第325話 かすかな予兆
一月の休みも終わり、学校が再開された。
美佳によると、精霊王用の精霊珠はすでに発注したらしい。
ただ、完成にはもう少しかかるとのことだ。
どちらにせよ、すぐに何かできることがあるわけではない。
なので、エルフィナとしては仮初ではあるが、学生生活を再開することになり――久しぶりに制服に袖を通していた。
「それにしてもこの季節は寒いですね……」
「エルフィナ、その気になれば精霊使えば温度の制御くらい出来ないの?」
「できますけど……そこまでしなくてもいいでしょうし、むしろ寒さで平然としてたら異様でしょう」
「……確かにそうね」
実のところ、あまりに寒い場合は少しだけ火の精霊に頼んで寒さを緩和してもらっていたりもするのだが、やり過ぎるのはよくないだろう。
それにしても、夏あれだけ暑いのに冬にこれだけ寒くなるというのも驚く。
もっともこれでも、この地域は雪もほとんど降らないし寒さもそれほど厳しくない地域らしいが。
教室に行くと、すぐに見知った顔が目に入った。
「おはようございます、由希子さん」
すると言われた方は少し意外な顔をしてから――。
「明けましておめでとうございます、エルフィナさん」
その言葉に、そういえば年始の挨拶の風習を思い出す。
「えっと、明けましておめでとうございます、由希子さん」
「あっけおめーっ、エフィちゃん、由希ちゃん」
「柚香さんは相変わらずですね」
由希子の言葉に、エルフィナも同意する。
今のは多分定番の挨拶を省略したものだとはわかるが、いかにも柚香らしいと思ってしまった。
そこに、遅れて玲奈も教室に入ってくる。
「明けましておめでとうございます、玲奈さん」
「あ、ええ。おめでとうございます、由希子さん。エルフィナさんも」
「玲奈ちゃん、大丈夫?」
「ええ」
エルフィナと由希子は玲奈と柚香のやり取りに不思議なものを感じて、顔を見合せた。
「何かあったのですか?」
「あ、いえ。大したことではないです。少なくとも、お二人が気にするようなことではありません」
エルフィナと由希子は、それで多少の事情は察せられた。
柚香が事情を知っていそうなことで、二人は関係ないというのなら、つまり彼女らの階層――元貴族系――の中での問題なのだろう。
確かにそれは、二人は気にしても仕方ない。
「でも、相談できることがあったらしてくださいね」
「ええ、ありがとう、由希子さん。ああ、そういえば由希子さん、もう貼り出されてましたが、学年次席、おめでとうございます」
「ありがとうございす」
「由希ちゃんすごいねぇ」
「あ、そうか。先に貼りだされているんですね」
三人が話していたのは年末に行われた後期中間試験の結果だ。
まだ返却はされていないのだが、成績上位十人だけは、その結果が学校の掲示板に貼りだされているのである。
そうしている間に教師が入ってきて、朝のホームルームが開始されるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「成績、ずいぶん上がってた様ね、エルフィナ」
「へ? ……あ。私のカバン、勝手に開けましたね」
「いいじゃない。一応私、貴女の保護者ってことになってるから」
「う」
学校から帰ったエルフィナが着替えている間に、美佳がエルフィナのカバンから試験の通知表を取り出していたらしい。
ちなみにエルフィナの順位は二百五十人中七十六位。前回、前期期末試験が百四十位だったので、そこから大幅に上がっている。
「歴史や地理以外は何とか……というところですね」
現在のところ、歴史や地理といった科目以外の成績は比較的よくなっている。
英語や国語、あるいは古文などに関しては、《意志接続》の効果が大きいのはあるが、それ以外にも、物理や化学などは、個人的に興味があって最近面白くなってきていた。
あの融合爆発の原理などが分かるのは、何気に面白い。もっとも原理や意味が分かると、あれがどれだけ危険な術であるかが改めて分かったのだが。
よくあんなことを考えたものだと、コウに呆れたものである。
「学校は変わりない?」
「ええ。今のところは……ああ、強いて言えば、玲奈さんが元気なかったですね」
「玲奈?」
「はい。西恩寺玲奈さん。年末年始に何かあったのかもしれません」
「ふーん。西恩寺家、か」
「やはり知ってるのですね」
「そりゃあ……って、やはり?」
意外そうな美佳の質問に、エルフィナは小さく頷いた。
「最近になってやっと気づいたというかですが。美佳、しばらくこの国にいたって話でしたから、となれば当然、この国にも小さくない影響力があるのかな、と思いまして。前にほら、私がうっかり投げ飛ばしちゃった人がいましたが……その後の態度が妙だったのって、美佳の差し金では?」
「まあね。でも別に、そこまで露骨な影響力があるわけじゃないわ」
エルフィナが首を傾げる。
「古くからいる『ご意見番』みたいなことをやってる感じよ。ただ、誰も正体をしらない、ね。結構あちこち、この国の中枢に食い込んでるし、この国だけじゃないけど」
「……なんかドラマとかで出てくる黒幕みたいな感じですね」
「失礼な。別に普段は何もしないわよ。でも……西恩寺家ねぇ。そういえば妙な噂があるとか聞いたような……」
「そうなんですか?」
美佳はそれには答えずにしばらく考え込んだようになる。
そういう時は話しかけても無駄だと経験から知っているエルフィナは、とりあえず夕食の準備のために買い物に出かけることにするのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あれ。玲奈さん今日はお休みなんですか」
「らしいですね……柚香さんは何かご存じですか?」
「ごめん、私も知らない。体調崩したりしたのかな」
学校が始まって一週間ほど。
エルフィナは学校が始まってからずっと玲奈の様子を気にしていたが、やはり元気がないという印象で、ついに週明けになって休んでいたのである。
さすがに少し心配になってくるが――。
「大丈夫だよ。とりあえず私が今日様子見に行っておくから。あまり心配しないであげて」
エルフィナと由希子は顔を見合わせて――柚香がそういうのであれば、と納得することにした。
そして実際――この時、またそれほどの大事ではないと、エルフィナも思っていたのである。
この世界は平和で、ましてこの日本はその中でも特に安全で、何も起きないと。
そう、思い込んでいたのだった。




