絶望の竜
竜は長い首を持ち上げるとこちらを見やっていった。
『小さきものよ、何故我が下に来た』
そうなのである。ドラゴンは話せるのである。
「竜よ。私はあなたを倒しに来た」
『我に挑むか。よいだろう欲深きものよ』
俺は戦闘前の舌戦が終了したのを確認して『システム』を開くボイスを0に切り替える。こちらが翡翠の剣を引き抜くに合わせて、全身を大きく広げた。グランドスネークよりも小さい。しかし、そこに凝縮された重圧は、確かな強者であることが伝わってくる。
咆哮のモーションに入る。ゲーム時代ならこの隙に距離を取ったり、障害物に隠れたりしなければならなかった。今はその必要がない。距離を詰めて竜の心臓めがけて剣閃を繰り出した。全身が震えている。咆哮は続いているようだ。気にせず連撃をかます。
翼を広げて飛び立とうとしている。―――ブレス攻撃だ。ドラゴンの下から出て、廃教会の壁を蹴って、外にでる。頭をかすめるように炎が通っていた。壁を利用してその後のブレスを回避する。
炎の勢いが収まるのを音で確認、ブレスの音はボイスの判定にはいらないらしい。
大跳躍で教会内に戻る。竜のブレスを受けて溶けだしている壁と地面。竜はこちらを睥睨するかのように如く。
俺は飛んでいる竜を落とすべく飛閃を放つ。重ねられた攻撃に浅く竜の胸部が傷ついた。
跳び続ける竜に二度、三度と飛閃を重ねると、聞こえなかったので恐らくだが、苦悶の声を上げて、竜は地面に叩きつけられた。―――チャンスだ。俺は竜の心臓部に近づくと攻撃を入れようと―――その隙を狙って爪の一撃がきた。ゲームではありえなかった行動にもろに食らう。風護が発動して爪の攻撃を跳ね返した。爪の攻撃を無視して倒れた竜身の胸部に近づく。ここまで近づけば攻撃できないはずだ。傷を重ねるように攻撃を入れる。
竜は立ち上がってこちらを余裕の表情で見下している。右手を顔の前に持ってくると操りの呪文を唱える。―――勝負どころだ。これで操られるなら、俺は状態異常回復ポーションを使って逃げる。けど、俺に主人公補正があるっていうのならこの魔法は効かない。
呪文を唱え続ける竜を無視して、傷を重ね続ける。十撃程度、剣閃を重ねたときにそれはきた。俺の周りを赤い輪が現れる。そうしてその輪が閉じていくと……割れた。勝った。竜の表情は分かりづらいが唖然としているようだ。
仕切りなおすように、咬みつく攻撃をしてきた。ダッシュ回避からのジャスト回避で、緩やかな時の中に入り込む。風護の魔法を詠唱する。詠唱と同時にアイテム欄から爆発ポーションを取り出すと距離を取りながら竜の胸部に向かって投げつけた。
再びのダウン。さらなるダメージを重ねるためにウィークポイント胸部に近づく。今度もそれを狙って咬みつこうとしてきたが、読んでいたのでダッシュ回避からのジャスト回避を決めて、連撃を見舞う。
態勢を立て直すと心なしか憎々しげにこちらを睨んでいる竜。やっと敵として認められたのだろうか。左手を顔の前に持ってくると呪文の詠唱をし始めた。マグマを生み出す魔法だ。合わせるようにして疾風の魔法を唱える。術の規模がこちらの方が小さい。すぐに詠唱は終わった。俺は大跳躍で廃教会をでるとひたすら走る。
すぐに俺を中心として紅い魔方陣が現れた。瞬間大跳躍で魔方陣から出る。魔方陣内はマグマが噴出しており、地獄の有様だ。俺はUターンして廃教会へと戻る。
日が欠けてきた。俺はこっそり『システム』で明度を上げる。怒り狂ったかのような竜がこちらを潰すように爪の攻撃を繰り出してきた。ダッシュ回避を使うまでもない。ジャスト回避が発動して、胸に攻撃を重ねる。
翼を大きく広げて、羽ばたいて回りものを跳ね飛ばそうとする。自ら距離を取って、風の影響を受けないところから飛閃を放つ。
さて、そちらの持ち札は使いつくしたか。俺の攻撃は胸に剣を繰り出すことしかしないぞ。お前の生命力と俺の集中力どちらが勝つか試そうじゃないか。
満月が真上に登る頃には、最後の賭けで咆哮を繰り出す竜に胸の中に上半身を突っ込んで、心臓に翡翠の剣を突き立てる俺の姿があった。
勝ったー。『システム』のボイスを元に戻す。
『―――く深きものよ。すべては大いなる扉の先に』
見事だ。欲深きものよ。すべては大いなる扉の先にといったのだろう。ゲームでは欲深きものだなんていわれなかったはずだが、どうしてだろう。大いなる扉云々はゲームでもいっていたがどういうことなのか分かっていない。まあ、気にしないでいいだろう。水の入った桶をアイテム欄から取り出すと被る。血まみれだ。タオルも出して身体を拭いていく。
廃教会の生き残っている長椅子に座って、蜂蜜パンを取り出して貪る。甘さが脳に染み渡る。流石に今日は疲れた。最長の戦いだったからな。
なんとなしに『パーティー』を開くとレベルがすごいことになっていた。レベル58である。これで気がついたことがある。この世界パッチが当たっていない。
パッチが当たっているのであれば、超格上相手に勝利しても数レベルあがるだけだっただろう。だから、ゲーム開始初期、地形ハメや敵を落下ダメージ殺して一気にレベル上げていたものだ。俺も竜という格上の相手を倒したので、一気にレベルアップを果たしたのである。このバージョンは初期、覚えておこう。
今日はさすがに疲れた。竜の巣穴に来るモンスターはいない。俺は毛布を出すと、長椅子に身体を横たえた。おやすみなさい。
月明かりがまぶしくて眠れなかった俺は『システム』ほぼ最大まで上げていた明度を元に戻した。