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蜂蜜パンを一緒に

 軽い足取りは冒険者ギルドに着くまでのことだった。

 バックから取り出すふりをしながらスライムの核を取り出していると、次第にイリス姉さんの表情が固くなっていった。


「レクくん、どうしてこんな無茶をしたんですか!」


 俺はイリス姉さんに叱られていた。そりゃあそうだ、イリス姉さんが知っているレクはスライム相手に四苦八苦して戦っているレクで、今日からの俺ではない。スライムの核をこんな数ギルドに提出すると、驚かれるに決まっている。

 とはいえ、ここで引くわけにはいかない。早くお金を貯めて装備の更新もしてかなければ魔軍の襲撃時に十全に戦えないからだ。


 イリス姉さんが落ち着いてきたぐらいで、説得してみることにした。


「イリス姉さん、僕も戦士の寵愛を受けられたみたいなんだ。今日は嘘みたいに簡単にスライムと戦えたし、ホーンラビットだって敵じゃなかったんだよ」


 戦士の寵愛とは、この世界でいうところのレベルアップのことだ。モンスターと戦って能力が向上することを女神の戦士に対する寵愛のおかげだということでこの名で呼ばれている。


「戦士の寵愛ってそんな急速に強くなるものじゃ……、怪我はないの?」


 尋ねながら、受付越しにペタペタと身体を触診される。怪我はないため、くすぐったいぐらいだ。


「うん。全然。約束通り無理なんてしなかったし大丈夫だよ」


「うん……怪我はないみたいだけど、レクくん冒険者に無理は禁物だよ。本当に気をつけてね」


「分かってるよ。今日はホーンラビットも倒せたんだ、孤児院のちび達に肉を食わせなきゃいけないからまたね」


「またね」


 話を切り上げて、逃走する。実際今回の乱獲に戦士の寵愛はあまり関係がない。俺とレクが混ざったことで、ゲームの戦闘技術が活用できるようになっただけだ。あんまり突っ込まれてもうまく説明できない。


 スライムの討伐報酬を財布に入れて、冒険者ギルドを飛び出す。


 メインストリートには、仕事から帰ってくる人、他の街から旅してきた人でいっぱいだった。その人の間を縫うようにして孤児院へと向かう。

 その前に、孤児院の近くにあるパン屋へと顔を出した。

 日も欠けている時間、焼きたてのパンの香りはしなかったが、それでもよだれが出るほどおいしそうな香りがする。


「おや、レク坊。パンをたかりにきたのかい」


頭巾をしてぽっちゃりとしたおばさんが話しかけてくる。


「違うよ。マーテルおばさん。ここの蜂蜜パンが買えるぐらい稼げるようになったら買いにくるよって約束してたろ。今日の冒険は大成功だったんだ。蜂蜜パンを一個ちょうだい」


 マーテルおばさんは心底驚いたようにして、商品棚から蜂蜜パンを用意してくれる。


「こりゃ驚いた。この前スライムに泣かされて帰ってきたレク坊がもうそんな冒険ができるようになったのかい」


 ふふん、と鼻を高くして財布からお金を取り出そうと―――


「あー、レク。いけないんだあ!冒険者ギルドから寄り道して何してんのかと思ったら、蜂蜜パンなんて高いもの食べようとして」


「おう、フレア。聞いてくれ。今日の冒険は大大大成功だったんだ。朝いったろ今日からの俺は違うって。子の蜂蜜パンはそのご褒美なんだ。ちび達のお土産だってほら、ホーンラビットの肉が手に入っている」


 ストレージからバックに移しておいたホーンラビットの肉をフレアに見せる。


「えっ!すごい……でもホーンラビットってスライムよりも危ないんでしょ。なんでそんな危険なことをしたのレク」


「戦士の寵愛がおかげさ、それよりフレアも共犯になってくれ。マーテルおばさん蜂蜜パンもうひとつ」


 二つ分の代金を支払い、蜂蜜パンを受け取る。ひとつをフレアへと渡す。フレアは少し悩んだような表情を見せたが、とろりとした蜂蜜の魔力に負けたようにパンを口にした。


「あまーい!おいしい」

「それは良かった。フレアも今日一日お疲れさま」


 俺も蜂蜜パンを口にする。さくりとした触感に中に詰まった濃厚な蜂蜜の甘さが口の中を満たしてくれる。レクの頃は、この蜂蜜パンを腹いっぱい食べるのが小さな夢だったが、俺としては少し甘すぎる気がするな。


 今日、フレアが縫製所であったことを聞きながら蜂蜜パンを楽しんだ。名残惜しそうに蜂蜜のついた指を舐めるフレアに苦笑する。


「また、冒険が大成功したら買ってやるよ」


 フレアはにんまりした。


「それは女神さまにお祈りしとかなきゃいけないわね。でも、安全第一でお願いよ」

「分かってるよ」


 西の空が茜色に染まりはじめていた。

メインストリートからは外れたところにある院の周囲は民家が多くあり、夕食の支度の匂いや家族を迎える声がしてきている。


「わたしね。ひとりでこの道を帰るとき、いつもちょっぴりと寂しかった。でも今日は少し幸せだわ」

「俺もだよ。特に冒険に失敗してこの道を歩くときは泣きそうになっていたよ」

「これからも、こんな日が少しでもあったらいいね」

「大丈夫だよ。これくらいの日いくらでもあるさ。この未来の大冒険者にまかせとけ」

「なによそれ」


 フレアが笑ってくれた。家族は笑顔でいてくれるほうが幸せだ。


「さしあたっては、今夜の夕食に肉を並べてシスターとちび達を驚かせるとしようか」


 連れだって孤児院への帰途についた。

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