかと思うのだが、彼らは信用していた。直接会えば分かるということで、後日コウも会わせてもらう約束はしている。
「狡猾な人間はいるものだが……まあお前には虚言は効かぬからな」
「まあな。なので本心もある程度は知ることができると踏んでいる」
ヴェルヴスがかつてコウに与えてくれた《意志接続》は、虚言を弄してもその本心を正確に把握してしまう。
故にコウに虚言は、少なくとも本人が虚言だと理解している場合には通用しない。
ネルテリウス王国の作戦は、五大公全員が揃ったところを襲撃する予定らしい。
問題はこの五大公が揃うというのは滅多にない。
普段の議事では代理人を立てることがほとんどなのだ。
普段五大公はそれぞれ要塞に近いカスカの屋敷からまず出てこない。
そしてカスカの街の特性上、当然大公邸の周辺は全て彼らの私兵によって抑えられていて、大軍を動かしての攻撃も難しい。
なので、彼らが邸から動くタイミングが必要で、かつ標的が揃う場面が必要なのだ。そしてそのチャンスをハンス・エヴァンス・ダルブニールは確実に用意すると約束して、今根回しをしているという。
「とりあえず準備は任せるとして、悪魔の影響がこの街にどれほどあるかは知りたいところだ」
街の外から見た時、街の気配それ自体が悪魔の影響で澱んでいたと感じたが、実際に入ってみると少なくとも悪魔の影響は思ったほどには強くなかった。
ただ、街の人々の持つ鬱屈した想いが、そのまま悪魔を引き寄せかねないほどの状態になっていたのだ。
おそらくこのままだと、実際に悪魔と戦闘になった場合にまずいことになる可能性がある。
聞く限り、負の想念が渦巻いている場所では、悪魔が出現する可能性は高いらしい。
このままではこの街自体が悪魔を呼び寄せる媒介になりかねない
そして、ネルテリウス王国が攻めてきたという形だと、実際には都合が悪い。
この街に住まう人々にとっては、生まれた時からここはヨーエンベルグ共和国だ。
祖国が滅ぶという状態になるのをあっさと受け入れられる人は普通いない。
そうなれば、混乱と絶望はさらに進み、それがまた悪魔を呼び出す媒介になりえる。
そもそもネルテリウス王国もヨーエンベルグ共和国を亡ぼすつもりはなく、ただ自国に対する脅威を取り除きたいというのが最優先。
ヨーエンベルグ共和国を安定させ、不可侵条約などを締結するのが現状の目的だという。
そのために有利な条件を引き出したいというのが実情だ。
コウもそのあたりの政治の問題は正直に言えば手に余る。
ただ分かってるのは、相手が悪魔に影響された状態では、それら『人間』の約束事は意味がない。
なので、まず悪魔を排除しなければならないのだ。
「人間とは面白いな。実際には非常に単純な事でも、なぜか形を気にする。そして無謀だと分かっていても愚かな行為も良くするしな」
「それはまた実感籠ってる気がするんだが」
「我と数千年前に対した人間がそれだった」
「東方……たしか五千年以上前にイールム王国を滅ぼしたという?」
するとヴェルヴスが少し驚いたような顔になる。
「あの国はそういう名前だったのか。そういえば気にしたことがなかったな」
思わず国を滅ぼされた者達に同情したくなった。
文字通り、片手間で滅ぼされたというわけだ。
「そんな名前すら覚えてもらってなかったとは、同情するな……」
「覚える必要もなかったからな。そもそもあの男は、国が滅ぶことを希望して我のところに来たのだ」
「は?」
するとヴェルヴスは大きな椀に盛られたお米を一気にかきこみ、それから懐かしむように視線を逸らして目を細める。
「あれは元々は咎人でな。我の元には死ぬために来ておったのだ」
ヴェルヴスによると、かつてヴェルヴスの元を訪れた男は、死を覚悟していたという。
そもそもで、その男は元はイールム王国の重臣の一人だったが、冤罪によってその地位を失い、そして死を命じられてヴェルヴスのところに来たらしい。
逆らえば妻と子が殺されると脅された男は、ヴェルヴスに対して自らの命を差し出す代わりに妻と子を救ってほしいと懇願したという。
ヴェルヴスからすればそんなことを聞いてやる理由はない。
ただ、そんなつまらぬことをする国は不要だとは思ったらしい。いわば、失敗作の国だと思ったという。
かくしてヴェルヴスはその男を殺した後、そのままイールム王国を滅ぼした。
その際、その男の妻子を気にはしなかったらしいが。
「ヴェルヴスらしいな」
「うむ。人の小さな思惑などは知ったことはない。だが、国としてそのようなつまらぬことをするのであれば、その国は不要だろうとは思ったのだ」
そう言ってヴェルヴスは最後に酒の入った杯を空けると、やや剣呑な雰囲気を宿した目でコウを見る。
「そういう意味では、お前がつまらぬ存在になったら、我は躊躇なくお前を殺す。今のお前は、おそらくこの世界の人の範疇からはかなり外れた存在だ。それを作ったのは我である以上、最低限の責任は取らねばなるまいしな」
「……心しておくよ」
ヴェルヴスの考えは分からないが、ヴェルヴスは基本的に人の在り様は愛しているように思う。
かつてコウを助けたのも、ぎりぎりまで粘って自分に一矢報いたのが、本当に興味を引いたからだとかつて教えてくた。
「まあ、出来るだけ頑張るさ」
コウが酒杯をあおる。それに対してヴェルヴスも軽く笑うと同様に酒杯を空けた。




