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転移直後に竜殺し ―― 突然竜に襲われ始まる異世界。持ち物は一振りの日本刀  作者: 和泉将樹
第二部 第一章 異世界の妖精

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第299話 次なる目的地

「ふぅ。やっぱり家が落ち着くわね」


 そう言って、ソファに身を投げ出したのは、その実態はこの世界はもちろん、おそらく他の世界全てにおいて最強種であろう竜たる竜崎美佳である。


「それは同意しますが……竜であるあなたがそうしてるのは、なんか不思議ですね」

「私はこの形態で過ごしてる時間が長いからね。人間の感覚にどうしても引っ張られるのよ。だから暑いなぁ、とも思うし」

「……そっちの方は本当に同意します。ハワイって南国だと思ってたのですが、絶対こちらの方が暑いですね……」


 どう考えてもハワイよりこの街の方が暑い。


 ちなみに現地時間であちらを出立したのは夜の七時頃。

 到着したのは翌朝七時過ぎなのだが――ところが日付が一日すっ飛んでいる。

 これにはエルフィナはとても混乱したが、どうやら地球の時間というのはそういうものらしい。

 前にコウに『時差』というものについて説明されたことがあるが、体感してみても意味が分からなかった。


「ま、今回で大きな収穫もあったしね。やり方が合ってることが分かったから、あとは次々と精霊王と契約をしましょうか」

「はい。でもあれほどの精霊の力が集まってる場所は、そうそうないようには思いますが……」

「そうね。正直に言うと、光と闇、理はまだ見当がついてないわ。ただ、地、水、風は一応目星はあるんだけど……時間的には夏休みの間に地の精霊王のところは行く予定よ。貴女の里帰りの目的地に少し近いしね」


 そういえばそれがあった。

 夏休み中は基本的に北欧のスウェーデンに帰っていることになっているのだ。


「スウェーデンが近いということは、北ヨーロッパということですか?」

「そうね。目的地はアイスランド。この地球で、地の精霊の力が一番強いだろうというのは、まず確実にあそこだからね」


 その国の名前はさすがにわかる。

 あまりにもそのままな『氷の国(アイスランド)』という名前の島で、国の名前でもあるそこは、ヨーロッパの北に浮かぶ島国のはずだ。


「プレートテクトニクスは習った?」

「はい、一応。大陸が動くとか……信じられない気持ちですが」

「そうね。私も一万年くらいここにいるけど、さすがにそれを実感したことはないわ。でも色んな研究から、確実な事実として知られているんだけど、そのプレートが地中から生まれる場所が唯一、アイスランドは地上にあるのよ」

「文字通り、大地が生まれる場所、ですか」


 エルフィナのたとえに、美佳は頷いた。

 そういえば、クレスティア大陸もやはり大陸は動いているのだろうか。

 その時間的間隔は数万年どころか、数十万、数百万年単位ではないとまともに観測出来ないので、少なくとも今の大陸の人々が知ることは出来ないが、あるいはあり得てもおかしくはないと思う。

 それを自分たちが認識することはないにしても。


「で、それが終わったら一応スウェーデンに行っておきましょうか。とりあえず貴女の田舎はスウェーデン北部ってことにしてるけど、そこまで本格的に行く必要はないし、ストックホルムでいいでしょう。あとは両親は……写真嫌いってことにしときましょうか」

「さすがに撮影しようがないですしね……」


 正直に言えば、少し会いたいと思わなくはない。

 考えてみれば、故郷を出たのはもう二年以上前。聖歴ファドゥラ一〇二四五年の一月。ファリウスからこちらに来てしまったのが聖歴ファドゥラ一〇二四六年の八月末で、すでにこの世界に来て半年ほど経っている。

 あちらとこちらの時間の進み方はほぼ同じ様なので、おそらく向こうは現在聖歴ファドゥラ一〇二四七年の二月頃だろう。なのでもう二年以上過ぎている。

 森妖精エルフの尺度ではたった二年とはいえ、その間全く音沙汰なし。

 しかも消息不明状態だ。

 さすがに心配している気はするが、そもそもあの後クレスティア大陸がどうなったのか次第では、故郷の森だって安全と言えるかどうか。

 こればかりは美佳の言葉を信じて、大丈夫だと思うしかない。


「とりあえず予約はしてあるけど、出発は来週。それまではのんびりしてていいわ。私は明日からバイト入れてるけど。さて、荷物をほどきましょうか」

「あ、はい。洗うべき服は洗濯機に入れておきますね」

「私の分もお願い。もう回しちゃっていいわよ」

「分かりました」


 スーツケースを開いて、洗う必要のある服をまとめて、洗濯機に放り込む。

 さすがに半年も地球にいるので、この辺りの使い方は慣れた。

 その間に美佳はお土産として買ってきたお菓子などを整理しているらしい。

 ふとそれを見て、聖都ファリウスでお土産の話をしたのを思い出した。

 あれはまだほんの半年ほど前のことだが、もうすごく前の事にも思える。


「エルフィナ?」

「あ、いえ。ちょっと……ファリウスのことを思い出して。コウとファリウスのお土産の話したなぁって」

「そ。せっかくだから、帰る時にはできるだけお土産持っていきましょうね」

「……はい」


 多分コウからすれば、それこそ即席麺インスタントラーメンすら懐かしいだろう。今彼がどこにいるかすら分からないが――必ず生きて再会できることを、エルフィナは信じて疑わなかった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「エルフィナにはああは言ったけど……」


 美佳は複雑そうな表情で、少し首を傾げた。


「あの、竜崎さん。大丈夫ですか? 元気なさそうですが」


 横に立っていた同じバイトの少女が、心配そうに声をかけてくる。


「ああ、うん。大丈夫。ちょっと……まあ疲れが抜けてないかも」

「海外から戻って次の日に平然とアルバイト入れる人は普通いないですから……」

「まあ……そうね。まあでも大丈夫。考え事をしてただけだから。ちょっと商品補充してるわ」


 そういうと美佳はレジから出て、倉庫に入る。

 直後、客がレジに入ったが二人ほどなので問題はないだろう。


(そういえば、最近あの子は元気ね……いいことでもあったのかしら)


 別に前が暗かったわけではないが、久しぶりに見た同僚がとても前向きになってる印象だ。

 いいことがあったか、あるいは何か吹っ切れたか。

 一年以上一緒に仕事をしていれば、さすがにそういう微妙な変化にも気付く。

 もっとも、そっちはあまり気にしても仕方ないだろうが。


 問題は――。


(狭間の世界に、ヴェルヴスの気配がないのよね……)


 さすがの美佳でも、狭間の世界を越えて他の世界に行くのは容易な事ではない。

 ただ、狭間の世界に入り込むだけなら容易だ。地球のある世界から離れなければいいだけだ。

 なので幾度か分身アバターを出して、コウという人物――というより、彼が持つというヴェルヴスの力の宿った器物の気配を探していたのだ。


 しかし、完全に空振り。

 無論、あまりに遠くであればいくら美佳でも感知できない。

 ただ、クレスティア大陸のある世界とこの地球のある世界は、ほぼ隣接しているに近い。もしあの世界から狭間の世界に入ったら、そう離れた場所に行く可能性は低いはずだ。

 実はその気になれば、美佳が行って回収してくることは出来るのではないかと思っていたのだが――エルフィナが今も時々うなされているのを聞いているとさすがに少し可哀想になってくる――全く見つけられないのである。


 結論としては、おそらくコウは、少なくともヴェルヴスの力の宿った器物は狭間の世界には存在しないとしか思えない。

 考えられる可能性の一つが、クレスティア大陸に戻っていること。

 現状これが最も高い。

 そしてもう一つが、可能性は低いが地球以外の世界に落ちた可能性だ。

 そしてこの場合はかなり最悪である。


 人間が生きていける世界ならまだ運がいい。

 だが、例えば悪魔ギリルの世界もそう離れた場所ではない。そこに落ちていた場合、生きている可能性は果てしなく低い。

 他にもいくつか可能性のある世界はあるが、どこも、どう考えても地球やクレスティア大陸より環境的に厳しいのだ。

 そもそも美佳もあまり詳しくはない。


 狭間の世界で、美佳が探知できないほどに離れてしまっている可能性もある。

 そうなると見つけるのは至難の業で、現状エルフィナがコウと再会できる見込みは果てしなく低い気がして仕方ない。

 エルフィナはクレスティア大陸に戻れればと思っているし、それ自体は少なくとも彼女のためには間違いなく最善の道だが――。


「あまり落ち込む様子は見たくないんだけどね……やっぱあの子、どこかフィオネラと被るし」


 一万年以上前の、友の顔が思い出される。

 顔も雰囲気も全然違うのに、あの二人はやはりどこか似ている気がする。

 だからなのか、やはりエルフィナを助けたいと思ってしまう。

 それはあるいは、一万年前の後悔を繰り返したくないからなのか。


「竜といっても、人間の振りをして一万年も経つと、さすがに感情も安定しなくなるのかしらね」


 思わずぽつりとつぶやいたところで、レジのヘルプの音が鳴り響いた。

 顔を上げると、いつの間にかレジに四人ほど並んでる。


「あら、呆けてたわね」


 美佳は急ぎレジに向かった。


「すみません。お客様、こちらで」


 手早くレジを片付ける。

 本当に一瞬人が重なっただけだったらしい。すぐに店内は静かになった。


「すみません、助かりました」

「ごめんなさいね。考え事してて呆けてたわ」

「いえいえ。大丈夫です」

「こんにちはーっ」


 そこにもう一人の声が重なった。

 この時間からのシフトを入れているバイトの子だ。


「あ、じゃあ玖条さんは上がっていいわよ。ありがとうね」

「あ、はい。それでは失礼します」

「お疲れ様。あ、そうだ。裏のテーブルの上に旅行のお土産置いてあるから、一つ持ってって」

「あ、はい。ありがとうございます。あ、でもそういえば、ハワイ島……でしたよね、行ったの。噴火、大丈夫だったんですか?」

「ああ……」


 まさかその噴火時にその火口の中にいたとは言えない。


「ええ。特に問題はなかったわ。噴火も、規模の割に被害は小さかったって話だしね」

「そうですね……なんか溶岩流がすごかったそうですが、奇跡的に人が全くいない場所に流れたとかで、ニュースでもすごい偶然だって言ってましたが」

「あ、そんな話になってるのね……」


 昨日戻ってきたばかりで、現地のニュースも見てなかったので知らなかった。

 確かに溶岩流の流れを無理やり変えたので、物理的にはちょっと説明がつかない様な事になっているかもしれないが、そこは気にしても仕方ないだろう。どうせ原因が分かる可能性はない。


「はい。なので竜崎さん大丈夫かなってちょっと心配していたんです。でも、ご無事で何よりでした」


 むしろ美佳が無事ではない火山噴火は、大破局カタストロフィレベルでも足りはしないが、さすがにそういうわけにはいかない。


「そうね。ありがと。また来週もちょっといないから、埋め合わせよろしくね」

「はい、大丈夫です。それでは、失礼いたします」


 にこやかに出ていく同僚を見送ると、入れ違いに先ほど来たバイトの子がレジに入って始業処理をしていた。


「竜崎さんお久しぶりです。どうでした、ハワイは」

「噴火にはちょっと驚いたけどね。でも楽しかったわよ」

「あ、そういえばその時にいたんですね。無事で何よりでした」


 美佳は曖昧に笑ってから、視線を正面に向けた。

 思ったよりあの噴火は話題になっていたらしい。

 あとでエルフィナにも口裏を合わせさせておく必要を感じつつ。美佳は仕事に集中するのだった。


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