無事のおまじない
俺は悩んでいた。グランドスネークの戦ったこと、絶対に怒られるよな。
なんとか怒られずにやり過ごしたかった。
悩んだ結果、ダイアウルフの毛皮とハーピーの羽根の依頼票の間に、サッと取ったグランドスネークの胆の依頼票を挟み込んだ。エロ本をこっそり買うときの技だ。
これをリールさんにさっさと処理してもらえばワンチャンいけるかもしれない。
すっとリールさんの受付に並ぶ。
「なにしているの?レクくんはこっちでしょ」
天使の笑みを浮かべてイリス姉さんが読んでいる。……どうしてだろう、後ろに般若が見えた。……いや大丈夫だ。依頼票重ねを信じるんだ。
イリス姉さんの受付に並びなおすと、すぐに順番が来た。
「はい、ダイアウルフの毛皮とハーピーの羽根の納品依頼の達成おめでとうございます。それで、グランドスネークの胆……レクくん。無茶はいけないって何度いえばわかってくれるのかな」
「違うんです。イリス姉さん、無茶はしてません。ちゃんと余裕をもってグランドスネーク討伐に行きました。ほら、怪我もしてませんし」
「もう、レクくん。お姉さんはほんっとレクくんのことが心配だよ。でもね、この依頼の達成で救われる人もいるから、頑張ったねレクくん。もう一流の冒険者だ」
「あ、ありがとうございます」
思ったよりも怒られなくてよかった。連日の依頼達成でこの程度無茶じゃないって信じてくれるようになったのだろうか。
これからも冒険のペースは落とせそうにないから、信頼を勝ち取ることができたのであればこの上なくうれしい。
「うおっ!レクあのグランドスネークをやったのか!すげえな!もう俺たちも超えられちまったな」
近くにいたダイケルさんが、褒めてくれながら俺の背中を叩いた。―――あ。発動した風護によってダイケルさんがコマのように回る。
「ダイケルさん!ごめんなさい護りの魔法を唱えたままでした」
「お、おお。レクは魔法も使えんのか。すげえな。だけど都市の中で発動してんのは勘弁な」
「はい。ごめんなさい」
周囲からは「魔法も使えんのか」「将来有望……うちのパーティーに……」「グランドスネーク討伐だぞ。とっくに俺らを超えてるわ」「レクなんて、呼び捨てにしたらぶっ飛ばされちまうかもよ」「もうレクさんだな」なんか適当に酒の肴にされている。
とにもかくにもこれで妖気の森は完全攻略だ。ゲームだったらゲーム内時間で三日経つとリポップするけど、現実では無理だろうな。ダイケルさんが討伐したサイクロプスの討伐依頼が再度貼られてないし。
冒険者ギルドを出て、マーテル商会に向かう。道中ワッフルを買い込んだ。そういえばこういったゲームにはなかったものはアイテム欄に入るのだろうか。試しに入れてみると、光の粒になって入っていった。今後は食料品や飲料、お菓子も買いだめしてアイテム欄に入れておこう。
マーテル商会の入口ドアをくぐると、忙しそうに会計しているサリアと目が合った。お仕事中なのでこちらが手を振って挨拶する。マーテル商会で扱っている食料品やポーション類を見ていると声を掛けられる。
「レク、お帰り。グランドスネーク討伐はできたの?」
「バッチリだ。マーテル商会のポーション様様だな」
「うちのポーションの品質に間違いはございませんので」
「今時間いいの?」
「いいの、ちょっと交代してもらってるから」
「そかそか、ちょっと表に出ようぜ」
マーテル商会が面しているメインストリートに出てきた。
なんとなく行きかう群像を眺める。アイテム欄からワッフルを取り出してサリアに渡す。
「あっワッフルだ。さっきまで持ってなかったでしょ。どっから出したの?」
「そういう魔法が使えるようになったのさ」
「そんな魔法聞いたこともないけど……やった熱々だ」
「ああ。帰ったらおごる約束だったからな、遠慮なくいってくれ」
「ありがとうレク」
二人並んでワッフルを食べる。外側はサクッとした感触、中側もちっとした感触で柔らかい甘さとメープルシロップの香りがじんわりと口の中で広がる。
「あまーい!」
嬉しそうに頬張るサリアに頬が緩む。実際おいしいな。帰りに孤児院のみんなのお土産に買って帰ろう。
「―――ねえ。レク。レクはどっか遠くに行っちゃわないよね」
「……俺は大冒険者になる男だからな。冒険があるところにいかなくちゃいけない。でも、コレントの都市が俺の都市だって思ってるよ」
「そっか、良かった」
最近俺の行動が随分と大きく変化していることでみんなに心配をかけてしまっているらしい。けれど魔軍との戦争は人類の生存をかけた戦いだ。この都市に閉じこもったままでは、人類は勝てない。絶滅の危機に際して、やっと主人公のお出ましになる。そんなことは許容できない。
「……そろそろ商会に戻らなくちゃ、いけないから」
「おう、またな」
「レク!」
ぎゅっと抱きしめらえる。えっフラグ立ってた?予想もしてなかった行動に動きが止まった。
「無事の……おまじない。無茶はしないで」
「無茶は嫌いだよ。大丈夫だって」
サリアは商会に戻っていった。俺はしばらく呆然としていたが、しばらくして気を取り直した。
みんなにワッフルを買って帰ろう。