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転移直後に竜殺し ―― 突然竜に襲われ始まる異世界。持ち物は一振りの日本刀  作者: 和泉将樹
第二部 第二章 精霊王の道標

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第338話 旅立ち

 卒業旅行も終わり、エルフィナの準備も順調だった。

 持っていくものは元から持っていた剣や装飾品。

 鎧はさすがに調達できなかったので、移動時には防刃ベストを着ていくつもりだ。

 あちらでは素材でそういう性能を持ったものがあるのでいずれ不要になるだろうが、美佳によると最初にどこに出るかは分からないのだという。

 それと食料と調理器具。これは重量を考えてフリーズドライのものをとりあえず十日分程度。それに調味料などを若干。


 あとは着替え。

 被服に関しては地球とクレスティアはその根本になるところは大きく異なるが、品質においてそう極端な違いはないので、こちらも最小限だ。

 そしてある意味では地球から持ち出す最大の重要物は――。


「まあ確かに太陽光充電は可能だろうし、精霊でも何とかなりそうだし、無線とかは絶対使えないにしてもローカルなら動くけど……よく思いついたわね」


 美佳が言ったのはタブレットパソコンの事である。エルフィナは今回、これを二つ持ち帰るつもりだ。

 通常であれば無線によってインターネットから様々な情報を取得できる装置だが、当然あちらでそんなことができるはずはない。地球とクレスティアで通信が通じるはずはないのである。

 ただ、物理法則が同じである以上動作自体には問題はないはずだ。


 それに追加のストレージを二つ。これは高耐久かつ大容量ストレージを持つタイプで、その容量は無駄なほど巨大だが――それにエルフィナは、こちらでの知識――百科事典や技術書など――を片っ端からインストールしておいた。

 これならローカルで閲覧が可能になる。


「普通なら異文化の技術を持ち込むのはダメというところなんでしょうけど、私は知ったことではないし、そもそもエルスベルが過去にあるんだから、今更持ち込んでも、というところだしね」

「はい。それに私もこの内容を喧伝するつもりはないですし」


 ただそれとは別に、技術や知識があれば、あるいは復興の援けになる可能性は十分あるのだ。

 あちらには魔力があるので不要なケースも多いだろうが、現状では地球の科学技術の方が、あちらの法術との組み合わせで出来ることが増える可能性はある。

 特に医療技術についてはクレスティアは相当に未発達だ。

 人間が種としてほぼ同じであることが分かっている以上、それだけでも十分に意味がある。

 それにコウならば、原理さえわかれば再現できるものもあるだろう。


 当然電気がなければ動かないが、エルフィナは精霊行使エルムルトで充電できることをすでに確認済みである。

 だいぶ難しくて、実験台に使われた充電池は大量に破壊されたが。

 また、念のため太陽光充電器を一つ持っていく。

 タブレットやストレージが二つあるのは壊れた時のためである。


 他にいくつか便利そうな道具は持っていく予定だ。


 他に移動時に気を付けるべきはクレスティアにとって未知の、地球の細菌やウィルスを持ち込むことだったのだが、これは全く問題はないらしい。

 というのも、狭間の世界を通れば少なくとも皮膚などに付着しているそれらは確実に死滅するからだ。

 なので、エルフィナが地球に現れた時もそれは問題なかったらしい。

 エルフィナが感染した状態で移動した場合はその限りではないが、今のところ問題はない。


 ちなみに美佳は身一つで行くらしい。

 竜である彼女にとってはそもそもなんでもできる――と思ったらそういわけではないらしく。


「いくら竜とはいえ、その精神は人間とそう変わるものでもないのよ。そりゃ、一度見たことは忘れないし膨大な知識をため込むことは出来るけど、かといってそれを修得するかというと別の話で。そういう意味ではこの地球の人類の探求心はなかなかに凄いし、多分かつてのエルスベル――あるいはその前身もすごかったんでしょうね」


 つまり覚えようと思えば覚えられるが、そもそもそんなことを必要としないのが竜だ。

 膨大な技術と研鑽の果てに達成することを、考えるだけで出来てしまうのだという。そもそも存在自体が反則に等しい。


 ただ、その竜をしても世界を自由に渡ることは難しいという。

 この世界全てを作った存在がいるのかどうかは分からないが、美佳に言わせればそんな全能者がいるとは思えないとのこと。

 人間からすれば文字通り神に等しい竜がそういうのだから、いたとしてもそれは竜より遥かに高みにいる存在であり、認識など出来ないのだろう。


 ちなみにここ数日は毎日あちこちの店に行って外食を繰り返している。

 エルフィナとしては食べ収めというのもあるし、出来るだけ多くの味を覚えて帰りたいというのもあった。

 ちなみに、タブレットにはレシピも大量に入れてある。

 あちらにない調理器具だろうが、エルフィナやコウならば精霊行使エルムルト法術クリフで再現できるので、おそらく材料さえあれば作れないものはない。


 そうしているうちに、あっという間に四月になり、エルフィナは美佳に誘われて、久しぶりに鶴岡八幡宮に来ていた。

 今年も桜の開花が遅く段葛の桜がまだ残っていて、文字通り花吹雪状態である。


「すごい綺麗ですね……これが見納めなのは少し残念です」

「ここで最初に貴女が魔力を感知してから、早かったわね。精霊王を見つけるのは」

「そうですね……運が良かったというかなんというか」

「ま、早めに見つかってよかったとはいえるけど。まさかこの世界に十一体も悪魔ギリルが紛れ込んでるとは思わなかったし」


 まだ来たばかりで何の力のない悪魔ギリルもいたが、一方でなんと五百年前から力を蓄え続けていた者までいたのだから驚きだ。

 その頃にはエルフィナは精霊王の力にも慣れていたので十分に渡り合うことができたが、そうでなければ厳しかっただろう。

 ただそれでも、西恩寺家にとりついていた個体より厳しい相手はいなかった。


 悪魔ギリルは大抵の場合は人里離れた場所に身を潜めているものらしい。

 どうしても取りついた人間へ影響は出るし、そうなると社会生活を営む上では支障が出る。

 あの西恩寺家に取りついたあの悪魔ギリルは相当な好条件がそろった特殊例だった。


「少し寂しい?」

「そう……ですね。美佳と違って、私は簡単に戻ってくるなんてできないですし。彼女たちに会えないのも……寂しいとは思います」


 思えば高校三年間はとても楽しいと思えた。

 時間の無駄だと思ったこともあったが、結果としてはエルフィナのこれまでの百六十年近い人生の中でも、特に彩りに溢れた時間だった。


(思えば、コウに会ってからとそれより前、本当に比較にならないですね)


 そしておそらく、この先数十年はコウと共に色々な体験をするのだろう。

 というより、していきたい。

 そのためにも、クレスティアに戻り、あの世界の平穏を取り戻さなければならない。


 不安はある。

 未だに分からない自分とフィオネラの関係。

 精霊王の力を得たとはいえ、悪意の王(ギルスエルヴァス)に勝てるのか。

 現在のクレスティア大陸がどのような状態なのか。

 何よりも最大の不安は、コウが今どういう状態で、どこにいるのかということだ。


 ただ、それらから目をらすことはできないし、逸らすつもりもない。

 左腕にある腕輪を見た。

 そこには確かに、対となる腕輪の存在を感じることができる。

 とても弱くて、あるいは気のせいではないかとすら思えるが、多分そうではないとエルフィナは確信していた。


 戻ってすぐにコウに会えるかは分からないが、諦めるつもりは全くない。

 そして二人なら、多分出来ないことはないとすら思えていた。


 参道を歩いて、大階段を上がる。

 祀られている神々は、しかし実際にはいない。

 だが、そこにささげられた多くの願い(いのり)が、ここに確かな力を与えているように思う。

 あるいは神というのは、そういう人々の想いの結晶なのかもしれない。


「明後日」


 祈りを終えてエルフィナが目を開けるのを待っていたかのように、美佳が声をかけてきた。


「明後日、出発するわね。ま、もう準備らしい準備もないけどね」

「そうですね。今すぐでもいいくらいです。さすがに荷物は取りに帰りたいですが」


 そういうと、美佳が揶揄うような顔になる。


「でも今日のところは、ここでご飯食べていくのではなくて? さっき通った時、店の前の看板に目を引かれてたよね?」

「う……」


 この時期は生しらすが獲れるのでそれを提供する店が鎌倉は特に多いのだ。

 あれはさすがにクレスティアにはない。あるいは似たものはあるかも知れないが、エルフィナは知らない。


「分かってるなら食べに行きましょう。ちょうどお昼時ですしっ」


 それに美佳は、笑いをこらえるようにエルフィナに背を向けるのだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 まだ空が暗い午前四時過ぎ。

 エルフィナと美佳は、富士の樹海にいた。

 この場所を選んだのは、狭間の世界へつなぐ影響を出来るだけ出さないためだ。

 地平にすでに月は沈みかけているが、きれいな真円の月が暗い空に輝いている。


 ここまでの移動は車ではなく、エルフィナは精霊行使エルムルト、美佳は普通に飛んできた。

 今のエルフィナならば自動車を凌駕する速度で移動が可能なのだ。


「そういえば、分身体アバター残してましたけど……なんかピクリとも動きませんでしたが」


 家を出る時、美佳は魔力で作った分身体アバターを家に置いてきた。

 それは寸分(たが)わず美佳と同じ姿をしていたが、全く身動きしなかったので、まるで精巧な人形のようにすら見えて不気味だと思えたほどである。


「まあね。私がこの世界から消えたら起動するようにしてあるわ。意識としては私と同じもののコピーを宿すから、私がいなくなったことに気付く人はいないというか、私がもう一人増えるだけだし」


 どういうことかと考えようとして、エルフィナは止めた。

 神ではないにせよ、竜の視点で物を考えるのは無理だ。


「ただあの姿を変化させるのは面倒だからね」

「そういえばものすごく今更で、今ここで聞くことではないかもしれませんが……」

「何?」

「今のその美佳の姿って、何か原型モデルがあるんですか?」


 すると美佳は予想外のことを聞かれたというように少し驚いていた。


「そういえば話してないかったわね。この姿、髪の色や瞳の色を変えた、フィオネラなのよ。あの子と話すときに竜の姿は効率が悪かったから、人のかたちに変化したのだけど、最初全く同じで不評だったわ」

「あ……なるほど」

「まあ少し日本人に見えるようにも調整はしてるけどね。本当のフィオネラは――」


 そういうと、いきなり美佳の姿が変わった。

 髪は肩までで揃えてあったのが長くなり、銀色になる。肌の色もやや白くなって、瞳の色は左右で異なり、金色と銀色。


「……ティナちゃんに少し似てますね」

「ティナ? ああ、次期教皇(グラフィル)候補だったって女の子?」

「はい。彼女が力を発現した時と。彼女は黒髪でしたが、瞳の色はそんな感じでした。普段は……それこそ日本人みたいなんですが」

「何か関係があるのかもしれないわね。覚えておくわ」

「言っておきますが、もし会っても酷いことしないでくださいね。ティナちゃん、まだ十四歳とかのはずですから」

「失礼な」


 美佳はそういうと、姿を元に戻す。


「ま、しばらくしたらあそこは引っ越す予定だしね。さすがに長く居過ぎたから」


 そう言ってから、美佳は虚空に目を向けた。

 直後、肌がチリチリするような感覚があり、何もない暗闇に魔力の光が満ちる。


「エルフィナ」

「はい」


 服の中にある精霊珠メルムグリア精霊王珠エル・メルムグリアに意識を向けた。

 その直後、エルフィナの全身を精霊の力が覆い尽くす。


「お見事。十分安定してるわね」

「頑張りましたから」


 七つの精霊による精霊鎧メルムガルド。その上に、それぞれの精霊王の力を上乗せした精霊王鎧エル・メルムガルド

 そしてその精霊王鎧エル・メルムガルドの力を、その内側にある存在の保護に全て向ける。


「じゃ、行くわよ」


 空間が裂ける。

 その光景は、かつてファリウスの地下、結界の間で見たそれと同じ。

 大きな違いは、あの時はなす術なくそれに吸い込まれたが、今のエルフィナはそこからの力で不安定になることはない。

 そしてゆっくりと一歩を踏み出すと、その裂け目の脇にいる美佳の手を取る。


「そういえば、そろそろかしらね、時間設定メッセージ」

「そうですね」


 そういうと、エルフィナは東の空に目を向けた。

 少しずつ明るくなってきていて、不思議な色合いのグラデーションが空を彩る。

 そんな中、樹海の一部に眩いほどの光が一瞬溢れ――そして、消えた。

 あとには、誰も何も、存在していなかった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 美佳の家。そのダイニングテーブルの上にスマホが置いてある。

 ディスプレイが消えたままのそのスマホが、突然わずかに震えて、画面に何かが表示された。

 それは、時間設定したメッセージの送信が完了した通知。


 差出人はエルフィナ。

 あて先は、西恩寺玲奈、烏丸柚果、渚由希子。

 メッセージは、ただ一行だけ。


『行ってきます。いつかまたお会いしましょう。』


 早朝、そのメッセージを受け取った三人は、いずれも自室の窓から見える空を見上げる。


「行ってらっしゃい、エルフィナさん」

「頑張ってね、エフィちゃん」

「必ずまたお会いしましょうね、エルフィナさん」


 三者三様の言葉が、早朝の空に融けていった。


というわけで、ついに地球編終了。

クレスティア大陸に戻ります。

あと少し……とは言えないですが、ここまでの大きな舞台転換はさすがにない予定です(多分)

あ、次はおなじみ解説資料です。

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