挨拶回り
さて、アイスビッシュ砦に向かう前にやるべきことがあった。院でシスターテレサやフレア達に、冒険者ギルドでイリス姉さんに報告することである。
三日程度で帰ってこられると見込んではいるが、それ以上かかることも十分に考えられる。これをいつものように行ってきますで済ますわけにはいかない。
「というわけで、グランドスネークの討伐で力を見込まれた俺は、領主様からの仕事で三日くらい帰ってこないから」
帰ってシスターテレサとフレアにそういうと、愕然としていた。
「レクそういうことは、もっと丁寧に説明を……しかし、領主さまのご意向も……レク。レク自身よくいっていますね。冒険者は無茶をしない。必ずや無事に帰ってきなさい」
「はい」
「そんなっ!シスターテレサ、院を三日も空けるなんてただの仕事ではありません。許可をなさるのですか!」
「正直なところ、悩む気持ちはあります。しかし、コレント孤児院は領主さまの善意で成り立っている身です。その領主様のご意向があると……これを無視できません」
「そんなことって」
「フレア、心配する気持ちは分かるけど、俺だってフレアが何日も院に帰ってこなかったらと思うと胸が張り裂けそうになるけど、冒険者として任された仕事なんだ。それに、冒険者は無茶しない。俺は絶対に帰ってくるよ」
「それでも……」
「心配はいらない。心配はいらない」
フレアの髪をワシャワシャとしてやる。払いのけられるかと思っていたが、フレアは黙って受け止めている。
「本当に、大丈夫なのね」
「本当に大丈夫さ」
深くため息をついたフレアは俺の手を払いのけた。
「もう。レクったらいつまでも子どもなんだから」
いいながら、乱れた髪を整える。
「それで、レクいつ出るのですか」
「シスターテレサ。もうすぐに出ようと思っています」
「そうですか。あなたに女神の加護の有らんことを祈っておきますね」
「はい、ありがとうございます」
続いて冒険者ギルドへと向かう。いつもより遅い時間で人も少ないからだろう、丁度手が空いていたイリス姉さんを見つける。
「あっ。レクくん。ご領主様との面会はどうだった」
「上々でしたよ。それでイリス姉さん、話があるのですが」
「なになに」
「領主様から直々にお仕事をもらったから三日くらいになるかな。ギルドには顔を出せないから」
愕然とした表情をするイリス姉さん。また驚かせてしまったか。
「なにがあったら、そんなことに」
「いろいろ話をして、困りごとがあるっていうから是非そのお仕事をお任せくださいっていったらこうなった」
「何のお仕事なの?」
「話せません」
しばらくして、ため息をつくと諦めたような表情をするイリス姉さん。まあ、ご領主様の依頼を受けたとなると、もう止めようがないよね。
「レクくん。冒険者は―――」
「―――無茶はしない、ですよね。大丈夫です、確実に勝てる相手とだけ戦うつもりです。もしダメそうだったら逃げちゃいますよ」
「レクくんのこれまでの功罪を鑑みるに信用できないなあ」
「信用してくださいよ。ちゃんと生きているでしょ。生きてちゃんと帰ってきます」
「……無事に帰ってきてね。レクくん」
「はい。イリス姉さん」
最後はマーテル商会か、道中メインストリートを歩いているときに気になった食べ物や菓子を買ってアイテムボックスに入れていく。これでもし、遭難しても食料の心配はない。まあ、『マップ』を見ることができるから心配はいらないんだろうけど一応だ。
マーテル商会の入口ドアをくぐると、丁度サリアが商品の陳列を行っていた。
「あれ、レク。こんな時間にめずらしいね。今日は冒険はおやすみ?」
「いや、これから冒険に出かけることになった。大物と戦うかもしれないからポーション類を買いに来た」
「大物ってグランドスネーク以上の?」
「もしかしたら、いるかもしれない」
いや、多分戦うことになるだろう。ゲーム時代とは時間が異なりすぎるけど、あそこはボスダンジョンだ。
「私たちには待つことしかできないんだから、無事に帰ってきなさいよ」
「淑女が待っていてくれるなら、必ずや帰って見せますよ」
「……レクってばそんなことをいえるようになっただ」
「あー、ダメだ。冷静に返されて今とても恥ずかしい」
「レクのばーか、気をつけてね」
「うん」
財布の限界まで回復ポーションや状態異常回復ポーション、それに食料と日用品を買って、マーテル商会を出た。買ったものは道の端でこっそりアイテム欄に入れた。
さあ、準備はできた。アイスビッシュ砦の攻略に行こう。