イリスの心配
この四日間、レクくんはダイアウルフの毛皮とハーピーの羽根の納品依頼をこなし続けている。ギルドの鑑定部には百枚を超えるダイアウルフの毛皮が重なっている。
レクくんは本当に強くなった。ひと月前にこのギルドの門を叩いたときには、こんな小さな子に冒険者が務まるのだろうかと不安を感じたものだが、この不安は実際当たっていて、初日は冒険者に見守りを依頼したところ、スライムに負けて帰ってきた。
この十日間のレクくんの成果は、他の冒険者を圧倒するものだった。
どうすれば、一日に五十を超えるダイアウルフの毛皮やハーピーの羽根を集められるというのだろうか。中級冒険者のパーティーでもできないことだろう。
「どうしたの?イリス。またお気に入りのレクくんのことを心配しているの?」
「違うわよリール。そりゃあレクくんが最初にダイアウルフの依頼票を心配したけど、この四日間成果、誰にも真似できないくらいすごいじゃない」
「すごいよねー。あんな子がいつかは超級のミスリル冒険者になるのかもね。……それじゃあ将来有望だ。お姉さんが色仕掛けをしちゃおっかな」
「レクくんはまだ9歳よ。何馬鹿なこといっているの」
「あはは、流石に9歳にお姉さんの魅力は分からないかなあ。それじゃあイリスは何に悩んでいたの?」
するどい。リールはお調子者を装っているが、こんなところがある。
「うーん。なんというかね。今のレクくんの目標って何だろうって思って」
「目標?なんでそんなことを」
「うん。この十日くらいのレクくんには明確な目標があるように思えて、そうしたらこんな無茶にも見える冒険の理由が分かるのかなって」
「目標かあ。男の子なんだし超級冒険者になりたい。とかじゃなくて」
「今のレクくんでも中級冒険者の上位クラスよ。超級は誰からも認められるだけの偉業を打ち立てる必要があるからともかく、一年時間を掛ければもっと安全にゴールドの上級冒険者になれるわ。今みたいな冒険は必要ないわ」
「そうだねえ。今のレクくんは他の冒険者が上る階段を何段飛ばししているの?ってくらいのペースでのぼっているもんね」
そうなのだ。冒険のペースが速すぎる。最初の頃のレクくんなら孤児院のために必死になってスライムを追っていたのに、ここ最近のレクくんは何かのために必死になって冒険を重ねているように見えるのだ。
「うん。その速さでどこにいこうとしてるんだろうって考えちゃって」
「結局レクくんの心配じゃない」
「心配は……しているけど。レクくんいっつも装備すら汚れずに帰ってきているじゃない。今では大丈夫だって信じているわ」
嘘だ。全然大丈夫だって思えない。ダイアウルフだって強大なモンスターだ。戦士の寵愛を受けていない人なら、一咬みで骨が砕かれる。その上集団で活動するモンスターなのである。あんな小さな男の子が相手にしていると思うと、不安だ。
ハーピーだってあんな小さな男の子ならすぐに空まで連れ去ってしまうだろう。歌によって眠らされてしまったら、どんなに戦士の寵愛を受けていても殺される危険性がある。
一度、レクくんにパーティーメンバー募集を勧めてみたけど、断られた。今はひとりで冒険をしていたいので、とかいって。
今日もレクくんはダイアウルフの毛皮の納品依頼を持って行った。
妖気の森の深部へと向かっている頃だろう。
どうかレクくんが無事に帰ってきますように、そう女神さまに祈らざるをえなかった。