酒におぼれたい夜もある
「はっはっは!痛快とはこのことをいうのだろうな、センベル!俺はレク殿がアイスビッシュ砦を攻略することは疑っていなかった。だが、三か月以上攻めあぐねていた難攻不落の砦を正味一日で落としてみせるとはな」
「はい。旦那様。私も予想をはるかに上回る成果に胸が熱くなるおもいでございます」
「それも、魔将を打ち果たしてだ」
魔将、魔軍を率いる者たちだ。確認されているどの存在も人類に甚大な被害を与えている。歩く災害といっていい存在である。ここ十数年、人類は敗北を続けており、魔将を打ち倒し、人類の最前線を押し上げたこと。まさしく英雄の所業である。
「このことが知れ渡れば、だれもがレク殿という英雄を欲するだろう。こうなるとレク殿の扱いを決める必要があるな」
「……レク殿はすでに冒険者ギルドに属しております。冒険者は国には属さないことになっておりますが」
「分かっていることだろう、センベル。立場の鎖でつなげずとも、他の鎖でつなぐことができる。一番は情の鎖だ。黄玉の月の14日に魔軍の襲撃に備えることだ。例えば、魔軍の襲撃がなければ、レク殿は申し訳なく思い、当家に罪悪感を持つだろう。魔軍の襲撃があれば、レク殿のことを信じ、防衛を配備したことで感謝してくれるだろうよ。どちらも損はない」
執務室でセンベルと話していると、扉がノックされた。この時間に珍しい、誰だ。
「入れ」
「失礼します」
入ってきたのは我が家の天使アリアであった。ああ、なんと愛らしく育ってくれたのだ。誰にも渡したくない、私の宝物だ。
「アリア、まだ完治していないのだ。寝ていなくてはいけないだろう」
「たまには、足を伸ばさなければ、カビが生えてしまいますわ。それに、今日は調子がとてもよいの。とってもいいことがあったから」
「そうかどんないいことがあったんだい」
「レク様が英雄になられたことですわ」
時が止まった。アリアには何も事情を説明していない。レク殿が自らの功績を誇ることも考えづらい。それに、なぜそれがとってもいいことになるのだ。
「アリア、なぜ知っているんだい?」
「レク様が当家の軍が帰ってくることを教えてくださったからです」
「もう少し詳しく説明してくれるかい」
「はい。今の人類において各領主軍に招集をかけてまで、ほしいのはアイスビッシュ砦に間違いありません。しかし、当家の軍が出発してから長い時間が経っても帰ってこなかったのは、アイスビッシュ砦攻略が困難だったから。一昨日にレク様がお父様に魔軍の襲撃に関する防備を依頼しても、お父様なら内情を説明して軍は十全ではないことを説明されたでしょう。そして今日その心配がなくなったレク様が仰っておりました。それはレク様がアイスビッシュ砦を攻略なさったからです」
「うん。アリアのいっていることは正しい。それで、それがどうしてとってもいいことなんだい」
「実は私レク様とお話しするのが大好きなのです。なので、いつか嫁ぐことになってどのような方か分からない方に嫁ぐよりも、レク様がよいなと思いまして。レク様は冒険者です。他の国に行くのも自由の身です。ですが、コレントの都市に自分のお嫁さんがいるとなると、レク様をお引止めする大きな理由になりますわ」
歌うように、踊るようにいうアリア。
そんなアリアを見て、マークスは血の涙を流しながらいう。
「そうだね。レク殿を血の鎖でつないで、コレントの都市にいてもらう必要もあるかもしれないね」
そういうのが、精一杯だった。
「さあ、そろそろおやすみの時間だよ。部屋に戻りなさい」
「はい」
舞うように出て、扉は閉められた。
「…旦那様」
「いうな。なにもいわないでくれ」
その夜、とんでもない数の酒瓶をあたりに転がしながら、マークスは寝ていた。