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転移直後に竜殺し ―― 突然竜に襲われ始まる異世界。持ち物は一振りの日本刀  作者: 和泉将樹
第一章 突然の異世界

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第14話 策略

 それからの道中は、穏やかなものだった。

 元々辺境とパリウス中央を結ぶ街道で、辺境に行く人以外はまず通ることがない街道だ。数回、行商と思われる商人とすれ違うだけである。

 野盗なども出ず、ある意味では安全な道だった。


 コウたちは順調に道を踏破し、予定通り八日目にパリウスの手前の都市、カザレスへ到着した。

 トレットの街よりははるかに大きく、人口は二万人。周辺地域全体では十万人ほどが住むらしい。


「改めてみると……大きい。あれで、中規模の街」


 無論、人口という点では、現代日本とは比較にならない。

 あちらは、都市部であれば数十キロにわたって家々やビル群が並び、数十万人以上を擁する。

 ただ、このような城塞で、別に高層マンションなどがあるわけでもなく、それで二万人近い人がいるという街は、それだけで圧巻だった。


「領都であるパリウスはこの五倍以上あります。ネイハ家は『辺境公』などとも揶揄されますが、実際の支配地域、そして税収は、他家に劣るどころか、むしろ上位になりますから」


 メリナがやや得意気だ。

 このあたりの事情は、コウもある程度分かるようになっていた。


 ここまでの道中、コウは不足しているこの世界の知識や、常識について、二人に色々教えてもらっていたのである。

 また、文字も教えてもらっていた。

 幸い、この世界の文字は表音文字で種類は少なく、一度覚えてしまえば読むのは難しくない。

 あとは、言葉を覚えるだけである。


 他に色々教えてもらった中で、コウの興味を最も引いたのは、神の『実在』である。

 といっても直接会ったという記録はないらしい。

 だが、神の力は色々な『奇跡』という形で顕在化するという。

 神殿に所属する者には、この『奇跡』を顕現させられる者がいるらしい。

 さらに、神の遺した物である聖遺物と呼ばれるものは各地に存在し、その力による奇跡は、枚挙に暇がないという。

 神、というより超常の存在がいるのであれば、異世界への帰還方法もありえるのでは、というところまで考えて。

 コウは果たして自分が帰還したいのかという点について、自信がなかった。


 ある事情で、そもそもコウは世間から外れた存在になっている。

 少なくとも日本という社会においては、コウは敬遠されてしまう。

 それは親のいない孤児である以上に――。


「それで、ここからどうされますか?」


 思考の海に沈んでいたコウは、メリナの言葉で現実に引き戻された。

 今考えても仕方のないことは後でいい、と頭を切り替える。


「情報、欲しい。ただ、目立たないように。ラクティやメリナ、この街では知られているか?」


 ラクティやメリナが聞き込みを行って、その情報がアウグストに伝わってしまっては、こちらの優位性が失われる。

 下手をすれば、適当な理由をつけて捕縛されるか、あるいは『迎えに来た』などといって実は賊でした、などというお粗末な言い訳で殺害される恐れもある。


 そもそも、この状況で、ラクティが正式にパリウスの領主になる方法は何か、というのが問題だった。

 アウグストからすれば、ラクティを屋敷に招き入れてから毒殺なり殺害する手もあるだろうに、わざわざ辺境で殺すという不確実な手段をとろうとした。

 それはつまり、自分の領地で殺すことは、彼にとっても非常に不都合であることを意味する。


「それはそうでしょう。ラクティ様がパリウスに戻られれば、まず、アラス神殿に赴きます。そして、七日間の清めの儀の後、爵位を継がれることを神々に報告し、領主となります。ですが、この間に、もし領主となる者を害そうものなら、神罰が下る、とされていますから」


 領主になるために神殿で儀式を行う、とは聞いていたが、どうやら単なる儀式以上に神がかったものらしい。

 ちなみにこの儀式、領主の座を争った場合などには、候補者全員がける事が出来るという。

 ただし、領主の祝福が降りるのは、一人だけ。

 いわば、神託による領主の決定が行われるのだ。

 また、ごく稀だが、領主の資格なしとして誰にも神託が降りないこともあるという。

 後継者たる直系の子女が存在しない場合に稀にあるらしい。

 その場合、後継者探しに紛糾することになる。


 ただ今回、アウグストは領主『代行』でしかない。

 そして、ラクティは明確に前領主の唯一の実子だ。

 よって、彼女が領主の祝福をけられることは確実。

 ただ、その神の加護を得られるのは神殿に入ってから。

 それ以前に殺害すれば、神罰の対象ではないという。

 もっとも、ラクティを殺害して領主代行の地位を守るようなアウグストが、仮にラクティ亡き後、領主の祝福を享けようとしても、それはおそらく拒否されるだろうとのこと。

 彼が領主であり続けるには、『代行』を続けるしかないわけだ。


「叔父様の考えは、私には分かりません。小さいころは、遊んでいただいた記憶もありますが、よく、父と口論になっていたのも、僅かですが覚えています」


 姪の前ではいい叔父であったようだが、実兄である前領主とは、そりが合わなかったということか。

 いずれにしても、今ラクティを害そうとしているのは、間違いなくそのアウグストだ。


「こちらの勝ち、は、ラクティがパリウスの神殿に入ること、でいいか?」

「そうなるかと思います。ただ、神殿は街の中心に近く――つまり、アウグスト様の手の者にも発見されやすいです。無論、表立って害するとは思えませんが……」


 そもそも、そこまで入り込めれば、ラクティを害するのは難しいだろう。

 とすれば、最大の難関は、むしろ街に入る時。

 今眼下に見えるカザレスでも、門のところで厳重な審査が行われているようだ。


「……むしろ、カザレスも危険か」


 ラクティがラクティとして入ってくれば、おそらくアウグストにはすぐ伝わる。

 『姪が来たら迎えたいのですぐ報せてくれ』ということに、不自然さはない。


「私も同意見です。ラクティ様には、ゆっくりと寝台でお休みいただきたいところですが……」


 しばらく考えて、結局カザレスに入ることは諦めることした。

 情報を取得したいのはあるが、それでもリスクの方が高い。


 こちらのアドバンテージは、ラクティの生存が知られておらず、さらに居場所が分からないことだ。

 おそらく予定の期間は過ぎているであろう暗殺計画について、アウグストは失敗した可能性も考慮に入れてるだろう。

 となれば、別の手の者で情報を集めようとする。

 だが、ラクティがどこにいるか分からない以上、情報収集は広範にわたって行われるので、当然時間もかかる。

 ここからトレットの街までは、馬で飛ばしても往復十日あまり。

 調査がすぐ終わるとも思えないし、トレットを発つ時にはいくらか偽装しているので、そう簡単にラクティの生存が知られることはないだろう。とはいえそれも時間の問題。

 つまり、時間が勝負なのだ。


「あとは、これのタイミング、か」


 アウグストに雇われた男の持っていた魔法道具。

 おそらく手紙の転送先は、アウグストの意を受けた仲介人。

 ただ、コウは、アウグストが素直に報酬を払うとは思っていない。

 おそらく、渡すその場で殺害するつもりだろう。

 あの襲撃者達がラクティの素性を知っていたかどうかは分からないが、彼らとて仕事の裏は調べていただろう。実際首領は、依頼者がパリウスの現領主であると知っていた。

 当然アウグストからすれば彼らに弱みを握られるわけで、それを放置する理由はない。

 逆に言えば、雇われた側もそれを警戒するわけで、実際、仮に彼らが首尾よくラクティを殺害できてたとしても、報酬の受け取りには細心の注意を払ったはずだ。

 それはアウグスト側も考えているはずで――。


「罠にかけるのが一番、か」


 今回の黒幕がアウグストなのは間違いない。

 ただ、その確実な証拠はない。

 その状態では、仮にアウグストを訴えてもおそらく逃げ切られる。

 今回この場面の勝利条件は、ラクティが神殿に入り領主を継ぐことだが、実のところそれでは不完全だ。

 領主となった後で、領主代行の知見を活かすためと称してラクティの補佐に収まり、その後殺害する方法だってある。

 ラクティがこの先も安泰に領主であり続けるためには、アウグストは排除しなければならないのだ。


 正直、そこまでする義理はコウにはない。

 ただここまで関わった以上、後にラクティが殺された、ということを聞くのは寝覚めが悪い。

 そしてそれ以上に。


 無力な子供相手に理不尽な手段に出ているアウグストが、コウには許せなかった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 その日。

 パリウス領主代行アウグストの元に、待ち焦がれた報せがようやく届き――同時に彼は、冷水を浴びせられたように凍りついた。

 報せは二つ。

 一つは、ラクティの殺害に成功したことの知らせ。

 そしてもう一つは、()()()()()()が報酬を受け渡すように、と場所と日程の指定が行われていたことだった。


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