第23話 法術調査
入ってくる時も思ったが、クロックスの街の活気は相当なものだった。
戦時下というのは往々にして消費が活性化されているため、活気に溢れているというのは知識として分かっているが、この活気は、戦時下ゆえにというだけではないだろう。元々活気ある街なのだ。
コウはまず冒険者ギルドに向かった。
クロックスにも当然支部はあり、ギルド長はランズベルトという引退した冒険者である。
無論、コウの仕事の内容については連絡を受けていたらしく、話は早かったが、同時に現状ギルドとして調査協力は難しいと云われてしまった。
ギルドとしては一般人に被害が出ておらず、また、最近クロックスから少し離れたカントラント河の上流で魔獣被害が頻発するようになっていて、そちらにほとんどが出払っているらしい。
もし一般人にも被害が出るようになればまた対応は変わるが、現状では何も手を付けておらず、人も空いてないという。
もっとも、コウも事前にこれらの事情は聞いてはいたので、そこに関しては落胆はなかった。
ただ、もし何かわかることがあったら、という頼みだけして、調査に向かうことにする。
クロックスの流通は、当然だがカントラント河の水運が最大のルートだ。
対岸のキュペルとの関係は極めて険悪だが、法術砲が配備されて以後、カントラント河の、少なくともクロックスに近い流域は、ほぼ安全であるといっていい状態になっている。
カントラント河から海へ出て東方諸島国と交易するほか、外洋を大回りして大陸西方との交易路も存在するという。
その玄関口といえるのが、このクロックスなのだ。
そのため、毎日多くの船が港を賑わしている。
コウはその、港に立っていた。
「ここが、最初の現場か」
港区画ではあるが、周囲は倉庫に囲まれており、近くに水場などはない。
ただ、倉庫が乱立し、荷物用の樽や木箱、あるいはその残骸などが転がっており、見通しは悪い。
時間帯にもよるが、気付かれずに人に近寄るのは難しくはないだろう。
調書によると、最初に殺されたのはヴァリウス・クレスメンという騎士で、領主であるバルクハルトの友人でもあったらしい。
家柄が違うが、王都の学校で知り合って、そのまま彼の騎士になったという。
「学校の友人、か」
どういう関係かは分からないが、それでも大切な人間だったのだろうとは分かる。
コウにも日本にいた頃に学校の友人と言えるのはいなくもなかったし、この世界の学校が日本のそれと同じようなものであるかは分からないが、身分を越えての友人というのは得難いものである気はする。
すでに現場は事件の痕跡などまったくない。
もう一ヶ月以上経っているのだから当然といえば当然だ。
調書によると、ヴァリウスは公爵宛の荷物の受領を終え、最後の点検を一人で行っていたところで、殺されたようだ。
ヴァリウスの帰りが遅いことを訝しんだ騎士が、夜に彼を発見した。
ヴァリウスが一人になったのは、日暮れ頃だったらしい。
水のない場所での溺死。
調査資料にもあったし最も可能性が高いのは法術によるものだ。
実際にやってみる難しさは後で考えるとしても、どういう法術を使ったかが分かればその方が早い。
軽く呼吸を整えると、法印具に意識を集中する。
必要な文字を認識、全てに魔力を充填、解放し――。
「歪められし法の記録を示せ」
コウは、発動を誰かが見たら目を疑うであろう二十字以上の文字を組み合わせた法術を発動させた。
効果はこの場に残る、法術の『発動履歴』を見出すもの。
今回の仕事を請けて、移動中に組み上げた法術だ。
構築難易度の割に効果は微妙だが、今回の目的には素晴らしく合致したものである。
ところがコウは、予想外の結果に驚愕する羽目になった。
「……法術の履歴が……ない!?」
術の発動は完璧だった。
だがここ数ヶ月、この場で、少なくとも該当しそうな法術が使われた痕跡は、まったくなかったのである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その日、パリウスの使者歓迎の晩餐会はつつがなく終わり、コウは一度部屋に戻っていた。
主賓であるクレスフ男爵はまだ会場で捕まっている。
誰も彼も、若くして領主となったパリウスの新領主、ラクティの為人を知りたいらしく、男爵は質問攻めにあっていた。
若く、しかも未婚の女公爵だ。
さぞかし社交界などでは今後話題をさらうことだろう。
そういう意味では、実は今回の使節団でラクティのことについて一番詳しいのはコウになるのだが、助けを求めるようなクレスフ男爵を見捨てて、早々に彼は会場を脱け出していた。
部屋に戻ると、ソファに座り込む。
自然、大きなため息が出る。
あの後、二つほど別の現場にも行って法術の痕跡を辿ったが、結果は同じだった。
少なくとも、人を溺死させるような法術の痕跡はない。
「明日……残りも一応調べては見るか……」
さすがに今日は着いたばかりの疲れもあって、コウは眠ることにした。
疲れた頭で考えてもいい結果は出ない。
とりあえず明日、残る現場を調査してから考えることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日、同じ調査を残る現場でもやってみたが、結果はすべて同じ。
昨日今日と実質徒労に終わったコウは、疲れた体を寝台に投げ出した。
あらためて提供された調査資料を確認する。
犠牲者に共通してるのは、いずれも比較的領主に近しい存在であること。
逆に言えば、それだけだ。
殺される瞬間は誰にも見られていない。
確かに少量の水でも窒息する状況は作れるが、死体はいずれも水に濡れていたりということはなかったのだ。
無論、首を絞められた痕などはない。
溺死と判断されたのは、死後大量の水が吐かれたからで、他に外傷も全くなかったという。
死ぬまで水を飲む、などという行為を犠牲者がやったとも思えず――調査二日目で完全に手詰まりだ。
何かしらの術を使わずに、水だけを飲ませて人を窒息死させることが出来るか考えるが、やはり相当難しい。
完全に眠らせた状態で水を飲ませて殺害することも可能だが、そもそも眠らせることが出来るなら、わざわざ溺死させる必要はない。
そもそも、眠らせるのも難しい。
法術でも対象の精神に影響を与え、眠らせる術は構築自体は可能だが、物理的な効果を持つ通常の攻撃法術と異なり、抵抗されると効果が発揮できないことが多い。
どちらかというと不眠に悩む人に使う術らしい。
基本的に、精神、というより肉体の内側への直接作用は法術の苦手な分野らしく、それに関しては催眠術や、法術であっても催眠効果を持つ幻像などの見せる法術の方がよく知られているほどだ。
睡眠薬を強制的に投与――風の術で対象の口に放り込む等――する方が、よほど簡単である。
大体、それが出来るなら窒息などさせずに、毒でも飲ませればいい。
それをわざわざ溺死による窒息、などという方法を取るには、それなりの理由があるはずだが……。
「考え方を変えてみるか……」
水のない場所での溺死という異常な状態を利用するという意図はあるだろう。
実際その不気味さは否めない。
確かに溺死であれば声を上げることは通常できない。意識を失うまでの時間にもよるが、苦しんでいても気付かれない可能性は高いだろう。
そもそも前提に法術をおいていたが、法術ではないのは確実だ。
コウも実際組み上げてみたが、対象の口腔内に水をとどめて窒息させる術は、難易度が高い。
基本的に法術の効果は、付与系――物品に法術の力をとどめる――や支援系――対象の能力を一時的に強化する――を除き、ごく短時間に限られる。
付与系は言うまでもなく生命体には効果がない。
支援系を変質させる方法もあるが、支援系はその構成上、対象の同意が必須だ。
同意なしにかける術――呪いなどとも呼ばれる――はその構成難易度が跳ね上がる。それでもいやがらせ程度の効果しかない。
ゆえに現実的にやるとしたら、対象の口腔内に水を発生させ続けるか、水を操作してとどめるか。
対象を視認しているのなら出来なくもないが、殺害がいずれも夕刻または夜であり、視認し続けられたかは微妙だ。
それに、相手だって動くだろう。
そんなことをするくらいなら、他の方法の方が遥かに早い。
「法術以外の手段……」
押さえつけて水を飲ませて、という手段は除外していいだろう。
それが可能なら、他の手段をとればいい。もっと恐怖を誘う殺し方だってある。
そもそも、二件目の四歳の子供が殺された時は、近くに親がいたのだ。
だが、気付かれることなく殺された。
つまり、争うような事態にもならなかった、ということだ。
それに、二件目の子供を除けば、全員大人の、それも男性が対象だ。
最初の一人など、騎士である。
押さえ込むことなど、普通の人間には困難だ。
となれば、やはり力ずくというのは考えにくい。
法術ではない。
だが、力ずくでもない。
他の方法――水を使う力――。
水そのものが襲ってくる――そんなことは――。
コウは跳ね起きた。
「法術にとらわれすぎていた。確か、法術以外に――」
部屋を出て、書庫に向かう。
同じ公爵家の城館だけあって、ここの書庫の蔵書は、ネイハ家のそれに匹敵する。
そこでコウは、目的の書籍を発見した。
その表紙には、『精霊大全』と記載されていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日。
コウは最初の事件現場を再び訪れていた。
そして、用意していた法術を発動する。
「水のマナの記録を追え」
法術履歴閲覧の術を、マナ、つまり魔力の流れを読み取るのに変更した法術。
そもそも法術は、人はもちろん、あらゆる存在に宿るマナと呼ばれるエネルギーを魔力という形に変換して文字の形にして意味を与えることによって発動させるものだ。
いわば、マナはゲームで言うところの魔法を使うためのリソース――マジックポイントなど――に相当する。
そしてマナには属性がある。
属性は第一基幹文字と同じ属性があるとされ、人によって使いこなせる文字に違いが出るのは、個人個人でこのマナの属性の偏りがあるのが原因という説もあるらしい。
だが、マナそのもので存在を成すものがある。
それが精霊だ。
意思を持つマナとも呼ばれる精霊は、その属性の力しか使えないが、その代わり、文字を媒介にすることなく、力を使えるという。
昨日、コウが用いた術は、あくまで法術の痕跡を辿るものだった。
だが、疑わしき反応は皆無。
つまりこの殺害で、法術が使われた可能性はない。
だが、今日使った術は、水のマナの記録を追うもの。
この場には、水のマナを宿す存在は、ほぼ見当たらない。
あるとすれば、それは殺害時に使われた力。
果たしてその結果は――
「ビンゴだな」
さすがに一ヶ月以上前の記録のため、色濃くとは言わないが、明らかに不自然な水のマナの痕跡があった。
これならば――。
コウは他の現場でも、同じ術を発動させて周った。
そしてそこで、想定どおりの、そして望みどおりの結果を得ることが出来た。
ちなみに。
このマナを辿る術による捜査手法は、後にこの世界における犯罪捜査の基本とされた。
ただ、この術の発動難易度があまりにも高く、専用の複合文字が開発されるまでは、ごく一握りの専任術者だけのものだったという。




