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転移直後に竜殺し ―― 突然竜に襲われ始まる異世界。持ち物は一振りの日本刀  作者: 和泉将樹
第二部 第二章 精霊王の道標

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第312話 青蘭祭開幕

 聖華高校の文化祭は青蘭祭と呼ばれ、高校の文化祭としては少し時期が変わっている。

 普通の高校の文化祭は大抵は九月、遅くとも十月に行うのだが、この高校の文化祭の実施時期は十一月の頭。

 この頃になると受験生でもある三年生は参加しづらい――ということは実はない。二年生ほどではないが、三年生もかなり楽しむらしい。無論、一部勉強に集中する生徒もいることにはいるが。


 聖華高校は一年から二年にかけてはクラス替えがあるが、三年生にかけてはない。そのため、クラスの結束力という点では三年生のその頃がピークで、それで文化祭も盛り上がるのだという。

 無論、それが三年生が一堂に集まって行う最後の学校行事――あとは卒業式――であるというのもあるだろう。

 三年生にとっては、文字通りクラス活動の集大成というわけだ。


 また、一年生も高校というステージに上がって半年以上が経過。高校に馴染み、クラスの立ち位置も確立したころとなる。

 そのため、この遅いスケジュールの文化祭のおかげで、クラス一丸となって盛り上がることが多いらしい。


 ただ、それらは当然だがエルフィナは知ったことではない――はずだった。

 なぜかクラス全員――本人除く――によって強引に主役に抜擢されてしまったエルフィナは、しかし自分の意見を強硬に主張して拒否することもできず、なし崩し的に引き受けることになってしまった。

 ちなみにその日家に帰ってから、美佳に「どうしてもいやだったらその場で断ればよかったのに。本気で嫌がったら、多分考慮くらいはしてくれたわよ。もう遅いけど」と言われ、さらに落ち込んだ。


 思えば、アルス王立学院の学院祭でも、コウと二人、あまりに強引にキールゲンによって押し付けられ、流されてしまった経験があったというのに、また同じことになってしまったわけだ。

 救いがあるとすれば、竹取物語であれば、あの学院祭の様な恥ずかしい思いはしなくてもいいはずというくらい――と思ったら。


「こ、これは何ですかー!?」


 一週間後。

 文芸部員と放送部員が書き上げた台本の草案を見て、エルフィナは即座にその二人に詰め寄った。

 竹取物語の筋は、竹から生まれたかぐや姫が美しく成長――しかも超短期間で――し、その美しさが評判となり、都に住む多くの貴族たちに求婚される。

 しかしそれに対してかぐや姫は無理難題に等しいことを申し渡し、それを断る。さらに帝の求愛すら袖にするのだが、その理由に、月に恋人がいるということになっているのだ。

 さらに、月に帰るシーンでは、その恋人の男性が帝が姫を連れ帰らせまいと用意した軍勢と大立ち回りとする、というアレンジが加えられているのだ。

 そして最後に、その男性と抱き合って月に帰るとなっていた。


 しかしエルフィナからすれば、たとえ演技でもコウ以外の男性――コウの場合はそれはそれで羞恥心で死にそうになると思うが――とそのようなことをするのは、許容できなかった。

 そしてこの意見に、クラスの女子が同意してくれたのである。

 なお、この時点でエルフィナに恋人がいることはほぼ公然の秘密だったのだが、それが声高に理由として主張され――エルフィナが沸騰寸前まで真っ赤になっていたが、それもあってこのアレンジは却下される。

 なお、男子の多くががっくりと膝から崩れ落ちていた。

 とはいえ、舞台を盛り上げるためにアクションシーンは欲しいという意見は採用された結果――。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 学生生活をしながらの文化祭の準備期間は、瞬く間に過ぎ去った。

 エルフィナ達一年A組の公演は、一日一回。時間帯はお昼前。エルフィナの存在は当然だが他のクラスはもちろん、上級生にもよく知られているため、かぐや姫をやるという噂はかなり広まっており――。


「わ、凄い。満員だよ、ホントに」


 一番大きな第一体育館の観覧席はほぼ満員。

 それを見て他のクラスメイトも少し驚いている。


「すごいな……前の演目の時はまだ空席あったのに」

「やっぱエルフィナさんでしょ。私だって他クラスならここは見に来る」


 そういうと、エルフィナにクラスメイトの視線が集中した。


 そのエルフィナは、現在十二単を模した服装を着ている。

 この学校、普通と違い、本当に元貴族の学生が少なからず存在する。それはつまり、普通の家にはまずないような衣装があり、このような衣装でも用意出来てしまうのだ。

 さらに言えば、この学校の演劇部もかなり伝統があるのだが、その演劇部の資産である衣装にはとんでもないものもあったりする。


 結果、この竹取物語の衣装に関しては本当に本物同然の衣装が用意されているのだ。


「はー。しかしエルフィナさんめっちゃ綺麗……金髪に十二単とか、ちょっと反則でしょ」

「なんていうか本当にお姫様だよねぇ」


 などと言われても、エルフィナとしては恥ずかしさの方が全面に出てしまう。

 これに関しては、ステファニーやラクティ、あるいはユフィアーナ王女など、本当の『お姫様』を知ってる身としては畏れ多いという感覚もある。


(そういえば……あっちもこっちも、王族や貴族といった制度は……こっちではもうほぼ形骸化してますが、同じですね)


 この辺りは、多分コウ辺りだと政治学とかと紐づけて考えるのだろう。

 あるいは、同じ人間である以上、支配体制というのはどこか同じになるのか。

 だとすれば、あの世界もいずれはこの地球のように民主主義が発達するのだろうか。


 観客席を見ると確かにたくさん人がいるが――この位なら学院祭の最終日も似たような感じだった。

 あの時に比べるとここが屋内であり、しかも観客席は照明が落とされているので、さほど意識しないで済むというのはある。

 それに、恥ずかしいラブシーンなどがないので気が楽だ。

 気になるとすれば、一番前に座っている美佳くらいか。一体いつ来たのか。


 そうしている間に、舞台の準備が整ったようだ。

 一同は顔を見合わせて、頷き合う。


『お待たせいたしました。これより次の舞台、一年A組による演劇、竹取物語です。オーソドックスな日本の古典に、独自のアレンジを加えた舞台をお楽しみください」


 そして、静かに幕が上がった――。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 話は序盤は原作通りだ。

 竹からかぐや姫――エルフィナが登場するシーンは、大道具係や照明係が演出を徹底的に凝ったので、非常に美しいシーンとなり、観客から思わずため息が出ていたほどだ。

 ちなみにこのシーンでは、エルフィナは文字通り立っているだけなのだが。


 その後、公達が求愛してくるシーン、無茶な贈り物を要求するシーンなどは同じ。

 ただこの後が大きくアレンジされていて、帝がかぐや姫に求愛するのだが、それをあっさり断られると、帝はあろうことか鬼の力を借りる。

 そして、かぐや姫が月へ帰る時に、その軍勢がかぐや姫をさらおうとしてくるというストーリーだ。


 最初の台本では、ここでかぐや姫の恋人がかぐや姫を守って大立ち回りをし、恋人と二人で月に帰るという話だったが――。


「帝よ。その心に挿した闇に呑まれ、ありうべからざる者に手を借りた罪。されどその根底にあるのは、純粋に私に焦がれてものなのでしょう。それにお応えすることはできませんが、闇に呑まれ、堕ちていくのは忍びない。故に――」


 ばさり、と十二単が舞う。正しくは上から紐で釣ってあるのだが、その下から現れたのは、巫女装束のエルフィナだった。

 さらに、その手には剣が握られている。


「月の巫女として、地上における邪を祓い、それを以って私がこの地に降りた証といたしましょう」


 そして、乱戦シーンとなる。

 ただ、このシーンのクオリティが凄まじく高かった。

 元よりエルフィナは弓が極端に得意なだけで、剣についても人並み以上に使いこなすことができる。

 さらに、このシーンに参加した鬼の軍勢は、剣道部や剣道経験者、さらにフェンシングやなぎなたの経験者などによって本当に迫力満点の剣戟が繰り広げられた。


 というより。


「一度にこなければ、皆さん遠慮なく全力で来てもらった方が迫力出ると思います」


 事前のエルフィナの言葉である。

 そして実際、エルフィナは彼ら相手にそのすべてを躱し、反撃するほどの力を示していた。

 つまりこの殺陣は、文字通り台本なしで、本気でやり合っているのだ。

 ちなみに練習時、誰一人としてエルフィナに一撃も入れられていない。

 それは本番でも変わることはない。

 そしてエルフィナの剣――当然表面は柔らかい緩衝材で覆われている――は容赦なく全員を捉えていく。


 そして全員を斬り伏せたところで、エルフィナにスポットライトが当たり、大きな影が映じられた。いわゆるボス鬼の演出だ。

 そしてそれをエルフィナが剣を一閃させると――鬼が消える。


「帝よ。この地を正しくお治めください。常世たる月と現世うつしよ。本来決して交わるはずのないはずだったのにもかかわらず、私がこの地に降りたのは――この鬼を斬る為だったのでしょう」


 そこに帝役が現れ、鬼を切ってくれたかぐや姫に感謝をする。

 かぐや姫は月に帰り――地上には平和がもたらされたところで幕となった。


 同時に大きな拍手が体育館を満たす。


「終わったーっ」

「やったねー。ウケてるよ、すごく」


 エルフィナは舞台袖から観覧席を見ると、みんな楽しそうに拍手をしているのが見えた。美佳までしてるのは、本気かどうかわからないが。


「エルフィナさん、どうでした?」


 玲奈がエルフィナのところにやってきた。

 ちなみに彼女はエルフィナに仕える侍女役をやってくれている。


「そう……ですね。ちょっと面白かったです。思いっきり体動かせましたし」

「本当すごいね、エフィちゃん。あの迫力は本当に凄いというか」


 柚香の言葉に、やられ役でもあるクラスメイト達は少し苦笑いをする。

 実際、彼らはかなり本気で打ち込んでいるのだが、それをまるで舞うように躱され、剣を打ち込まれてしまっているのだ。

 もちろん、胴には衝撃を吸収するための防具などを仕込んでおり、エルフィナはそこを正確に切り付けてくれるので怪我どころか痛みもない。

 とはいえ、あそこまで実力の差があるのを見せつけられるのは、武道をやるものとしては複雑なのは否めなかった。

 そこはエルフィナも少し悪いとは思ったが、もはやこれは実戦経験の違いというしかない。


「さて、それじゃあ撤収。あとは各自、青蘭祭を楽しもうーっ」


 クラスの実行委員のセリフに、各自が「おーっ」と楽しそうに腕を突き上げる。

 一瞬遅れて、エルフィナもそれに応じていた。



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