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領主館での嘆願

 朝、早速冒険者ギルドに向かうことにした。

 早く行って、ボスクラスの敵の討伐依頼を見つけなければならない。

 カウベルが鳴ると、酒気や獣、インク、鉄の匂いが混じった冒険者ギルド独特の匂いが俺を迎えた。

 こちらを見つけたイリス姉さんが手招きをして呼んでいる。……なにか怒られることをしただろうか。俺は不安になった。

 オドオドとしながら受付に向かうと、その様子を見てイリス姉さんが苦笑した。


「レクくん。今日はお説教じゃないよ」

「そうでしょうとも」


 俺は元気を取り戻した。さも悪いことはしてませんとばかりに胸を張る。

 あまりにも現金な俺を見て、イリス姉さんが笑ってくれた。やった。


「グランドスネークの胆があったら、救われる人がいるっていっていたと思うけど、それでね、領主様がレクくんにお礼をいいたいんだって」

「本当ですか!」

「……どうしたの?レクくん」

「いえ、領主様にお会いできるのが光栄で驚きが声に出たんです」

「ふーん」


 イリス姉さんはあんまり信用してなさそうな相槌を打った。それはそうだ。俺もレクも正直領主になんか会いたくない。領主に会うのは恐れ多いし、もしかしたら無礼討ちなんてことも考えられる。


 けれど、そんなこともいってられない。魔軍の襲撃に領主軍が万全を期して備えることができれば、戦況は大きく変えられるはずだ。これはビッグチャンスだ。


「センベルさん。グランドスネークの胆を納品してくれたレクくんが来てますよ」

「はい」


 白髪を後ろに流した紳士なおじさまが現れた。ただ、目だけは鷹のように鋭く、なんとなしに背筋が伸びる思いだ。……さっきまで姿が見えなかったように思うが、どこにいたんだろうか。


「それではレク様、領主のマークス様がお待ちです。外に馬車を待たせてあるので、お乗りください」

「分かりました。よろしくお願いします」


 外には豪奢な家紋入りの馬車が待ち受けていた。根から庶民の俺は圧倒される。……シスターテレサにも家紋が入った馬車を見かけたときは道の端に寄って通り過ぎるのを待ちなさいと教えられていたものだが、乗る日がくるとは、感慨深い。

 センベル様が馬車の扉を開いて、こちらに乗るように促す。

 俺は意を決して、そっと馬車に乗り、背筋をできるだけ伸ばし、浅く椅子に腰を掛けた。センベル様が馬車に同乗されて、合図を出されると馬車は走り出した。

 センベル様が苦笑をしている。


「レク様。そのように緊張されずとも大丈夫ですよ。マークス様は寛大なお方ですから」

「しかし、センベル様。この身は孤児の身、礼儀を知りません。知らず知らずのうちにマークス様に無礼なことをしてしまわないか不安なのです」

「大丈夫ですよ。誰もが失礼だと思うようなことをしなければ、マークス様は気にもされないことでしょう。あと、私はマークス様に仕えている身、私のことはセンベルとお呼びください」

「ではせめて、センベルさんと呼ばせてください」

「はい」


 馬車がメインストリートを走る。メインストリートを他の馬車や通行人はこちらに気がつくと道を譲る。まるでこのメインストリートの主になった気分だ。これが権力の味か。


「センベルさん、気をつけるべきこととかアドバイスはいただけませんか」

「必要ありませんよ。当家はレク様にお礼を申し上げるためにお招きしたのです。レク様なら何の問題はありません」


 しばらくすると、領主館についた、センベルさんに先導されて馬車を降りる。

馬車は外に設けられた厩につながれている。まず、きれいに刈り取られた芝生に丁寧に世話された花々が迎えてくれる。その奥に小さなお城のような建物があった。領主館ってこんな感じだったのか。


 センベルさんが大きな扉のドアベルを鳴らすと、扉は自動的に開かれた。魔道具の類だろうか。瀟洒といえばよいのだろうか、赤い絨毯に美しいシャンデリア、蜂蜜色に輝く2階への手すりと扉、お客さんを迎える鎧や標本があった。

 レクならここは大変に緊張する場面であっただろうが、俺としては豪華な海外のホテルを見ているような気持であった。あっこれ海外紀行で見たことあるといった感じだ。少し安心した。


 一階にある客間に通された。ふかふかのソファーに座らせられる。


「それではマークス様をお呼びいたしますので、少々お待ちください」

「はい」


 借りてきた猫の気持ちになって待つ。時計の長針が四分の一周するまえに、茶髪の整った髭をしたおじさま―――マークス様が来られた。


「おお!きみがあのグランドスネークの胆を取ってきてくれた冒険者くんかね」


 印象は、豪快、そして声が大きいということだった。両手を広げて感謝の意を示してくれている。俺も応じなければならない。


「はい。領主様。私がその冒険者のレクにございます」


 右手を胸に当てて応じる。その様子を見たマークス様は何かを考えるように髭をいじるとこう申し出てくださった。


「レクよ。こちらはお礼をいう身だ。そのような堅苦しい物言いはせんでもよい。あれの胆はわが娘の治療薬に必要な材料でな。本当に感謝しているのだよ」

「グランドスネークの胆は治療薬に使われると伺っておりましたので、ご領主さまの身の回りの方がご必要になさっているとは思っておりました。ご息女でありましたか」

「うむ。これで治療薬がつくれる。それでな、レクよ。俺の感謝は報奨金だけでは足りんのだ。何か願いはあるか」

「それでしたらお願いの儀がございます」

「おお!何でも言ってみよ」

「黄玉の月の14日にコレントの都市に魔軍の襲来があると仮定して備えてほしいのです」

「……ふむ。予想をしていないことであったな。もう少し詳しく話してくれないか」

「はい。私は黄玉の月の14日にコレントの都市に魔軍襲来する夢を見たのです。人は玩具のように殺され、弄ばれ、食べられる。……地獄のような夢でした。杞憂ならばよいのですが、私はその日から女神から身に余る戦士の寵愛を受けており、今回のグランドスネークの討伐を成すことができました。どうしてもただの夢とは思えないのです。どうか伏してお願い申し上げます。魔軍の襲撃があると仮定して備えてはいただけないでしょうか」


 必死になって頭を下げる。ここがコレントの都市を守れるかの勝負所だ。

マークス様の見定めるような視線を頭に感じる。返答をいただけるまで頭を上げるわけにはいかない。


「レクの懸念は分かった。願いを叶えるといった手前備えてやりたいとは思うておる。しかし、無理なのだ」

「なぜ無理なのでしょうか?よろしければそのご懸念をお話いただけませんか」

「うむ。ここだけの話だぞ。今、各軍を集めてアイスビッシュ砦の奪還をしようとしているのだ。わが領主軍も先よりこの軍に編成されてしまっている。……忌々しいことだ。わが精強な軍があればグランドスネークの討伐もできただろうに」


 そうだ。グランドスネークの討伐だ。あいつは強大なモンスターだといっていい、少なくともゲーム内で勝利している光景は見たことがない。しかし、お金と人命に糸目をつけなければ、勝てない敵ではないはずだ。冒険者ギルドに依頼票が張り出されていたのにも理由があったのか。


「故に今は、軍も縮小した状態で運用されている。もしも黄玉の月に魔軍の襲撃にあっても耐えることは難しいだろうな」

「ならば、お願いがあります。アイスビッシュ砦の奪還に私も参加させてください。必ずや砦を奪還してみせます」

「……我が家の恩人の言葉だ。信じてみるとするか。センベル!」

「はい、ご主人様」


 気配もなく傍にいる。センベルさんいったい何者なんだ。


「紹介状を書く、少々待ってもらってくれ」

「かしこまりました」


 バーンと扉を開いて飛び出していく、マークス様。豪快だなあ。


「それでは、レク様お茶などはいかがですか?」

「是非お願いします」


 貴族のティータイムだ。興味がある。

 すぐに紅茶とマカロンが用意された。花のような香りのする紅茶に、口に入れるとさっと溶けて甘さを残してくれるマカロンがおいしい。

 紅茶とマカロンを楽しんでいると、マークス様が戻られてきた。

 

「これがあったら、アイスビッシュ砦の奪還作戦に参加できるだろう。現場指揮官には貸しがある。無下にされまい」

「ありがとうございます」

「よかったら、娘にも会っていってくれ。グランドスネークをひとりで討伐するものがいたといったら会ってみたいとせがまれてな」

「はい、分かりました」

「では、メイドに案内をさせよう。だれか!」


 すぐにメイドさんが現れた。使用人たちの練度が高いなあ。

 アイスビッシュ砦を奪還して、領主軍を帰還させる。領主軍が戻ってきたら魔軍の襲撃にも強く抵抗することができるだろう。俺は気合を入れた。

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