第341話 ネルテリウス王国へ
エルランシア王女を護衛する形で、コウとヴェルヴスはネルテリウス王国の王都、エグラムへと到着した。
エグラムは国名であるネルテリウスと同じ名を冠している大河の南岸にそって建造された街だ。
ネルテリウス河は幅一キロほどもあり、コウはふとクロックスを思い出した。
エグラムと河を挟んで北の対岸にも小さな街があるが、こちらはエグラム要塞と呼ばれている。
河の北岸もネルテリウス王国の領土らしく、この河を渡す船はかなり多いので、ふと帝都の門前町であったヴェライズの様な役割だが、規模はさすがにまるで違う。
ヴェライズはそもそも十万人も住む大都市だったが、エグラムですらそれほどの規模はない。
市場や食堂などの施設もあるが、明らかに軍事要塞としての毛色が強く、道行く者の半数は兵士だと思われた。
「我が国の戦力の半分がこの要塞にあるので。ここまで来れば安心です」
コルネリアがそう説明してくれた。
ネルテリウス王国はこの王都エグラムが最北の街だという。
無論この街の北側、つまり河の北側もネルテリウス王国の領土ではあるのだが、この河が最終防衛線らしい。
そもそも、ネルテリウス王国はかつてクリサリス島にあったクリウス王国の王都で反乱が起き、首謀者が当時の王家を弑してヨーエンベルグ共和国として独立した。
生き残りの王家はそれぞれ南北に分かれ、北クリウスと南クリウスとしてどちらも王位継承権を主張したが、そのまま百五十年以上が経過している。
このヨーエンベルグ共和国の建国は今から百五十年ほど前。
百五十年余り前にあった大陸の混乱の中でも特に大きな事変として知られているらしい。
(つまり、百五十……もう六十年前か。あのゲッペルリンクが悪意の王にとって代わられた事件の影響と言えるのか)
だとすれば、ヨーエンベルグ共和国は最初から悪魔の影響を受けていた国である可能性が高い。
ヨーエンベルグ共和国は共和国となっているように、王制ではない。
五人の大公による共和制だ。
たださすがにそれ以上の情報は、コウも知らない。
ネルテリウス王国は現在でもヨーエンベルグ共和国の打倒を国是とはしているが、現状難しい状況だ。そもそもの国力がヨーエンベルグ共和国の方が上である。
同じ国是を持つアルベリウス王国と協調出来ればいいのだが、間にヨーエンベルグ共和国の存在があり連携がとりづらい上に、どちらもクリウス王国の正統後継を名乗っているため、そもそも仲が悪いらしい。
ちなみに元々は、兄弟それぞれが南北に逃れてそれぞれ根拠地としたのだが、その頃の記録は曖昧で、どちらも自分たちの始祖が兄であると主張している。
厄介なことに、実際双子だったらしい。
そして三十年ほど前から、ヨーエンベルグ共和国はアルベリウス王国への侵攻を開始したという。
それはどちらかといえば小競り合いで領土を奪い合う、一進一退の戦いが続いていたらしいが、三年前の『ファリウスの絶望』以後、急激に勢力を強め、すでにアルベリウス王国は滅亡寸前らしい。
そんな情報を色々教えてくれたエルランシアに案内され、コウは船でネルテリウス河を渡ってエグラムに入った。
エグラムは人口十万人を少し下回るくらい。規模としてはパリウスやキルシュバーグとほぼ同等だ。
クロックス同様、河沿いは広く港湾地区になっている。河沿い壁があるが、その規模はクロックスよりはだいぶ小さい。
クロックスはカントラント河の北岸ほとんどを壁で覆い尽くすほどだったが、こちらはそもそも対岸に軍事拠点があり、そこと水軍で迎撃するのだろう。
といっても、これまでこの河が戦場になったことはないらしい。
船を降りて壁を抜けると、その先はコウにとっては少し懐かしい雰囲気が感じられた。
三年、人里を離れていたのである。
この少し素朴な街並みはパリウスに少し似ていた。
昼過ぎという時刻もあってか、やや活気があるような気がする。
(そういえば……ラクティは元気だろうか)
世界中が混乱しているこの状況では、ファリウスから遠いアルガンド王国も影響があったかもしれない。
まずはそれらの情報を得る必要があるだろう。
「コウ殿はこれからどうされますか」
少し感慨深げに歩いていたコウに、エルランシアが声をかけてきた。
ちなみに馬車は北岸に置いてきているので、彼女もここでは徒歩だ。
「そうだな……現状の情報が欲しいところだが、この街に冒険者ギルドはあるだろうか」
「それはございます。すぐに行かれますか?」
「そうだな。ここまで案内はとても助かった」
「あとでギルドに使いを送ります。報酬もお支払いしないとですし」
「そう、か。そうだな」
一応建前としてはここまで護衛ということで着いてきている。
当然その報酬は発生するだろう。
もっとも、四日ほどの道程で一度も魔獣すら現れなかったが、これはおそらく一緒にいるヴェルヴスを恐れてのことだと思う。
「ギルドはこの大通りを抜けて……ちょっと面倒な場所ですね。フィベル、案内を頼めて?」
「分かりました、姫様」
もう一人の女性――フィベルという――はエルランシア付の侍女というより、ほとんど姉妹のように育った間柄だという。
身分は違うらしいが、常に一緒にいるらしい。
「ではコウ殿、ヴェル殿。こちらへ」
「ああ」
コウとヴェルヴスはフィベルの案内でエグラムの街の大通りをそのまままっすぐに進む。
エグラムの街は港湾区画から街を南北に貫く大通りと、街の中心で直角に交わる大通りがあり、王城は街の北東部にあるようだ。他の建物よりは明らかに大きい屋敷がそれらしい。
城というより城館というのが正しく、防衛のための設備ではないようだ。
街全体は城壁で囲まれてはいるが、北側の城壁の方が高く厚く、南側は少し低い。
これは北側からのヨーエンベルグ共和国の侵攻を考えてのことだろう。
道はすべて石畳でおおわれていて、中央が道の両脇よりわずかに高い。そして道のわきには水を流す水路がある。
それらもわずかに傾斜しているようで、家庭からの排水も――当然浄化の壺で浄化された水――が流れている。
それらは途中から地下にもぐっているので、最終的には河に流しているとコルネリアが説明してくれた。
相変わらずこの世界の水に関する技術は優れている。これらの知見は、一万年前のエルスベルから引き継がれたものなのだろう。
フィベルは中央の十字路を過ぎて少し行ったところで少し細い路地を右折した。
そこから二度ほど曲がってから、ある建物の前に止まる。
「ここがエグラムの冒険者ギルドです……あれ。ヴェル殿は?」
「ん? ああ……多分どっかに行ったんだろう」
そういえば街を歩いている最中に、フラフラと食事処に引き寄せられていた。
元々ヴェルヴスの目的は食事だし、冒険者ギルドに来ると色々面倒な気もするので気にもしていなかった。
一応通貨の概念は理解してるはずだし、一定の通貨は渡してある。
というより持ち金を全部渡してあるので、ギルドで少し受け取る必要があるくらいだ。
「え。いいのですか」
「問題ない。多分ほどなく戻ってくるだろうし。フィベルさん、案内ありがとう」
「は、はあ……。では私はこれで。連絡はギルド経由で大丈夫でしょうか?」
「ええ、それで。では、また」
「はい。改めて、殿下を含め我らを助けてくださり、ありがとうございました」
フィベルはそういうと去っていった。
それを見送ってから、コウはギルドの扉を開ける。
(懐かしいな――)
規模的にはキルシュバーグのギルドと同じくらいか。
入ってすぐが大広間で、奥にカウンター。
カウンターにいるのはコウと同じくらいの年齢の女性だ。
コウは迷わずカウンターへ向かう。
「あら、見ない顔ね。冒険者希望……って感じじゃないわね。他の地域から来た人かしら? 珍しいけど」
「俺はコウ。察しの通り他の地域からきたのだが、ずっと『証の紋章』の更新もやってなくてな。それをお願いしたいのと、できればギルド長にお会いしたい」
すると受付の女性は少し怪訝そうな顔になるが、コウが出した証の紋章を見てその顔は驚愕に変わる。
「な、何この技量。え。ホントに? 嘘」
現在のコウの技量位階は近距離が銅、遠距離が黒、法術が銅、探索が赤。これは三年前から変わっていないが、およそ大陸でも最高峰のバランスだろう。
「え。あなた……コウさん? どこから来たのよ」
「どこからと言われると旅続きだったが……一応パリウスから、というべきか」
「あ、ホントだ。この紋章、パリウス公爵の名前で発行されてる」
受付嬢は唖然としたように紋章とコウを見比べている。
「で、対応を頼めるだろうか」
「あ、うん。ごめんなさい。更新はすぐするわ。ただ、ギルド長は今は王城に行ってて、帰ってくるのは夜になるのよ」
コウは少し怪訝そうな顔になった。
冒険者ギルドは独立した組織で、神殿と連携することは多いが、王族貴族と連携することはそう多くない。
バーランドのグライズ王子が冒険者を嫌っていたが、そういう感覚に持ち主は少なくないのだ。
自然、冒険者も権力者とは距離を置く傾向がある。
少なくとも三年前は。
「なので、宿とったら教えてくれれば、戻ってきたら使いを出すわ。とりあえず、更新を待ってて。あ、私はここの受付のディアナよ。よろしくね」
ディアナと名乗った女性はそういうと裏に消える。
手持無沙汰になったコウは周囲を見渡した。
掲示板にはいくつか依頼が貼られているが、依頼されてから日が空いたものは少ない。一応冒険者で依頼を回せているのだろうか。
冒険者が他にいないのは、今頃仕事に出ているからか。
一人もいないので、それなりに忙しい可能性もある。
(これからどうするか……だな)
まずは情報を集めるしかない。
ここがネルテリウス王国なら、知っている人間がいる可能性はほとんどないだろう。
軽く話を聞いた限りでは、聖都ファリウス及びその周辺地域は完全に封鎖されているらしい。聖都の入口でもあったランカート王国も今はどうなってるかは分からないようだ。
知り合いに会うとすれば、一番近くても海を渡って帝国に行くしかない。
現状東側に行くのはかなり難しいだろう。
当面帝国を目指すのが無難だが、簡単に帝国に行くと言っても容易なことではない。
おそらく直線距離でも三千キロほどはあると思われ、飛行法術を駆使したところで短時間では難しいだろう。
しかも大陸にたどり着くまでは大きめの島が一つか二つあるだけのはずだ。
現実的に考えれば船で行くしかない。
(エルフィナがどこにいるのか……だな)
この世界に反応がないということは、考えられるのは、コウ同様他の世界にあの穴を通って飛ばされた可能性だ。
ただそうなると探しようがない。
もう一つの可能性として、付与された探知の力よりはるかに遠い場所にいる可能性だ。
ただこれも、どうやって探せばいいのか見当もつかない。
エルフィナが生きているなら、おそらくなんとしてもこのクレスティア大陸に帰ってこようとするだろう。それを待つしかないが――。
この世界に帰れれば会えると単純に思っていたコウは、少なからず寂しさを感じてしまった。
三年間はヴェルヴスとの特訓で寂しいと感じる暇はほとんどなかった。
むしろそれに集中することで、最悪の可能性を考えないようにしていたところもある。
しかし帰ってきてみれば、エルフィナがどこにいるか分からないというのはコウにとっても予想外で、会いたいという気持ちは募るばかりだが、探すにしても方法がない。
(まずは……今この世界がどうなっているか、だな)
あのファリウスの結界の間のように異界へ繋がる扉が他にないとも限らない。
そこからエルフィナを探しに行ける可能性だってあるだろう。
生きているということだけは信じている。
だからこそ、今はやれることをすべきだ。
そう思いなおしたところで、カウンターの奥の扉と外への扉が同時に開いた。
思わずコウはその二つを交互に見ると――。
「コウ殿、まだここにいたか。ちょうどよかった……あれ」
「コウさん。紋章の更新終わったわよ……あら」
同時だったからか、間にいるコウを素通りして顔を見合わせていたのは、先ほど別れたコルネリアと、受付であるディアナだった。




