第13話 異世界の来訪者
『簡単だが、以上だ。この刀についても、この世界の産物じゃない。まあ、竜を打倒した時になんか少し変わった気はするが、元々俺の世界の技術で鍛造されたものだ。何回かやりあった相手の武器を見る限り、鍛冶技術一つとっても、多分大きな違いがあるとは思う』
もっとも、それ以前に文明レベルの差があるが、さすがにそこは伏せておいた。
ただ、そんなことも気にならないほど、二人はコウの話に呆然としている。
「……い、色々ありすぎて、何から聞けば、というところなのですが……」
さすがに立ち直りは早いのか、メリナがやや額を押さえつつ――異世界でもこういう所作は同じらしい――口を開く。
「まず、コウ様は、この世界の住人ではなく……この世界に来た原因はご本人にも分からない、と」
『そうだ』
「そして、来ていきなり竜に襲われ、それを撃退された、と」
『そうだ。といっても、相当に運がよかったと思うが』
メリナは呆れたという感じに首を横に振り、肩をすくめる。
コウは、やはりこういう表現も異世界でも同じなのだな、などとある種ずれた感想を抱いていた。
「あまりにも作り話めいた話ですが――ですが、コウ様がここで私たちに嘘をつく意味がないと考えると……おそらくは、本当のことを話しているのでしょうが……」
『まあ、疑われても仕方ないと思う。俺だって自分のことでなければ、荒唐無稽すぎると切り捨てる』
これでも、話したのはこちらの世界に来てからの話のみで、元の世界の話はほとんどしていない。
彼女らからすれば、地球に当たり前にある存在のほとんどは理解のはるか外側だろう。
「しかし、貴方の話をすべて真実という前提で……元の世界の方々は、誰もが貴方のような力を持つのですか?」
『力、というのが剣の技量、というのなら、違う。俺は、まあ……色々あって、剣術を修める機会があったんだ』
むしろ、ただの日本人がここに来たら、戦う力など確実に持っていないのだから、あの最初の竜に殺されて終わりだろう。
というか、自分が今生きているのだって、奇跡のようなものだと思っている。
『むしろ、俺のいた地域は、この世界よりはるかに安全だったから、戦う力を持ってない人のほうがはるかに多い。戦う必要がある場面など、ほとんどなかったからな』
理不尽な暴力がないわけではない。
ただ、ほとんどの人は暴力に暴力で抗う場面自体が、ほとんどないだろう。
それが普通である世界。
それに比べると、この世界の理不尽さは日本の比ではない。
もっとも、日本とて数百年前は同じようなものだったのだろうし、紛争地域では今も理不尽な暴力が、しかもこの世界以上の脅威度で、吹き荒れているのだろうが。
「その、争いのない環境で……でも、なにか殺伐としているのでしょうか。その、正直に申し上げて、コウ様の、その戦い方は……」
やはりそこは引っかかるか。
コウ自身、自分の特異性は理解している。
無表情に人を殺せる者など、このような世界観でもそうそういるものではない。
まして『現代日本』においては、ありえるはずのない存在に等しい。
『それは……』
沈黙。
メリナはもちろん、ラクティもしばらく押し黙って、続きを待つ。
『すまない、今は伏せておく。無事、終わったら……話す。約束しよう』
「……分かりました。それは、ひとまず置いておきます」
『助かる』
別に話したところで自分自身はそれほど問題はないと思うが、その事実が他人からどう見られるかは理解している。
そして今、そのような不和の種を撒くべきではない。
『とにかく、俺はこの世界で寄る辺がない。だから俺にとっても、ラクティの存在はありがたい。この世界において、何かしらの身分を保障してくれる可能性があるからだ』
「それは、裏を返せば、アウグスト様がその条件で貴方にラクティ様を裏切るように持ちかけたら、応じる、ということでもありませんか?」
ラクティが、「メリナっ!!」と咎めるが、コウは特に気にした様子もなく、僅かに肩をすくめて見せた。
『ここまで助けておいて、それはしない。そのほうが確実だったとしても、俺自身がその方法をよしとはしない。それに……ラクティを守ると決めている』
その言い方に、メリナは少しだけ違和感を感じた。
何が、とかではない。ただ、彼が嘘をついているわけではないのだけはわかる。
しばらくの沈黙。
それを破ったのは、メリナのため息めいた吐息だった。
「申し訳ありません。大変失礼な言い方でした。実際、何の見返りもなくラクティ様を助けていただいたこと、それだけですでにどれほど感謝してもし足りないほどです。今更、コウ様がラクティ様を裏切るとは思えませんし、ここまで同行させていただいて、私もそれはない、とは思ってはいるのですが……」
『仕方ない。正体不明の怪しい人物なのは、間違いないからな』
その言葉に、メリナが小さく笑い、ラクティは「そんなことありません!!」と力いっぱい否定する。
あまりに必死なラクティの様子に、メリナとコウは思わず吹き出した。
それを見て、ラクティが今度は不満そうに口を尖らせる。
「酷いです。私だけ除け者ですか」
今度は慌てて、メリナがラクティを宥めるターンになってしまった。
僅かな緊張をはらんだまま始まった旅は、だが、一日目にして早くもその緊迫した空気は解け、どこか温かみのあるものになっていた。




