第18話 規格外の適性
「信じられん。第一基幹文字全てに適性を示すとは」
法術ギルド、その最上階。
そこで、このギルドのトップだという人物とコウは対面していた。
あの後、七枚すべての『鏡』が光で埋まるという異常事態に、担当の女性はおそらく自分の上司か師匠かを呼びに行ったのだろうが、そこから数珠繋ぎにギルド長と呼ばれるこの法術ギルドの最高責任者の登場となってしまった。
そして、彼の前で再度『魂の鏡』を使用し、コウが第一基幹文字を含む、現在確認されている全ての文字に対して適性があることが判明したのである。
石版が光り輝いてみえたのは、あらゆる文字が写りこんでいて隙間がほとんどなくなっていたためらしい。
「さて……改めて自己紹介しよう。私が、パリウスの法術ギルドのギルド長、アクレット・ラディスだ。君は……コウ君、だったね」
はい、とコウは頷く。
名前は『証の紋章』で分かってるので、ごまかす理由はない。
アクレットと名乗ったギルド長は、年齢は四十歳を少し超えたくらいというところか。魔術師然としているというよりは、どこか飄々とした感じがある。
ただその一方で、油断ならない鋭さも感じさせる、不思議な人物だった。
「ごく稀に、全属性に適性がある人もいる。私の師匠は第二基幹文字の大半に適性があり、第一基幹文字もその四つに適性があって、稀代の大法術使いと呼ばれていた。ただ、さすがに第一基幹文字全てというのは、私も初めてだ。おそらく史上初だと思う」
ちょっとまずいことになった、という気がした。
自分の適性が分からなかったから試したわけだが、まさかそれほどとは思わなかったのだ。
転移した際に身についた力なのかどうなのか、というところだが。
これで、実は地球人は全員同じ適性だった場合、自分以外にも同じレベルの適性を示す者の記録がないなら、地球人でこの世界に来た人間は他にいないことを意味する。
それはそれで、好ましい事実とはいいがたい。
「本音を言えば、このまま我がギルドにとどまって欲しいところだが……パリウス公爵であるネイハ家に縁のある方のようだから、そこは無理は言わない。ただ、君は法印を買い求めに来たとのことだが……正直に言おう。君に合う法印は、今はない」
まあそうだろう、とはコウもわかっていた。
そもそも法印に一度に刻める文字には限界があり、それを上手く組み合わせて法印とする。
必然的に、『よく使う組み合わせ』などがパッケージ化され、販売されている。
この場合、適性は気にしないことも多い。
例えば、生活に役立つ法印は広く販売されているが、それに刻まれた全ての文字に適性がある人間は稀だそうだ。
ただ、火系統の適性があれば、火をおこしたり、灯りをつけたり、あるいはものを乾かしたり、といったことは出来る。
その際、同じ法印に例えば適性のない土系統の文字が刻まれていても無駄ではあるが、かといってそれで火系の法術を阻害することはさほどない。
ちなみに属性が違う文字でも同じ法印に刻むことはできる。よく使う組み合わせは同じ法印にしてある方が都合がいいらしい。これは、相克の関係にある文字でも問題はないらしい。
だが、強大な力を持つ第一基幹文字が刻まれた法印となると話は別だ。
ほとんど使い手がいないので、常備しておく理由もないのだ。
そもそも、七つの第一基幹文字は単独で法印を構成するほど複雑な上、同じ法印具に全てを刻むことも不可能である。
第一基幹文字には相克の関係があり、例えば火と水は同じ法印具に刻むことは出来ない。
地と風、光と闇も同様だ。
例外的に、理は他全てに対して相克とならず、同時に刻めるらしい。
これは、従属するルーンについても同じである。
よって仮に全文字に適性があっても、全て使いこなすには最低でも二つの法印具を必要とする。
「まあただ、言い方を変えれば、君はいかなる法印であろうと使える、ということでもある。強大な力を持つ第一基幹文字を刻んだ法印の準備はないが……第二基幹文字であれば、いくらかある」
第二基幹文字の使い手は数百人から数万人に一人というくらいなので、やはりたまに求める人はいるらしい。
その言葉を受けて、コウは黙考した。
そもそも、未知の力である。
すぐに使いこなす自信はないが、使えれば今後、この世界で生きていく上ではこの上なく便利な力には違いない。
何でも使えるということは、制限を気にせず、自分の『使い方』を身に付ければいいだけだ。
「元々、剣を使う戦い方のほうが慣れている。だから、それでも使いやすい法印を売ってほしい。あと、使い方も」
法印の販売時、望めばその使い方の指南を受けられるのだ。
間違った使い方や、暴発をさせないためにも、『生活法印』と呼ばれてる法印ではなく、攻撃に使えるような法印であれば、使いこなせることを販売時に必ず確認されるし、思想的に危険人物ではないかもチェックされるらしい。
コウの場合は身分がこの上なくはっきりしている――実際にはこの世界で最もあやふやな存在だが――ため、そこは審査されないらしい。
「良かろう。ただ……君はネイハ家の護衛か何かかね?」
問われて、コウは返答に窮した。
確かに護衛だったが、いずれは地球への帰還のための情報を得るため、旅に出るつもりである。
よって、今の身分はといえば……居候、となるか。
さすがにそれでは格好がつかなすぎる。
「護衛だった、というところだ。彼女が無事この街に戻ったので、役目も終わった。なので……冒険者にでもなろうと思ってる」
ぼんやりと、考えてはいたことだった。
日本の創作などではならず者だったり英雄だったりと立場が色々ある冒険者だが、この世界においては、少なくとも『冒険者ギルドの冒険者』は一般にも認知される職業である。
規格外ともいえる法術の能力が判明したが、それを活かす上でも、冒険者は都合がよさそうだ。
「冒険者か、なるほど。君ほどの使い手なら、悪くない選択だ」
冒険者ギルドは、『証の紋章』を発行できる機関の一つだ。
ただ、国や貴族、神殿とは距離を取り牽制しあう関係であるため、それぞれに属する人の中には嫌う人々もいるという。
法術ギルドは基本的に国に属する機関になる。果たしてパリウス法術ギルド長であるアクレットは……。
「あそこのギルドにはいつも世話になってるからな。君が冒険者になってくれるなら、君に正式に依頼できる、というのはこちらにとっても喜ばしい」
お互いに上手く利用し合う関係らしい。
「何、君なら最初からそれなりのランクが設定されるだろう。ああ、法術に関して、こちらで手ほどきを受けてさえくれれば、その実力を見た上でだけど紹介状をしたためるよ」
冒険者ギルドは、一定の実力があるとみなされてはじめて所属できる、いわば選ばれた集団である。
所属するには、ギルドの試練――いくつかの課題依頼――をこなすか、または信頼できる人間に紹介してもらう必要がある。
この紹介というのを受けるのは難しいらしいが、今回、コウはその点はラクティを頼ろうと思っていた。
ただ、ここで法術ギルド長からの紹介がもらえるなら、そちらでも十分だろう。
冒険者ギルドでは、冒険者の技量と実績に応じて、仕事を割り振る。
無論本人が希望すれば、よほどの実力不足ではない限り、仕事は請け負える。
ただ、成功の見込みの低い仕事を無理に請け負うのはデメリットも多い。
最悪、仕事の斡旋を受けられなくなることもあるからだ。
技量はランクで表され、ランクそれ自体は仕事の成否ではなく試験等で設定される。その内容も一律ではなく、大きく四つに分かれている。
これは、個人戦闘が得意なタイプと、遺跡探索が得意なものなど、得意分野がそれぞれあるから、という事らしい。
近接戦闘、遠距離戦闘、法術、探索、の四種類である。
剣を得意とするなら近接戦闘、弓や投擲を得意とするなら遠距離だが、ここには攻撃法術の使い手も含まれる。
法術は攻撃に限らず法術全般を扱う能力。
探索というのはかなり広範囲の要素で、獣の追跡から犯罪の調査などの技術もここになる。
これらのランクの情報は、『証の紋章』に刻まれる。
一方で実績は冒険者ギルド側で管理されているらしい。
日本で言えばデータベース的なものもあるのだろう。遠隔地でも共有するということらしいが、細かい仕組みはわからない。
いずれにせよ、紹介状があれば課題依頼をこなすことは不要で、実力の確認だけで冒険者としての資格が手に入る。
コウとしても法術の習得も含めて、かなりありがたい話だった。
「分かった。それでお願いしたい」
「うむ。まあ、法術を学んでこなかったようだから、基礎から、になるが……まあ君なら大丈夫だろう」
そうして、コウの法術の訓練が始まった。
イラストは さいとう みさき 様が描いてくださったAI利用のイラストになります。




