魔性
ラスボスの前にいる心境だ。俺は今、まさに最終決戦に挑もうとしていた。
見慣れたはずの我が家が、魔王の城より大きく見えた。
「あ!兄ちゃん帰ってきた」
「ハインツ、レクさんはもう貴族なんですから兄ちゃんっていうのは」
ロイがハインツの服を引っ張ってそんなことをいう。
「そんな寂しいこというなよ。これからも俺はお前たちのお兄ちゃんでいさせてくれ。それと、ただいま」
今度はサナが俺の服を引っ張っていう。
「お兄ちゃん。偉くなったって本当?サナ、お兄ちゃんとなら結婚してあげてもいいよ」
「ばかいえ、サナ。兄ちゃんはお姫様とごこんやくされているんだぞ」
「ごこんやくってなあに?」
サナが首を傾げていう。
「ごこんやくはごこんやくだ。めでたいことだよ」
「ハインツ、サナ。ご婚約っていうのは将来結婚しましょうってことですよ」
「じゃあ、サナと一緒だ」
騒ぐ声に中からシスターテレサが出てきた。
「何を騒いでいるの……これは、レク・カウネル様。いらっしゃいませ」
「シスターテレサ、ただいまっていっちゃだめですか」
シスターテレサは困ったような表情をする。
「そんなことはありませんよ。レクはまだ孤児院の子ですからね」
「ただいま。シスターテレサ」
「おかえりなさい。レク」
シスターは困った子を見るような目をしていってくれた。
孤児院の中に入って、ちび達にせがまれたのでアイスビッシュ砦が如何に恐ろしい場所だったかを柔らかくしていった。身体を震わすようにして話を聞いていた三人だったが、アイスビッシュ砦攻略の話になると目を輝かせて聞いていた。
そんな話をしていると、フレアが帰ってきた。まだ、勝負のときじゃない。
「ただいまぁ。何をお話しているの……レク」
「おかえり。フレア」
「うん」
それ以降、フレアは口を開かなかったので、ちび達にアイスビッシュ砦攻略の話の続きをすることにした。
そんな話をしていると、夕食の時間になった。
柔らかなパン、肉の入ったスープ、サラダ。中々豪勢だ。依頼の報酬のいくらかを孤児院に寄付していたので、俺がいない間も食生活に問題はなかったようだ。よかった。
フレアの元気がなかったので、ちび達も気にしてなんだか静かな夕食であった。
久々に孤児院の井戸水を豪快にかぶって、水浴びする。今度アイテム欄に入れる水の入った桶の量を増やしておくようにしよう。
さっぱりとした気分になった俺は、ベッドにもぐりこむ。だが、目は爛爛と輝いていた。本当の勝負はこれからだというのが分かっているからだ。
「ねえ、レク起きてる?」
勝負のゴングは鳴らされた。
「起きてるよ」
「そっちにいっても……いい?」
「来てくれ。俺も話したいことがある」
「うん」
フレアはいつもよりも遠慮がちに上段のベッドから降りてきた。
「レク。お貴族様でミスリルプレートの冒険者になったんだってね」
「まあね」
「それでお姫様とご婚約されたって」
「うん」
嫌な汗がでてくる。なんとかするのだ。
「レク。孤児院を出て行っちゃうの?」「もともと10歳になったら孤児院を出る決まりだろ。でも領地を貰っちゃったから孤児院をでるのが少し早まるかもしれない」
「そう……」
それきりフレアは何もいわない。だから俺から切り込んでみることにした。
「ねえ、フレア。前にここでどれだけ時間がかかっても私たちのところに帰ってきなさい、っていってくれたこと覚えている?」
「うん。でもどっかにいっちゃったのはレクのほうじゃない」
こちらに背中を向けているので、フレアの表情はうかがい知れない。
「フレア。俺はフレアのこと家族だと思っている。シスターテレサやハインツ、ロイ、サナだってそう思っているけど、フレアのことは特別な家族だって」
攻めろ。猛攻撃だ。
「フレア。これからの人生、俺の帰るべき場所になってくれないか?」
「それってどういうこと?」
「俺の婚約者になってほしいってことだよ。フレア」
フレアが泣きそうな顔をしてこちらを振り返った。
「ばか。レクにはお姫様がいるじゃない」
「ユリアのことは好きだ。でもフレアのことも好きなんだ。これを受け取ってほしい」
赤い宝石がはめられた指輪をフレアの指にはめる。
「さいっていな告白。でも、レクはばかだから許してあげる」
「ありがとう」
泣いたように笑うフレア。ごめんな。でも全力で幸せにしてみせるから。
フレアと指を絡めあう。鼓動が速い。えっこれはどういう状況。どこまでが終着点。
俺はフレアとキスをした。フレアは顔を真っ赤にすると、「おやすみ」といって上段に戻っていった。
俺は悶々として眠れなかった。フレアったらいつのまに魔性の女になったのだろう。