第19話 法術の仕組みと法印具
「では、これが冒険者ギルドへの紹介状だ。受け取りたまえ」
そういって、アクレットは封蝋に紋章が押印された封書をコウに手渡した。
コウの法術の練習は、結局二日ほどで終了した。
実のところ、コウは法術を使うだけなら、一日目で何の問題もないほどになっていた。
法術の発動プロセスは、『認識』『充填』『構築』『発動』の四プロセスで構成される。
最初の『認識』というのは、法印具に刻まれた法印の中から、法術に必要な文字だけを捉える行為だ。
続いて捉えた文字に魔力を『充填』する。
そして文字により意味を与えられた魔力を取り出し、並べ替えて術式として『構築』し、最後に『発動』によって実際に法術として解き放つ。
法術士が後衛になりがちなのは、特に『認識』『充填』『構築』のプロセスにおいて集中が必要なため、無防備になりがちだからである。
法印具に刻まれている文字が多かったり、捉えるべき文字が多ければ、その分『認識』に時間がかかり、対象の文字が多ければ、『充填』にも時間がかかる。
それを意味ある形に『構築』するのも、数が多ければ手間がかかるのだ。
無論、法印に刻む文字の数を削れば『認識』は容易になるが、一方で使える法術の種類が減ってしまう。
一つの法術に使う文字の数を減らせば、『認識』すべき数も減り、『充填』や『構築』は容易になるが、それでは効果が低くなるか、または単純なものになってしまう。
ただ、そこは長きに渡って研鑽を積んできた法術ギルドならでは、というべきか。
現在では、複合文字というのを使うのが一般的らしい。
例えば、火の礫を敵に放つ攻撃法術であれば、厳密にやるなら[火][礫][飛][射][的]といった五つの文字を使って実現できる。
ただ、そもそも第一基幹文字である[火]を使える術者はほぼいないので、第二基幹文字である[炎]や、さらに下位の[小炎]という文字を使う。
さらにその文字を組み合わせ、[小炎飛礫]というもので一つの文字として構築するのが、現在では一般的なのだ。
さらに[射的]という、狙った目標に誘導して打つ文字を作り上げ、この二文字だけで、火の礫で敵を撃つ、という法術が発動できる。五文字と二文字では、一般的に法術を放つまでにかかる時間は五倍から八倍ほども違う。
ただ、これにも欠点はある。
一つの文字に複数の意味を持たせると、それだけ、『充填』した魔力は分散してしまい、効果それ自体は(こめた魔力量にもよるが)単独で用いるより落ちてしまうのだ。
とはいえ、実際に使う場面では、効果の大きさより速度を求められることも多い。
ゆえに一般的には、それら複合文字等を刻んだ法印具と、それ以外の法印具を持ち、都度使い分けるのが法術士というものらしい。
なお、法印具を多く装備すればいいではないか、という気がしてくるが、法印具を持っていると魔石に触れていなくても、わずかだが『認識』においてノイズになるという。なのであまり多くを装備していると『認識』に無駄な時間がかかるらしい。
それよりは自分なりの法印具を作って慣れておく方が、『認識』の時間は短縮できる。実際、慣れた法印具とそうではない法印具では、二倍以上時間に差が出来ることは珍しくない。
法術士と呼ばれる術者の多くは自分専用の法印具を持っているものらしい。
しかし、全文字に適性を示したコウは、『認識』『充填』『構築』について、アクレットらが驚愕する速度でそのプロセスをこなした。
法術は文字の組み合わせで多様な効果を設定することも出来る。
例えば、広範囲に炎の嵐を撒き散らす法術でも、任意の対象だけは外す、ということも、組み合わせ次第では可能なのだ。
ただ、そのためには当然使う文字の数が増大し、当然発動が遅くなるため、あまり使われないのだが――。
コウはそれらについて、何の苦労もしなかった。
効果の小さい文字だけで構築したとはいえ、十文字以上――七文字を超えると複雑とされ滅多に使われない――の術でも、ギルドの構成員が発動する三文字の術よりも速く構築して見せたのだ。
そして最後のプロセスである『発動』は、キーワードを以って、法術を解き放つ行為だ。
キーワードというが、これは特に決まりがない。
いわば、これから発動させようとする法術に『形』を与えるためのものらしい。
術それ自体は、文字の組み合わせによって、基本的な働きは同一だ。
ただ、最後に術の効果を決めるのは、術者の持つ『イメージ』なのだという。
そのイメージを形にするのが、『キーワード』らしい。
実際これにより、同じ文字を使った法術でも効果が変わることがあるという。気合で変わるのだ、という人もいるくらいだ。
奇妙なもので、キーワードは音声として言葉にしないと、効果がないという。
おまじない程度の意味しかないとしか思えないキーワードだが、あるいはその『音』をルーンが感知して法術を発動させているのか。
法術士を封じる有効な手段の一つに、『声を封じる』というのがあるくらいだ。
実は、これがコウには一番の難関だった。
実際に発動するからいいようなものの、ぶっちゃけていえば恥ずかしいのだ。
地球において往来で『火の礫よ敵を撃て』などと言ってる人間を想像すると、コウからしてみたら頭がおかしいか、またはいわゆる中二病罹患者にしか見えない。
さぞかし、白眼視されること請け合いだ。
無論、この世界は現代日本ではなく、法術士がそれらを呟いたり叫ぶのは普通のことなので、この苦悩は誰にも理解されなかった。
ちなみに試してみたが、『発動』のキーワードは日本語や英語でも何ら問題がなかった。一種の言霊のようなものなのかもしれない。似た効果を持つゲームの呪文ですら問題がなかった時は苦笑するしかなかった。
さらに、コウとしては、刀を使った戦いを主としていたので、キーワード――詠唱に集中するようなことを避けたかった、というのもある。
刀を振りつつ、必要に応じて法術を使えるスタイル、というのが望ましかった。
そのため、接近戦を行いながらも使える有用な術を色々と試していたので、結局二日間かかったのだ。
「それと、これが頼まれた法印具だ。だいたい君の希望通りの文字が刻んである。料金は、今回はサービスでいい」
そういって、アクレットは二つの手袋を渡す。
指が出るタイプの手袋で、つけても刀を使うにはまったく不自由はしない。
ただ、どこにも魔石がついていなかった。
「……魔石は?」
「君の戦い方を聞く限り、多分、手甲に魔石を付けたものですら邪魔になるだろうと思ったから、特別だ。そいつは魔絹といって、魔石と同等の効果を持つ糸に直接法印を編みこんだものだ。パリウスの特産でもあるのでね」
手袋をはめる。
非常にしっくりして、刀を持つのにも邪魔にならない、いい出来だった。
意識を篭めて『認識』をしてみると、驚くほどの数の文字が刻まれていることが分かった。
さすがに第一基幹文字はないが、第二基幹文字はかなり多く『認識』できる。左右一対なのは、文字の相克を考慮した結果だろう。これなら、たいていの法術は組み上げられる。
定番の確立された法術もあるが、自分なりに色々試してみたくもある。
「いいのか? 高価なのでは?」
法印具というのは刻む法印が増えれば増えるほど高価になると聞いていた。
つまりこれは、相当に高価ではないかと思われるが。
「まあ……そうだな。そう思うのなら、法術ギルドの依頼に便宜を図ってくれることを心がけてくれると嬉しい。実際のところ、我らは法術の可能性に魅入られた集団でもある。だから、君のような優秀な術者もまた、我らの興味の対象だ。私などまだマシな方で、研究主体のギルドだと、何が何でも君を拘束しようとした可能性もある」
それはそれでシャレにならない。
「まあ昔ならともかく、今はそういう手合いはあまりいない。最近は色々とうるさいしね。中央の目の届かない辺境や、あとは帝国の方のギルドにはそういうのが多いとは聞くけど」
帝国というのは、このアルガンド王国からは、二つ西隣の国、になる。
正しくはグラスベルク帝国という国で、名前のイメージどおりに軍事力を重視した国家だ。
ただ、皇帝によって方針が著しく変わる事でも知られ、現在の皇帝は穏健派らしいとのことで、ここ最近は内政に力を入れてるらしい。
いつかは行くことになるかもしれないので、とりあえず頭の片隅に情報として入れておく。
「気をつけておこう。世話になったよ。本当に色々、ありがとう」
「ああ。では、またな」
その時、コウはわずかばかりの違和感を覚えた。
確かにしばらくはパリウスにいるわけだし、また会う事もあるだろうが、彼の『またな』は、それこそすぐ会うような返事に思えたのだが――。
その答えは、すぐ出ることになった。




