アルカ雪原Ⅳ
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【よお、聞こえるか、主】
低いがなるような声。あまりにも低い。
背丈は、サトーを見下ろせるくらいの大きさだ。
全身が黒のマントに覆われており、全貌は見えない。
「誰だ......それにここは」
永遠に続く白いタイル。先の見えない世界に、ぼやける視界。
そこにたたずむ【――】。
【そうか。主、記憶ないんだったっけか?....まぁ、俺が消したんだけどな.............ふふ】
「記憶を消しただと.........お前、俺の何を知っている」
【全て知っているよ。前世の記憶も全部な。】
「...........名乗れ」
【それにしても、さっきのは傑作だったなぁ......非常に興奮したぜぇ.......】
「........名乗れと言っている」
【サトーさん。僕を見殺しにしたんですね.......ひどい.........助けてくれるって信じてたのに.....】
【――】はウォーターの声をコピーし、あざ笑うかのように演技して見せた。
「...........」
【ぷっっ....あははははははは!!!】
死者を平気で冒涜する【――】は、続けてこう言った。
【ふはっ、教えてやるよ。俺は {悪魔} だ。】
「悪魔だと?」
【そうだとも。俺は、お前を良い方向に動かしている】
悪魔と名乗るそいつは、マントの中から老いぼれたごつごつとした手を出す。
すると、その手をサトーの頭にそっと乗せようとする。
それをサトーは振り払う。
「な、なにをする気だ。」
【...........】
悪魔が一瞬にやけたように見えた。
【ふ...............】
悪魔は頭に手をかざすと、なにやら魔方陣を空中に描いていく。
魔方陣が動いたとき、どういう理屈かわかりかねるが、サトーの記憶が徐々に戻り始めた。
「.........思い出してきた...........あの時の暴走のこと........まさか.........お前が俺を........」
【ああ、お、れ、が、お、ま、え、に殺人をさせた。】
思い出した....
低ステータスだった俺を見限ってその場で処刑しようとした王族全員を.........。
【ああ、面白かったよ......人族が.......それも王族が泣きわめいて命乞いをする姿は.......】
「や”め”ろ”!!!」
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――――――――――――時はサトー召喚直後まで遡る。
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「死んで正解ですわっ!」
国王の横で静かにしていた、女王と思しき女が俺を見て嘲笑う。
「忌々しいッ!」
国王は汚物を見る目でこちらを見る。
死ぬのか...
また、何も出来ずに...
「そ...そうだ、そうだ死んじまえ!」
「この勇者もどきがっ!」
「この国から出ていけっ!」
宮殿内で、次々に罵声が飛ぶ。
ここに来て30分と経たないうちに、俺はもう紛い物か。ただ、召喚に巻き込まれただけなのに。
【——————お前、それでいいのか?】
「あ゛...ィやァだ...」
床の血量は次第に量を増していく。
「シルヴァ!あいつにトドメを刺してやれ!」
「チッ...めんどくせぇな...」
「さっさと殺れっ!!」
「分かってますよ、父様」
血が上ってるであろうアーラ国王は、鬼の形相でシルヴァにそう叫ぶ。
『———空を切り、数多の聖雷を統べる大いなる神よ...』
密閉された、宮殿内に風が発生し、次第に竜巻を形成していく。
「ま、まずいっ!シルヴァ様が詠唱を始めたぞっ!」
「し、式事は中止だ!この場に居るもの全て早急に立ち去れ——!」
鶴の一声により、宮殿に居合わせていた役人達が、我先にと出口から流れ出ていく。
気がつくと、宮殿内にはシルヴァ、国王、俺の三人だけになっていた。
『———我に、強大なる雷鳴の力を授け、汝を天へ召せ...』
宮殿内の窓ガラスが唸りをあげ、音を立てて割れていく。シルヴァの全身に雷が通っていく。
【——————このまま死にたいのか?】
「し゛にタく.....ない...!」
「やってしまえ!シルヴァよ!」
シルヴァは右手を上げ、そのまま右手を勢いよく下に振り下ろす。
『聖光の一撃...〈ホーリー・ブロウ〉』
シルヴァの膨れ上がった光の玉がはじけ飛び、すべてがサトーに向けて追従するかのように飛んでいく。
サトーは全身でその光魔法を浴び、
≪死んだ≫
そのあとだった。
動かなくなったサトーの焦げた体が操り人形のように立ち上がった。
―――【聖光の一撃...〈ホーリー・ブロウ〉か。数百年経っても何も進化していないとは。驚きだぜ】
「............ようやく姿を現したな........悪魔!」
アーラ国王が声を張り上げる。
サトーの声は、まるで別人化のように低かった。あれは紛れもない別人、悪魔であった。
「あ............」
「は、はぁっ..............」
シルヴァと女王は、声にならないほどの威圧感を感じ、声を発せなくなる。
【イチ........ニー..........サン............】
悪魔は依然としてサトーを操る。
その場にいるアーラ国王、シルヴァ、女王を指さしていく。
「何が目的だ!!」
冷や汗をかくアーラ国王は、国王席から尻を持ち上げ、浮かせていた。
【お前たちが苦シむ姿が見てェ........それだけだ。】
「っっ.........!!ここ数百年......我々はお前ら魔族に苦しめられてきた。もう人類に後はない......。た、頼む.........この国だけは.........」
アーラ国王は今までの威勢がさっぱり消えたように、その場に膝をついて乞いる。
それに続くように、シルヴァと女王も膝をつく。
【国王、もっと近くに来タラドうだ?】
「..........」
国王は無言で立ち上がると悪魔に近づく。
一歩
二歩
三歩
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国王の額からは大粒の汗が赤いカーペットに染み込む。
【ほら、もっと】
十八歩
十九歩
二十........
「ク”っっ!?!?」
二十歩にさしかかったその時、国王の足先に激痛が走る。
見ると、指先が切断されていた。
国王はその場でうずくまり、足を抱え込む。
「と、父様........!!」
「はぁっ............!」
傍で見守る二人は、国王の姿を見て、悲痛な声を出す。
【近すぎるゼ..........それじゃァヨぉ..........】
「絶対に許さない...........お前ら魔族は......................必ず我々人類が............」
国王の表情に揺るぎはなかった。
悪魔は国王の頭に手を置く。
そこまで国王が喋ると、国王の顔は見る見るうちに水風船のように膨らんでいき、その場で血しぶきとともに爆散した。
血しぶきはシルヴァと女王にも吹きかかる。
「きゃああぁぁぁぁぁあああ、アーラ.........!!!!!」
「..............と、父様.................ぁ」
【さぁ、次は誰だ】
「..........っそ、そうだ........!お、お金が欲しいのでしょう!?!?あ、あげるわ!!すべてあなたのものよ!!地下金庫のカギをあげるわ!全部全部あげる!地位や名声もすべてすべてすべてあなたのものよ!?!?.........ほ、ほら、どうしてもって言うならこの子でもいいわ!!だ、だから私だけは...........」
「かかかか母様........なにを!?!?」
【ふふ、ははは、はぁ、醜いねぇ.........堪んねえぜ........】
悪魔は瞬間移動し、女王の背後に回り込み、首を掴む。
「え」
すると、女王はみるみるうちに水風船のように膨らんでいき、そのうち爆破した。
「あ、..........あぁ.............」
シルヴァはその場で呆然としていた。
【そろそろ時間切れか...........まぁ愉しめたしいいかァ.......おい、そこのチビ、さっきの攻撃すごく感じたゼェ..........だからお前だけは見逃してやる。このカラダは絶対に殺すなよ?それと、こいつのことは追放処分にでもしておいてくれ。新しい国王様ァ.........】
そう長々と言い放つと、サトーはその場で倒れた―――――
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全てを思い出したサトーは頭を抱える。
【おいおい、そう悲観するな。あの状況で生きていたのは俺のおかげだってのによォ.........】
「お前はどこまで.........」
【外で誰かがお前を呼んでいる........】
悪魔はそう言い放つと、下半身から徐々に姿を消していく。
「お、おい待て!お前の目的は.........!」
【いずれ教えてやるよ........】
暗闇の中で、悪魔の口角が少しあがったように感じた。
サトーは水の底から浮上していくように視界が明るくなっていく。
「...........ーい」
「おーい」
「おーーい」
だんだんと声が鮮明になってきた。
よーし。3、2、1で開けるぞ........
さーん、にー、
「ちゃんと収縮しとるな。生きとる」
強制的に目を開けさせられ、光を目に当てられる。
眼科かよ..........
「ま、眩しっ.....」
咄嗟に言葉が出てしまう。
「眩しかったか?ふふ、すまんな。」
は..........この声は!!
目をもう一度しっかり開け、体を起こす。
「きゅ、急になんじゃ........」
―――――ろ、ろろろろろ.........ロリ!!!!!!しかもエルフッッ!!!
もしかして.......
「失礼ですが、ご年齢は......?」
「乙女にその質問をするとは、酷な男じゃのぉ........もうとっくに数えるのはやめとる」
あの危機的状況を助けてくれたのは、
―――――のじゃロリエルフだった。