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転移直後に竜殺し ―― 突然竜に襲われ始まる異世界。持ち物は一振りの日本刀  作者: 和泉将樹
第二章 冒険者コウ

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第22話 河岸都市クロックス

 クロックス地方は、パリウスの南部に位置し、領都であるクロックス――アルガンド王国の領地は領都と領地の名前を同じにしている――は、クロックス領の最南に位置している。

 領地の広さはパリウスの半分程度だが、気候が温暖なことで知られ、適度な降雨などもあるため、農業生産に向いた土地でもある。

 特に、最南部の平原は肥沃な大地として知られており、実際、アルガンド王国で、クロックスの農業生産量は、王家直轄地に匹敵する。


 使者と共に、クロックスに到着したのは、パリウスを出発してから十日後。

 道中、一度だけ獣の襲撃があったが、数人が火系統の法術で脅すと逃走し、それ以後は特に何もなく平和な道程であった。

 道中の景色も含め、このクロックスがパリウスより、少なくとも土地の恵み的には豊かな土地であることは痛感させられたが、クロックスの街の賑わいはその印象をより強くした。


「想像以上ににぎわっているな」


 領都であるクロックスは、アルガンド王国の南にあるキュペル王国との国境でもある、カントラント河に接している。

 この河は大河といっていい規模で、大型船――あくまでのこの世界における基準だが――も航行可能だ。

 この世界の船は帆船が基本だが、このカントラント河の風は常に一定して南から北に吹いているので、帆船も航行しやすい。

 クロックスから二十キロメートル(四十メルテ)ほども下流にいくと海に注ぐので、クロックスは港湾都市としての側面も持つ。

 そのため、通商の要衝としても極めて重要な都市といえる。


 領主館は、館というよりほぼ城に等しかった。

 パリウスの領主館も相当な大きさだったが、こちらはより城塞としての機能を優先した造りだ。

 館自体が河に面する位置にあって、文字通り前線基地としての役割を兼ねている。

 これは、他国と接するがゆえだろう。

 ただ、街全体がそもそも堅牢な城壁に囲まれている安心感からか、街の中は戦時下の街、という雰囲気はない。

 むしろ活気に溢れており、人々の表情も明るい。


 活気に溢れた街区を抜け領主館に入ると、外の喧騒が嘘のように聞こえなくなる。

 城門を抜けた先は大きく開けており、そこでは多くの兵士が訓練を行っていた。

 突然、戦時下らしくなったともいえる。


「いい領地、といえるのかもな」


 街の人々は戦争をさほど意識することなく暮らせている一方で、領主や兵は緊張感をもって防衛にあたっているということだ。


 馬車は程なく停止し、コウを含め使者らは城館に通された。

 城館内部は華美な装飾はあまりなく、どちらかというと質実剛健さを感じさせるのは、やはり戦時下にあるからか。

 パリウスの城館が、前領主代行のいささか悪趣味な装飾が多かった――ラクティが次々に売り払ったらしいが――のに比べると、むしろコウには好ましく思える。

 待機場所として通された部屋で一息つく。

 御者などは馬車で待っていて、ここまで通されたのは使者であるクレスフ男爵とその執事、それにコウを含めた護衛の五人。

 ふと窓の外を見ると、街並みの向こうに長大な壁が見えた。


「あれが、カントラントの河壁かへきか」


 河沿いに、地平の果てまで続く、巨大な壁。

 地球の万里の長城を思わせる城壁が、河沿いに、はるか彼方まで建設されている。

 水際というほどではなく、城壁の河側にも集落がないわけではないが、ほとんどが河で漁を行う者たちの一時的な滞在施設程度。

 河が増水した際にも壁で水を堰き止めるといった治水目的もあり、戦闘においては河から北岸へ上陸したとしてもその先を阻む防壁としても機能する。

 そして城壁の上には一定間隔で、巨大な、地球の大砲にも似たものが見える。


 法術砲(ルーントロン)

 複数人が篭めた法術を束ね、通常の数倍の射程距離を与えて撃つ、いわば法術を砲弾として使う大砲である。

 二十年前に登場したこの兵器が、クロックスの防御における要だ。

 この兵器が登場するまでは、キュペルからクロックスへと向かう場合、常に追い風となってキュペル側に有利だった。

 しかしこの兵器の登場により、キュペルは渡河すら成功しなくなってしまったのである。


「まあそりゃあ、無理だよな」


 この世界の長距離兵器といえば、大型の攻城弓や投石器などだ。しかしその射程はせいぜい百メートル(二百カイテル)から三百メートル(六百カイテル)ほど。

 対して法術砲(ルーントロン)は、その十倍近く、実に二キロメートル(四メルテ)もの射程を誇る。

 そして、篭めるのが法術であるため、風の影響も受けず、法術の構成次第では自動的に標的を追尾して命中する。

 巨大な火球がいわば誘導ミサイルのように、自分たちの射程外から襲い掛かってくるのだ。勝てるはずもない。

 この法術砲(ルーントロン)の技術は、当然だがアルガンド王国でも最重要機密となっており、未だに他国では所持されていないらしい。


 ただ欠点はある。

 非常に大きく、重いのだ。

 地球に存在した艦載砲と比べると、ざっと五倍ほどは大きい。当然重量もそれに見合うもので、まともに移動させることはできない。

 また、設置場所それ自体にも何かしら施術する必要があるため、大砲だけでは意味がない。

 まさに拠点防衛専用の兵器といえた。

 不便ではあるが、仮に奪われたとしても、相手が使うことは出来ないという利点も生んでいる。

 この法術砲(ルーントロン)とクロックスの河壁の存在ゆえに、キュペルは攻め手を完全に失っている状態だという。


「だからこその搦め手なのか――」


 領主に近しい者が次々に殺されるという事態。

 普通に考えれば、キュペルに仕掛けられた何かしらの工作とみるべきだろう。


 そんなことを考えていると、使用人が現れ、使者が呼ばれ出て行った。

 一時間ほどして使者が戻ってくる。



「それではコウ様、いらしていただけますでしょうか」


 別の使用人がコウを呼び出した。

 実はコウの護衛の契約は、『クロックスに着くまで』となっている。

 これは他の護衛――パリウスの正規兵――も承知だ。

 実際冒険者は、移動をかねて護衛任務を請け負うことは珍しくない。


 コウは男爵や他の護衛に挨拶をし、使用人についていく。

 案内された部屋は、品の良い、しかしどこか権威も感じさせる部屋だった。

 そして、その一番奥の机にいた者が、立ち上がり、コウを迎える。


「コウ殿でよろしいか? 私がクロックスの領主、バルクハルトだ。ようこそ、クロックスへ」


 そういって、バルクハルトは手を出してくる。

 握手という風習はこちらでもあるのは分かっているが、いきなり差し出されて一瞬面食らう。


「ああ、堅苦しい態度は不要だ。言葉遣いも普通にしてくれ。君は冒険者だろう?」

「……わかった。お初にお目にかかる。冒険者のコウだ」


 武器こそ預けているが、それでも無防備に差し出された手を、戸惑いつつも握り返した。

 周辺で不審なことが起きているのだから、もう少し用心すべきでは、と心配してしまうほどだ。

 するとバルクハルトは、人好きのする、だが、どこか反応を楽しんでいるかのような笑みを浮かべる。


「アクレット殿が紹介する者を疑う理由はないよ」


 コウの心を読んだようなバルクハルトの言葉に、コウは驚いて顔を上げた。


「私も若い頃――まあ、今も若輩だが、アクレット殿には世話になった。彼ほどの人物が君をよこしたのだから、それは信頼するさ」

「……それは、助かる」


 そういうと、コウは促されるまま、ソファに座る。


「軽く概要は聞いてると思うが……」


 世間話もなしに、バルクハルトはいきなり本題に入り始めた。


「最初の事件は、今から四十日ほど前か。その時は――」


 話自体は、事前にアクレットから聞いていたものとほぼ同じだが、情報はさすがにより詳細になっている。

 最初の騎士、公爵の甥、近衛兵等犠牲者はいずれもクロックス公の近侍の者ばかり。

 そして可能性は想定はしてたが、さらなる犠牲者の情報があった。


「殺されたのは私の執事を手伝っている者と、騎士の従卒だ。さすがに、そこまでは警戒の手も回っていなかった」


 彼とて、さすがにこれだけ続けば、自分、あるいは周りの誰かが狙われていることは気付くし、当然対象になりそうな人間にはそれとなく護衛をつける等の対応を行っていたらしい。

 ただそれでも、対象を特定で来てるわけではない以上、その警戒から漏れる者もいる。

 今回殺害された者達は、まさにそういう人物だったらしい。

 さすがにここまで続くと、周囲の人間も気付く。

 それでも恐怖にとらわれてパニック状態にならないのは、さすがと言える。


「殺害方法はいずれも同じ。溺死だ。確かにカントラント河がそばにあり、水源は豊富とはいえ、街中で溺死は異常な状態だ。正直に言えば、警戒はしていても手詰まり状態でな。アクレット殿のご子息には、本当に悪いことをした」


 そういうと、バルクハルトは執務机の上にあった紙束をコウに渡す。

 そこには、今回の事件の詳細な調査結果が記載されている。

 ドラマ等でしか見たことはないが、日本における警察の事件調書のような細かさだ。

 殺害方法においても検証がされているが、詳細は不明。

 ただ、法術の可能性は示唆されている。


「人を溺死させる法術か……」

「法術は冒険者の君には今更だろうが、そのバリエーションは無限といっていい。そういう術を構築した可能性は否定できない」


 ただ、法術を使う際には必ず文字ルーンが輝く。それに発動のための音声も必要だ。周囲に全く気付かせずに法術を使うのは、非常に難しい。

 強力な法術になればなるほど、だ。


「術の組み方次第では、非常に小さな力で発動させているのかもしれない。それなら、気付けない可能性もある」


 もし予め水を準備していたのであれば、そもそもそれを大量に飲ませるだけでいい。

 その状態で吐き出せなければ、それこそ桶一杯程度の水でも人を溺死させることは出来る。

 そうなれば、叫ぶことも出来ず、苦しんで死ぬだけだ。

 最初こそ暴れるだろうが、すぐそんな力もなくなるだろう。


「正直に言うと、犯人を捕らえてくれ、というつもりはない。ただ、相手の目的が不明な現状、それがもっとも厄介なんだ。キュペルの仕業という可能性が最も高いが、狙いがわからない」


 立場上、命を狙われることなど珍しくもないのだろう。

 とはいえ、周りの人間が犠牲になるのに平然としてられるほどの冷血漢ではないらしい。

 コウにも、この不気味な暗殺者への憤りは理解できる。


「出来るだけのことはする……が、結果は約束は出来ない」

「無理は言わんさ。無論、部下たちも動いてくれている。君の事は、協力してくれる優秀な冒険者として話は通してある」


 優秀な、といわれて、わずかばかりコウは苦笑した。

 まあ確かにランクだけ判断するのであれば、かなり高い方になるのは確かだろう。


 いくつか確認後、コウは書類を持って部屋を辞した。

 その後、ここからは別行動になり、その後もクロックスに残ることをクレスフ男爵に伝える。

 ただ、今日の歓迎の晩餐だけは、護衛としての最後の任務として参加が必要らしい。

 開始は昼を過ぎたくらい。

 日の高さを考えると、まだかなり時間があった。


 コウは一度、自分にあてがわれる部屋に荷物を置くと、まずは調書を読み込み――その後、街に出て行った。


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