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クーデリカの決断

クーデリカ視点


 次の日の朝、炎鹿亭でレクたちと朝食をとっていると意外な来客があった。


「失礼いたします。こちらにクーデリカお嬢様がいらっしゃると伺いお邪魔しました」


 ウィズタート家の使用人のバランツだった。お父……レビング・ウィズタートの用事をよく任されることの多かった優秀な使用人だ。勘当されたから、もうお父様とは呼んではいけない。不敬罪になりかねない。


「失礼。お食事中でしたか。外でお待ちしております」


 バランツは颯爽と店外に出て行った。堂々たる振る舞いだ。なんの要件だろうか。マリアンヌに相談してみよう。


「マリアンヌ、バランツがなんの要件でしょう」

「お嬢様……それは」

「前回のモンスターの襲来で活躍したから帰ってこいっていいに来たんだろ」


 マリアンヌがいいづらそうにしていたのでレクが割り込んできた。わたくしが……ウィズタート家に帰れる?


「昨日の活躍でクーデリカの評判はすごいことになっている。領軍の中でも、冒険者の中でもな。そのお嬢様を無能として勘当したことをなかったことにしたいんだろ」


 レクはなんでもないことのようにいう。わたくしの一大事だというのに。

 真剣な視線でこちらを見据えて、尋ねてくる。


「それで、どうするの?決めるのは早い方がいいぞ。ウィズタート家のお嬢様に戻るのか。冒険者を続けるのか。俺のおすすめは断然冒険者だ」

「どうしてでしょうか」

「俺が言った通り、お前の親父さんだって申し訳ない間違っていたって謝ってくることだろう。その後の人生は領軍のヒーラーか聖女の名前を使った結婚が待っているだけだ。だが、俺はクーデリカとマリアンヌは一流の冒険者になれると思っている。こんな田舎領地のお嬢様より立場が上だぞ。それに二人は俺が欲しい人材だし、人柄も好ましいからだ」


 レクはいつも自分勝手なことをいう。だけど、状況が整理できて落ち着いた気がする。


「ひとまず、ご領主さまの招待を断ることはできそうにもありません。マリアンヌと一緒にご領主様と会ってみます。レクには申し訳ないけど、会ってからどうするか決めたいの」

「そうかい。行ってらっしゃい」


 軽くいうレク。もうレクったら知らない。


 わたくしは炎鹿亭を出て、バランツと合流する。レクの言っていた通り、お父様がわたくしにご用件があるということらしい。


 わたくしは久々にウィズタート家の馬車に乗って、実家へと帰ることとなった。


 わたくしは執務室に通された。紙とインクの匂い、そしてこの居心地の悪さ。なんだか懐かしかった。レビング様は昨日の処理をしているのか忙しそうに羽根ペンを動かしていた。こちらに気がつくと顔を上げた。


「クーデリカ!久しぶりだな。……勘当の件は悪かった。私があまりに短慮に過ぎた。お前に聞いたこともない魔法の才能があるなんてな。想像もしていなかったんだ」

 ……ああ。駄目だ。心が凍り付いてしまう。結局のところ魔法の才能の有無がこの人にとっての私の価値なのだ。魔法の才があるから必要。魔法の才がないから不要。それだけの話なのだ。


「ああ。大丈夫だ。お前が戻ってくるのなら、マリアンヌも付き人に戻してやる。安心しろ」


 揺れ動いていた心の芯の部分が据わったような気がする。


「レビング・ウィズタート様。勘当されたあの日わたくしは冒険者になることを決意しました。わたくしお家には戻れません」

「なぜだ!なぜ、冒険者などという下等な職にこだわる」

「楽しかったからです。わたくし、自分を殺して生きていきたくありません」

「何を意味の分からないことを!」

「レビング・ウィズタート様さようなら。マリアンヌ行きましょう」

「はい。お嬢様」


 マリアンヌの顔を見た。彼女もこの結果に安心しているらしい。柔らかい表情をしている。


「お嬢様お待ちください」


 バランツに呼び止められる。


「もうわたくしはウィズタート家のお嬢様ではありません」


 バランツは必死だ。


「モンスターの襲来以降、お嬢様を勘当したご当主様に軍から不満が集まっております。今後、お嬢様がウィズタート家にいるかいないかで軍の負担も大きく異なるでしょう。ここは過去を流してご当主様をお許し願えませんか」


 ここにレクがいたらどんなことをいうのだろう。そんなことを想像すると少し楽しい気持ちになった。知らず知らずのうちに笑みを浮かべていたのだろうか、バランツが安心した顔をする。


「ご領主様がどう思われようとわたくしには知ったことではありません。勘当とはそういうものでしょう?それでは失礼」


 バランツとマリアンヌの目が丸くなっている。それだけ意外な返しだったのかもしれない。わたくしもレクに悪影響を受けているらしい。


 炎鹿亭まで歩いて帰った。空は快晴でなんだかすがすがしい気持ちだった。


 貴族の令嬢に戻れたのに戻らなかった。愚かな選択かもしれない。でも今のこの決断を後悔しないようにしていこう。


 炎鹿亭に着くとレクとロイが一緒のテーブルで昼食をとっていた。


 レクはやっぱりなという顔をした。


「今日はもう、解散だ。もう昼過ぎたしな。明日また、狩りに行くぞ。俺はこの都市の観光に行ってくる」


 レクはさっさと炎鹿亭を出て行った。もう……わたくしの大きな決断だったのに。


 ロイが安堵したように脱力した。なんでそんなに緊張していたのだろうか。


「クーデリカとマリアンヌが帰ってきてくれてよかったです」

「そういってくれるのはロイだけです。ありがとうございます」


ロイは恐る恐る炎鹿亭の玄関ドアをみつめると、悪戯っ子の顔をしていった。


「案外そうでもないみたいですよ」

「え?どういう意味」

「クーデリカとマリアンヌが出て行ったあとレクはずっといらいらとしていましたから。やけ食いが止まりませんでした。口には決してださないですが、戻ってくるか心配していた様子でしたよ。出かけたのも安心したからでしょう」

「レクが……」


 意外な思いがあった。レクだったら、そうか。とかいって気にしないのかと思った。案外レクはわたくしたちのことを気にかけているらしい。


「あっ!絶対レクには言わないでくださいね。僕が殺されます」


 悲壮な顔をするロイ。そんな様子がおかしくて少し笑った。マリアンヌも笑っていた。冒険者を続けることを選択してよかったと思わせてくれる場面だった。


 次の日にはスパルタな狩りに冒険者を続けることを選択したのを後悔しそうになった。

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