第21話 新たな依頼
コウが冒険者ギルドに所属して、二十日ほどが過ぎた。
コウはあの後領主館を出て、街の中心に近い冒険者の多くが定宿とする宿屋で寝起きしている。ラクティは何か言いたげだったが、さすがに領主館で起居するのは冒険者としても不便なのは明らかだったので、引き留めはしなかった。
この宿は冒険者ギルドから近く、同じように利用している冒険者も何人かいる。
また、この宿は冒険者ギルド経由ではない依頼――ギルド所属者以外でも便利屋的な稼業を持つ者はいる――を仲介するため、いわゆる『同業』はかなり多かった。
「いよぅ、コウ。前の話、考えてくれたか?」
宿の一階にある食堂で気軽に声をかけてきたのは、同じ冒険者のラフトだ。
槍使いで、他に身体能力を強化する法術を得意としている魔法戦士タイプだ。
彼は、ケイン、アスティナ、という二人の仲間と組んで依頼をこなしている。
コウは基本的にソロでこなせる依頼を請け負っていた。
別に目的は金銭ではなくこの世界に慣れることだったので、一人でこなせそうな依頼であれば、実入りの良し悪しを気にしてはいなかった。
一度だけラクティ関連で厄介な相手と戦う仕事があったが、それ以外はどちらかというと楽な仕事を選んでいたといってもいい。
ランクも数度の依頼で探索が黄になっただけである。
ただ、コウは実は冒険者仲間の間では、ちょっとした注目を集めていたのだ。
何しろ突然現れて、アクレット自らが冒険者として推挙しているのだ。
しかも変わった武器を使い、法術も得意らしいとなれば、注目を集めないわけがない。
そんなわけで、ラフトは若干自分たちだけでは不安に思えた、ある魔獣討伐の依頼にコウを誘ったのである。
対象は黒銀牙狼という群れで行動する魔獣で、コウとしても興味があったので、同行し――そこで、ラフトらはコウの戦闘能力の高さに驚いた。
そして以後、仲間にならないかと、ことあるごとに声をかけてくるのだ。
コウも悪い気はしていないが、自分の目的を考えると、少なくともこの街にずっととどまるわけにもいかないので断っている。
ただ、ラフトはめげずに声をかけてくる。
「たまに一緒に仕事するのはかまわない。それでいいだろう?」
「つれねぇなぁ、ホントに。ま、いいけどな」
ラフトを好ましく思うのは、こういうさばさばしたところだ。
軽く朝食を済ませると、またそのうちな、とラフトに声をかけてギルドへ向かう。
今日は名指しで依頼があって、それを受けに来たのである。
冒険者は信頼度の高さゆえに、指名されて依頼を受けることも多いので、それ自体は普通のことだ。ただ、依頼主はラクティ・ネイハ・ディ・パリウス。つまり領主直々の依頼である。
ギルドに着いて用件を伝えると、すぐ奥に通された。
ややあって現れたのは、二つのギルド長を兼任するアクレットだ。
「……実はアクレットって暇なのか? いちいち一介の冒険者に依頼の説明をするくらいには」
「はは。いや、実際のところ目が回るほど忙しいんだが……だが、これはちゃんと説明する必要があるのでね」
いつものくだけた様子がない。
それにどこか――疲れた様子もある。
いつもと違う雰囲気に、コウも姿勢を正して話の続きを促す。
「察しが良くて助かる。その前に聞きたいが、君はこのアルガンド王国とその周辺国について、どの程度知っている?」
思わぬ質問に、コウは少し首肯してから、そんなに詳しくないがと前置きしてから知ってる範囲のことを話し始めた。
アルガンド王国は、ラクティらも属する大陸北東部にある国家だ。
国としてはかなり大きい方で、国王を国主とし、多くの貴族が国を支える王国制。
貴族は、そのほとんどが地域を治める領主であり、ネイハ家をふくめた七大貴族と呼ばれる大貴族――いずれも公爵位を持つ――が、その頂点に君臨し国王を支える。
現在の国王はルヴァイン四世。
アルガンド王国と国境を接するのは三国。
南にキュペル王国、西にアザスティン王国、バーランド王国という国がある。アルガンドの東は大洋に面していて、その先にはいくつかの島国があるのみ。北はわずかな里がある辺境で、その先は雪と氷に閉ざされた未踏地域だ。
アザスティンとバーランドは二十年前にアルガンドに攻め込んだが撃退され、以後は戦端が開いたことはないらしい。
南部のキュペル王国はほんの三十年ほど前に誕生した新国家で、建国以後今に至るまで、アルガンド王国の領土を狙い侵攻を繰り返していて、今も戦争状態だ。
キュペルの地域は人が住むには厳しい環境で、元は流刑地だったという話もある。
「それだけ知っていれば十分だ。驚いたな……本当に異世界の人間なのかい?」
コウが簡単に説明したことに、アクレットは驚嘆した。
コウからすれば、この程度は書物と市井の噂や商人などからいくらでも知ることが出来る。
現代日本と違いネットなどはないが、人による話、特に商人たちの話は早く、そして正確であることが多い。
「それだけ知っているなら説明は要らないな。さて、ここからは、冒険者ギルドの規定に従い、他言無用の領域だ。いいね?」
コウは無言で頷いた。
「パリウスの南部、クロックス地方へ行ってもらいたい。クロックスで、不穏な動きがある。具体的には、クロックス公爵であるトロイラ家当主に近しい者の変死が続いている」
現クロックス公はバルクハルト・トロイラといい、現在二十八歳。まだ若年と言ってもいい年齢だが、非常に能力が高く、南のキュペルとの境にあるクロックスを過不足なく統治していた。
最初の事件は今からひと月ほど前。
彼の側近の騎士の一人が、街中で死亡しているのが見つかった。
死因は溺死。
だが、周囲のどこにも水場などはなく、ただ、彼の死体の周りだけが水にぬれていたという。
次の事件はその二日後。今度はクロックス公から見ると義理の甥――妻の兄の子供――が、やはり溺死体で発見された。
まだ四歳だったという。
似たような事件がその後も続き、さらに七人が犠牲になっているらしい。
さらに四日前、近衛の一人がやはり死体となって発見された。死因は同じだ。
クロックスとパリウスの距離を考えると、僅か四日前の情報を彼が今もってるということは、法術ギルドや冒険者ギルドにあるという、遠距離通話の法術具を使った、ということか。
しかし、クロックスとパリウスは隣領とはいえかなり距離がある。
確かに不穏な話だが、クロックスで起きたことでありパリウスから何かするような話ではないと思うし、連絡自体普通ならしてこない。
なぜ彼がそんな情報を持っているのか、そしてなぜ今その話をコウにするのか、というのがわからない。
「……許しがたい所業だとは思うが、ただ、それはクロックスでどうにかするべき問題ではないのか? あちらにも冒険者ギルドはあるだろうし、第一、一介の冒険者である俺が行ったところで、何の意味が? というか、そもそもラクティからの親書を届けるという話……」
一連の説明が今回の仕事にどう関係するのかわからず、コウは首を傾げた。
その質問はアクレットも予想してたようで、コウの言葉を手で制して言葉を続ける。
「ああ。本来なら関わる話ではない。まあ、ラクティ嬢がネイハ家の当主になられて、一月あまり。本来なら各地へ挨拶に赴きたいところではあるが、そんな余裕もないので、親書を届ける、という形で挨拶をするというのは普通に行われることだ。無論、使者は正式に立てられるのだが、その護衛に君が指名された。正しくは、私から掛け合った。まあ、二つ返事で了解いただけたがね」
「それと今の話とどう繋がる?」
「可能なら……君に犯人を捕らえてほしい」
明らかに一介の冒険者に頼む内容ではないのを承知した上で、それでもアクレットは悔しそうに言った。
「四日前に殺された近衛というのは、私の息子なんだ」
「……そう、か」
その言葉だけで、アクレットがどれだけ悩んでいたのかが分かった。
同時に、彼がなぜこの事件について知っていたのかも。
泣き出す一歩手前のような、苦渋に満ちた彼の表情は、彼が息子をどれだけ愛していたかを、コウに感じさせた。
本当なら、すぐにでも飛んでいって、息子の仇をとりたいのだろう。
だが、パリウスの二つのギルドの長を務める彼に、軽々しい行動は許されない。
パリウスで冒険者をやってると痛感するのが、アクレットという人物の影響力だ。
最初に彼に揶揄われたのは、アクレットのことを知らないコウが非常に珍しい存在だったから悪ふざけをしただけだろう。
実際、アクレットが二つのギルドの長を兼任してるのは、パリウスでは子供でも知っている。
確かに、クロックスで起きた事件であり、クロックス側でどうにかすべき案件だ。
ただ、アクレットとしては、いてもたってもいられなかったのだろう。
そして自分が赴けない分、おそらく最も強力な手札として、コウを選んだのだ。その信頼に、コウは少しだけ身震いした。
「分かった。俺に何が出来るかは――わからないが、やれるだけのことをやるよ。まあ、いくつか確認したいことはあるが……」
「ありがとう、コウ君」
その後、コウはいくつかの確認をし、宿に戻ると旅支度を整えた。
出発の朝、支度を終えて使者と合流すべく街の入口に行くと――やはりというか、そこにはラクティもいた。
二十日ぶりの再会となる。
といっても、一介の冒険者とネイハ家当主では、言葉を交わす理由はない。
少なくとも、公式の場では。
それは彼女も分かってるのか、親しげに話しかけることはなかったが――ちゃっかりしたもので、使者を含め、護衛――当然コウ以外にも正規の兵士もいる――にも、一人一人に声をかけて回っていた。
「魔獣なども考え、冒険者ギルドに依頼させていただきました。引き受けていただいたのが貴方なら、とても安心です。よろしくお願いいたしますね」
コウが、ラクティがこの街に来るまで護衛を引き受けていたことは、ある程度知られている。
なので、信頼されている冒険者、という点では不自然な点はない、が。
彼女のコウを見る目がそれ以上であることは、ある程度彼女に近しい人間なら容易に分かってしまう。
「依頼を受けたからには、必ず使者殿を無事届けます。ご安心を」
コウとしても、その受け止め方をどうすればいいのか、戸惑っているのが正直なところだ。
ただ、根本的なところで、それに応えることが自分には出来ないだろうというのも、わかっていた。
そして使者の乗る馬車を含め、護衛が乗る馬車の二台が、パリウスの街を旅立つ。
コウにとって、それは新たな世界への旅立ちでもあった。




