第315話 クリスマスパーティ
車で走ること二十分ほど。
場所的には、少し山がちな場所を越えたところで、突然大きな門が現れた。
車がその門の前で停まると、ややあって門が開き、車はそん中へ入っていった。
すぐに大きな邸宅と広い庭が見えて、何台もの車が停車している。
「あの、ここってどういう施設なんでしょう?」
由希子が少し不思議そうに訊ねた。
「ああ。ここは西恩寺家の別邸だ。今は玲奈はここから学校に通っているけどね」
「ああ、じゃあここが玲奈さんのおうちということに?」
「そうですね。本邸は東京にありますけど、さすがに遠いのでこちらに。お兄様も高校時代はこちらでしたね」
エルフィナとしては元貴族だという彼らが複数の家を持っているのはそこまで違和感はないのだが、由希子には驚きで、すごいですね、と繰り返している。
そして車は駐車場――軽く十台は停まれる――で停まり、一行は車を降りた。
「じゃあこちらに。さすがに制服というわけにもいきませんし」
「は、はい」
「あの、あまり派手なのは……」
由希子はドレスに対する期待があるのか、少し上気した様にすらなっているが、エルフィナとしては少し複雑だ。
さすがに、アルガンド王国のあのパーティの時のように派手なドレスを着せられるとは思わないが、若干の不安があるのは否めない。
とはいえある程度しか任せるしかなく、二人は玲奈の案内で邸に入っていく。
邸はかなり大きく、おそらく標準的な日本の住宅とは比較にならないだろうが、この辺りは王城を知っているエルフィナとしては驚くほどではない。
だが由希子には珍しいようで、周りを見渡しながらひたすら驚いていた。
やがて、二階の一室に入っていく。
「ここがドレスルームです。お好きな服を選んで下さい。着方が分からなかったら、お教えしますね」
「すごい……これ全部服ですか」
「サイズはこの間聞いたけど、大体この辺りの服は二人はどっちも大丈夫だと思うよ」
由希子は身長が百五十八。エルフィナは百五十五なので、かなり近い。
並んでいる服は、いわゆるカクテルドレスと呼ばれるものだ。
「その、スカート丈はいいのですけど、肌の露出多くないですか」
「そ、そうですね……私もちょっと」
「まあカクテルドレスだからねぇ。とはいえ高校生向けのデザインもあるよ」
エルフィナと由希子が戸惑うのを見て、柚香が案内してくれたエリアは、落ち着いた、肌の露出などを抑えたものが多かった。この辺りならエルフィナも由希子も許容範囲内だ。
エルフィナは少し暗めの緑色のドレスを、由希子は同じく少しくらい赤色のドレスを選ぶ。
その間に、玲奈と柚香もドレスを選んでいた。
着方それ自体はそう難しくはなかった――エルフィナからすれば浴衣の帯の方が難しいかった――ので、ほどなく全員着替え終わる。
「エルフィナさんの制服以外って、文化祭の衣装以外では初めてですが……凄い似合いますね」
「そ、そうですか……でも皆さんもそう変わらないかと」
「やっぱドレスに金髪は映えるよー。あ、写真撮っていい?」
言うが早いか、柚香はスマホを取り出している。
「え、いや、それはちょっと」
「大丈夫。誰かにあげたりもしないし、自分で見てみるのもありでしょ? ほら、恋人に送ってあげたら?」
「あ……」
コウは以前、それこそこれよりもはるかに豪華なドレスで着飾ったエルフィナを見ている。とはいえ、このような少し軽い感じのドレスは、それはそれであまりないだろう。
問題は――いつ見せられるのか、というところだが。
そしてエルフィナが反応しそびれている間に、柚香は写真を撮ってしまっていたらしい。あっという間にエルフィナの端末にも写真が送られてきた。
「せっかくだから四人で撮っていただきましょう。すみません、お願いできますか」
玲奈がそう言って、壁際に控えていた侍女にスマホを渡して撮ってもらう。
(いつかコウに見せられたら……楽しそうです)
今コウがどうしているかエルフィナにはもちろん分からないが、生きているとだけは信じている。
美佳が見つけられないとしても、きっとどこかにはいるし、そして絶対に会いたいと思ってくれてることだけは、疑っていなかった。
「さて、それじゃあそろそろかな。ま、基本身内や親戚ばかりのパーティだしね。玲奈ちゃんはちょっと大変だけど」
「そうなんですか?」
「ええ。まあそういう付き合いも多少は。今日はまだ親戚ばかりなのでマシですけどね」
「玲奈さんは婚約者がいたりするのですか? なんかそういうのがあるって、聞いたこともありますが」
由希子の言葉に、玲奈は小さく首を振る。
「そういう方がいる方が楽なこともあるんですけどね。残念ながら」
エルフィナと由希子は思わず顔を見合せた。
こういうところの話は、エルフィナ自身は王族や貴族はそういうものだという理解はしてるし、ステファニーらのこともあるので実感もある。
とはいえあの世界と一緒にすることは出来ないし、そもそもこの世界では一般的ではないことは理解していた。
そして由希子にとっては文字通り雲の上の話めいていて、普段見れない世界を見てしまったような気持ちになり、何とも言えない楽しさを感じていたのである。
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「おお。君たちが玲奈の友人の。また素晴らしく美しいお嬢さんたちだ。と、失礼。私は西恩寺征矢。玲奈の父だ」
「本当、凄く素敵なお嬢さんたちね。私は母の渚よ。よろしくね」
「烏丸隆也。柚香の父だ。妻は今日はどうしても外せない用事があったので来れてないが、これは会いそびれたのを悔しがりそうだ」
玲奈の両親、それに柚香の父親に紹介されたエルフィナと由希子は、名前を名乗りつつとりあえずうろ覚えの会釈をした。もっとも、あまりそういう格式ばったパーティではないようなので、特に問題はなかったらしい。
パーティホールは二十メートル四方ほどの大部屋で。三十人ほどがいた。
ダンスホールというわけではないようで、壁際には料理が多数並んでいる、ビュッフェ形式だ。
「あと、先ほども紹介しましたが、こちらが私の兄です」
現れたのは先ほども会った玲奈の兄、征人だ。
ただ、服装は変わっていていかにもなスーツを纏っている。
あと大きく違うのは、そのすぐ横に女性が一人立っていた。こちらは、紫色のドレスを纏っていて、少なくとも玲奈たちよりは年上に見える。
艶やかなセミロングの黒髪に、小さな髪飾りが良く似合っていた。
少しだけ厳しそうな雰囲気のある女性でもあるが、今はどちらかというと緊張しているようだ。
「あらためて。西恩寺征人だ。そして父上、母上。お約束した通り、連れてきましたよ」
「おお、では君が」
「は、その、月条亜理紗です。その……今はその、征人さまと」
「亜理紗。なんでそう硬いかなぁ。まあそういうわけです。月条家のお嬢さんなら、文句はないでしょう?」
「元々身元がはっきりしていれば今更お前が選んだ相手なら私たちは何も言わんよ。むしろ相手がちゃんといてくれるのに安堵するくらいだ」
そう言って、征人らはなにやら話が盛り上がってる。
「玲奈さん、玲奈さん。もしかしてあの方って……」
「ええ。兄の恋人ですわ。私は何度かお会いしたことがありますが、素敵な方です」
「とか言ってるけど玲奈ちゃん、最初は『私のお兄様が獲られる~』とか嘆いてたんだよ」
「柚香さん!? そ、そんなことは……そ、その最初だけは言いましたけどっ」
「……言ったんですね……」
エルフィナがぼそりと呟いた。
ふと、同じ様な立場にあったキールゲンとその妹ユフィアーナを思い出す。
考えてみたら、あそこもステファニーを最初に紹介された時はどうだったのだろうと思うが――ユフィアーナに関しては会った時のインパクトがあり過ぎたので違う反応だったような気はした。
「ま、まあともかく。あとは私と柚香さんは挨拶周りなどもございますが、お二人は気楽にお食事を楽しんでください。不埒な輩がいたら近くにいる給仕に頼めば大丈夫です」
さすがにここは身分制度がある国とは違うらしく、給仕たちはこの場での問題の対処もやってくれるらしい。
そういうことであれば、とエルフィナと由希子は、まずは食事に集中することにした。
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「相変わらず……ですわね、エルフィナさん」
玲奈の言葉に、エルフィナは少し目をそらした。
出来るだけ目立たないように振舞っていたとはいえ、そもそもこの場で完全な金髪を持つエルフィナは、それだけで相当目立つ。
実際、あれが誰なのか、というのは会場で話題になっていて、その都度玲奈や柚香が説明していたのだが、その姿は常に何かを食べている状態なのだ。
「えっとその、とっても美味しくて」
「それはまあ、うちの料理長が腕を揮いましたし。本当に美味しそうに食べてくれるから、それはそれで見てて楽しいのですけどね」
「妹から話は聞いていたが、凄い食べっぷりだね、君は」
現れたのは征人だった。隣に亜理紗もいる。
「でしょう。こんな身体のどこにあれだけはいるのかと思いますけどね……これで全く太る様子がないのですから、羨ましい限りですわ」
「それはすごいな」
「ちょ、ちょっとだけ私も羨ましいです」
亜理紗にまで言われると、エルフィナとしては赤面するしかない。
だが、その横で由希子も大きく頷いていた。
そこに柚香も合流する。その後ろに男性がいたが、エルフィナはその人物には見覚えがあった。
「今日はご挨拶していませんでしたね。烏丸良一さん……ですよね」
「おお。覚えていてくれたのか。それは嬉しい……なんだ、妹。大丈夫だ。分は弁えている」
現れた柚香の兄である良一は、そういうと特に不埒な感じもさせず、普通に輪に加わってきた。あるいは、あの時に美佳に言い含められたのがよほど懲りたのか。
「それにまあ、十色家の様なのを見ると、やはり女性とは節度を持ってと思うしな」
「ああ……あれか」
征人が渋い顔になる。
エルフィナや由希子はもちろん、玲奈や柚香も意味が分からず、首を傾げた。
「ああ、いや。こういう席でする話じゃないな。まあ、ある家が不祥事をやらかしてね。あまりにも愚かな行為だったので、事件化してしまって、ちょっとした騒ぎになってるんだ。多分……破産するんじゃないかな」
「え。結構大騒ぎでは」
玲奈が驚いていた。
エルフィナも由希子もその名前はよくわからないが、それでも元貴族という立場の家が破産するというのは、尋常な事ではないと分かる。
「まあ元々色々やらかしていた家だったからね。それでもさすがに、ちょっとあり得ないほど愚かな行為をしたらしいし、ほぼ現行犯だったらしいけど。私も詳しくは知らないし、また終わった事件じゃないからあまり語るべきではないね」
そう言って、征人は口を閉ざした。
玲奈や柚香、由希子は少しそれに不安を感じていたようで、それに気付いた征人が謝っている。
その一方で、エルフィナは少しだけ首を傾げていた。
(あり得ないほど愚かな行為――)
文化祭の一日目の帰り際を思い出した。
あれも、明らかにあり得ないと言い切れるほど愚かな行為だ。
十カ月ほどこの日本で過ごしていて、この地域がとてつもなく安全で、かつ治安がいいことは分かっている。
クレスティア大陸で普通にあり得るような、単純な犯罪行為は実行それ自体が不可能ではないかと――やったところで確実に捕縛される――と思えるほどに。
話に出た十色家というのが何をやらかしたかは分からないが、おそらくたまにテレビで報じられる詐欺などの事件とは違う気がする。
まして現行犯ということは、簡単に捕まる状況で犯罪行為に及んだということになる。
仮にも元貴族という特別な家柄に在る人間がそこまで愚かなことをやるのかは――エルフィナには分からないが、ないのではないかという気がした。少なくとも普通なら。
(あり得ないような、平常心を欠いた行動――)
エルフィナ自身、一つだけ思いつく要因があるにはあるが――。
(まさか、ね――)
それはあり得ない、と首を振ってその考えを振りほどくと、エルフィナは再び食事をとるための皿を手に、今度はデザートのエリアに突入していく。
「……エルフィナさん、まだ食べる気なんですか……」
玲奈の言葉は、その場の全員――征人や亜理紗含む――の気持ちを全て代弁していた。




