第27話 キュペル兵との衝突
「私は、ティターナの森、クレスエンテライテの氏族、エルフィナです」
部屋を出たエルフィナは、改めて自己紹介をした。
といっても、コウの知らない名詞ばかりである。
妖精族は『出身地』と『氏族』で自分の所属を明らかにするものらしい。
「森妖精……だよな」
「ああ。失礼しました。はい。森妖精です。先ほど言った場所は、ここよりはかなり南です」
妖精族同士だとおそらく種族を名乗るまでもないのだろう。
ただコウはそもそも妖精族自体初めて見るので、種族の区別等つくはずもない。
(キュペルの南、か)
コウの知識では、キュペルの土地は北側は不毛の大地が続く。
南は広大な森林地帯と高山帯があり、妖精族が多く住むと伝えられているから、そのあたりの出身という事だろうか。
「といっても、私は……氏族の異端者ですが」
着ている服は彼女のものだったのか、深い緑色のローブに近い服の上に、今は甲革の鎧をつけている。
武器などもそのままだったようで、部屋の外に鎧とともに保管されていた。
それらを纏うと、特にふらつく様子もなく、エルフィナはコウに向き直る。
意外に背は低い。コウの身長は最後に測った記憶だと百七十五センチだったが、彼女は見た感じ、百五十センチちょっとというところだ。
日本にあった創作だとエルフはむしろ背が高いとされていた記憶があるが、まあ個人差だろうし、そもそもこの世界の森妖精と創作物のエルフが同じであるはずもない。
特にふらつく様子もなく、彼女は装備の状態を確認している。
一ヶ月以上監禁されてたとは思えないほどには、エルフィナの足取りはしっかりとしていた。
ただ……。
くぅ
その小さな音でエルフィナの顔は真っ赤になる。
「そ、その、仕方ないじゃないですか。捕まってからずっと、何も食べてないんですからっ」
「一ヶ月以上ずっと!?」
捕まったのは暗殺事件が始まったより以前だろうから、最低でも一ヶ月半は前だ。
さすがに驚いて聞き返した。
「その、私たち森妖精は水と光だけである程度は大丈夫ではあるのですが……全く食べないわけでもないので」
なんとも便利な体質だ。
監禁する側にとって、だが。
『とにかくここを離れようよ、主。またやつらが来たら厄介だ』
現れたのは、つむじ風。
だが、よく見ると、巻き上げられた砂などが、人型に近い形を形成していると分かる。
マナが視えるようにすると、そこには風のマナが人の形を成していた。
「風の精霊、か」
隣に水の精霊も現れる。
『風の精霊のフィーネだ。主を助けてくれたことには礼を言う、人間』
内心、コウは驚いていた。
妖精族の中で、稀に精霊と相性がよく、精霊行使を使える者がいることは書物にあった。
ただ、その場合でも一属性のみで、二属性の精霊を使役している例は、少なくともコウが読んだ範囲の書物では確認できなかった。
ところが、エルフィナは、水と風の精霊を使役しているようだ。
「……精霊がもう一体いたなら、逃げられそうなものだが……」
「いえ、あの部屋では、それは出来なかったんです。あの部屋は……」
エルフィナは、部屋の入口から、部屋の天井の四隅にある金属の塊を指差す。
「あれは排魔の結界といって、マナの力を完全に阻害するんです。精霊はマナそのものといっていい存在なので……」
排魔の結界の中では、存在することすら出来ないらしい。
ちなみにこの結界内では、法術も使えなくなるという。
法術の発動プロセスの『充填』を行おうとしても、マナが霧散してしまうらしい。
最初に水の精霊が部屋に入れなかったのも、これが理由とのこと。
「……とにかくここを離れよう。いつまでもここにいては……!?」
「え!? きゃっ!!」
コウはエルフィナの頭を抑えると、無理矢理伏せさせた。
直後、外で爆発が起き、申し訳程度にあった窓枠が粉砕され二人に降り注ぐ。
「なんでこんなに早くばれた……?」
見張りが外に連絡する余裕は与えていない。
また、他に見張りがいた可能性はない。
少なくとも半径三百メートル以内には他に人はいなかったはずだ。
窓枠の端から外を見ると、百人近くの兵がすでに屋敷の敷地内に展開し、半包囲していた。
「無駄な抵抗はやめろ。すでに逃げ場所はない」
集団から一歩進み出た男が、大きな声で呼びかける。
その胸に、あの工作兵が持っていたものと同じ鉄製のペンダントが見えた。
考えてみれば、少女の映像があの工作担当の兵が持っていたペンダントに表示されていたのだ。あれが一つとは限らない。
つまり、エルフィナが閉じ込められていた部屋はモニターされていたのだろう。気付かれて当然だった。自分の迂闊さに少し呆れてしまう。
「さて。素直に姫君を渡してくれれば苦しまずに殺してやる。だが、抵抗するなら生きていたことを後悔しながら死ぬことになる」
初めから生かして帰す気はないらしい。
探知法術によると、敵の数は八十二人。
普通に戦えば、勝ち目などあるはずもないが――。
「それと姫君、余計なことをなさらぬよう」
僅かに、気配が変わる。
同時に、エルフィナの傍らにいた二体の精霊が、突然消えた。
「なに!?」
「対精霊の法術です。これを使われて、私も捕まって……」
先ほどの排魔の結界と違い、どうやら精霊だけを無効化する術らしい。
軽く試したが、法術には問題がない。
コウは術の解除を試みようとしたが、使っている文字が分からないのではさすがに無理だった。発動の瞬間を見ていればと悔やまれるがどうしようもない。
「さて、私もあまり気が長い方ではない。これ以上……」
「……出て行ってやるよ」
コウは窓枠を乗り越えると館の外に出て、集団の前に立った。
ざっと見る限り、多少の違いはあれど意匠の同じ服。キュペルの軍でまず間違いないだろう。
「コウ様!!」
「そこで伏せててくれ。大丈夫、ちゃんと君を解放する」
ここで彼女を完全に助け出せない限り、おそらくまた似たようなことが起きる。
そのためにも、ここで彼女を渡すことは出来なかった。
「ほう。思ったより若いな。それで、あの四人を打ち倒す実力はなかなかだ。見たところ、冒険者のようだが……クロックスに依頼されたのか?」
指揮官と思われるやや後方にいる男がコウを見て少し驚いていた。
コウは肯定も否定もしない。
それにしても思ったより若い。自分より少し年上くらいか。
「まあ、冒険者という時点で懐柔は出来なさそうだな。あの連中は阿呆かと思えるほどに頑固な連中が多いからな」
むしろそういう信念がないと、冒険者としては認められないということなのだが。
「そうか。なら、ここで俺が精一杯抵抗しても、かまわんな?」
一対八十二。
普通に考えれば、勝負にならない。
実際コウも、先ほどの術で法術まで封印されたら、厳しかっただろうと思う。
「無駄な抵抗だな。だが、足掻くのは自由だ。お前たち、あまり苦しまないように殺してやれ」
下卑た笑いが兵士らの間に起きる。
これがキュペルの正規兵なのかは判断がつかないが、どちらにせよ殺すことに躊躇する必要はなさそうだ。まあ最初からするつもりすらないが。
「ホランド様、法術です!」
コウが法術を使おうとした瞬間、一人が慌てて警告を発した。
コウは見た目には法印具をつけておらず、今も武器を抜こうとしていたので、相手はコウが飛び込んでくるのを警戒していたようだが、コウの狙いは、最初から法術である。
「何!? 発動させるな!! 殺せ!!」
かなり優秀な兵ではあるらしい。指揮官の言葉も待たず、兵士たちが殺到した。
この判断は普通なら間違ってはいない。
彼我の距離は一番近くて十メートルほど。
兵がコウに到達するまでにかかる時間は、地球の時間でせいぜい二秒から三秒。
大きな術なら発動前に止められるし、この短い時間で発動する法術ならば威力はそこまで大きいはずはないので、一撃に耐えて、数の暴力で押し切るというこの指揮官や兵達の判断は正しい。
ただし、あくまで普通ならば。
兵が警告を発した時点で、コウは『認識』を完了していた。
指揮官が命令し、兵たちが動き出した時点で『充填』が完了。
そして兵たちが一歩目を踏み込んだ時点で、『構築』が完了していた。
そしてその瞬間、踏み込んだ兵の大半は絶望した。
見えた文字の一つは――。
「[火炎嵐]!!」
直後、炎の嵐が吹き荒れた。
その、天をも焦がすかのような業火は、飛び込もうとした兵、さらにまだ走り出していなかった兵らも巻き込み――
次の瞬間、何事もなかったかのように消滅した。
あとに残ったのは、黒い人型の塊。それが巻き込まれた兵士の数と同じだけ、大地に林立していた。
それも乾いた風と術の直後の熱風に煽られて崩れ、塵のように散っていく。
あまりの破壊力に、敷地を囲う塀すら消滅していた。
「な、な……」
残ったのは、少し距離を置いていた指揮官と、傍らの一人のみ。
それ以外、全てが完全に消え去っていたのだ。
「貴様、一体何……!?」
次の瞬間男が見たのは、自分の腹に食い込む足だった。
無論、コウの足だ。
[縮地]を用いて突っ込んで、そのままの勢いで蹴りつけたのである。
「ごああ!?」
派手に吹き飛んだ男は、そのまま派手に地面を転がり、動かなくなる。
男の意識が落ちる直前に見たのは、自分の傍らにいた部下の首が宙を舞う光景だった。
「さて、事情を……起きたら、話してもらうか」
コウは尋問しようとして――完全に気絶してる男を見て言葉を変えた。
さすがにやりすぎたらしい。
完全にのびていてしまっていた。
「今の、[火]の法術……ですよね。後ろからなので文字は見えませんでしたが」
安全になったと見たのか、エルフィナが館から出てきて、驚いたように口にする。
「すごいな、見ただけで分かるのか」
今使ったのは、一般的に[炎嵐]として知られている法術だ。
使うのに[炎]のルーンを必要とするため必然的に使い手の限られる法術だが、広範囲に炎の嵐を巻き起こし、範囲内のもの全てを無差別に焼き尽くす、強力な攻撃法術である。
コウが使ったのはそれをアレンジし、[炎]のルーンを第一基幹文字である[火]に変更した術だ。
[火]の法印は、刀の鞘に下げてある宝玉に刻まれている。
ここにくるにあたり、大人数ではかえって邪魔になるのでバルクハルトからの支援を固辞したのだが、ならばせめて装備をといわれた。
そこで、強力な法印が刻まれている法印具があれば――ダメ元で第一基幹文字があるのを期待して――と希望したら、[火]の文字が刻まれていたこの法印具があったので借りてきたのだ。
元々[火]系統の文字がほぼ全て刻まれているというある種のコレクション的な法印具だったらしいが、コウにとっては文字通り切り札となった。
もっとも、まさか一瞬で人を炭化させてしまうほどの威力になるとは思っていなかったのだが。
「すぐに追手は来ないだろうが、ここを離れよう。それとも、行く場所が、あるか?」
エルフィナはぶんぶん、と首を横に振る。
コウは、気絶している男を引きずると、小船のところまで戻る。
途中、何度も体中に悲惨な傷がつく羽目になった男は、だがまったく目覚める気配はなかった。
イラストは さいとう みさき 様がAIを利用して描いてくださったものになります。




