妖気の森でレベリング③
八日目の朝、冒険者ギルドに行く前にすることがあった。スペルキャスターのゴブリンから奪い取ったショートスタッフを洗うことだ。ゴブリンは基本的にばっちい生き物である。
井戸水を汲み上げて、ショートスタッフを磨き上げた。
これも、妖気の森の深部に行くための準備のひとつだ。貯まっているスキルポイントで『孤高』と『ファイアボール』を習得する。『ファイアボール』は最初に覚えられる魔法であるだけに消費ポイントは少ない。しかし、効果は大きい。モンスター、ボスモンスターに至るまで炎上の効果があるモンスターがいるのである。
今回目標としているダイアウルフとハーピーも炎上が効くモンスターだ。ダイアウルフは炎上すると地面に転がり消火するし、ハーピーは炎上すると飛行能力を一定時間失う。どちらも有用な効果である。ゴブリン討伐において、魔法媒体がドロップしていなかった場合は、自腹で購入していたことだろう。
そうして洗い終えたショートスタッフを翡翠の剣の反対側に差し込んで冒険者ギルドに向かった。
ギルドの掲示板からダイアウルフの毛皮とハーピーの羽根の納品の依頼票をイリス姉さんに提出する。
イリス姉さんは困ったように眉をひそめる。
「レクくん。とうとう妖気の森の深部に挑戦するつもりなんですね」
「ええ。相応の戦士の寵愛を受けましたし、装備の更新に、状態異常回復ポーションの購入もしましたから。準備はバッチリです」
「レクくん。何度もいっていますが、冒険者は―――」
「―――安全第一ですね。大丈夫です。少し戦ってみて危なそうでしたら、すたこらと逃げるつもりです。逃げるくらいならこいつが何とかしてくれますよ」
とん、と胸を叩いて新しい皮鎧を強調する。
本当に心配そうな顔をしている。安心させるには至らなかったらしい。
「イリス姉さん、絶対に生きて帰りますから」
このままいても心配をほどくことが出来そうにないので、今日の成果で示すためにメインストリートへと飛び出た。
都市の門から出ると、ハヤブサの指輪をはめる。今日で八日目、あの日俺になってから一週間が経過したことになる。あの襲撃を退けるにはまだまだレベルが足りない。フレアにもイリス姉さんにも心配をかけてしまっているが、絶対にあんな思いはしたくないのだ。
俺は『マップ』を開きつつ、妖気の森の深部に直行した。道中出てくる敵は切り飛ばした。深部の入り口に立つ。さあ、今日から新しい冒険だ。
早速、五匹のダイアウルフと遭遇した。あいつらのほうが耳も鼻も利くため不意打ちは難しい。接敵しようと近づいてくる先頭のダイアウルフにショートスタッフでファイアボールを放った。炎上したダイアウルフは熱さに耐えきれず、転がって消火を試みる。その間に近づいて首に翡翠の剣を突き刺した。
次に迫りくるダイアウルフにはダッシュ回避からのジャスト回避発動で飛びかかっている獲物の首を切り飛ばした。三匹目のダイアウルフには回避が間に合わず、シールドバッシュを鼻面にぶちかました。他のダイアウルフ達は俺を中心に円状に囲むように動いていた。
獲物がどちらなのかは結果で見せてやる。
俺の後ろを陣取っていたダイアウルフが飛びかかってくる。サードパーソンの恩恵で死角はない。自力で避けてジャスト回避を発動して首を跳ね飛ばす。隙を逃さないとばかりに迫りくるダイアウルフ。ダッシュ回避を使ったジャスト回避で一匹は対処する。最後の一匹は喉笛を咬みちぎらんとばかりに開いた口に翡翠の剣で突き入れた。衝撃までは消せず。一緒に吹き飛ぶ。
全部倒せたけど。最後の一体でも雑に倒そうとするのは危ないな。体重差がすごい。全力で突き入れたのにこちらが吹っ飛ばされた。最後はジャスト回避をするか、ファイアボールをくらわせてからとどめを刺すべきだったな。反省しよう。
これだけ体重差があれば、一度咬みつかれてしまうと、振り切れないかもしれない。ゲーム時代は小柄な主人公を選んでもダイアウルフの咬みつきを払いのけることができていたが、現実ではこちらが振り回されるか、骨が折れるかもしれない。もっと丁寧に戦わなければいけない。
続いてハーピーが現れた。ハーピーの攻撃は引っ搔く攻撃につかんで持ち上げて高所から落とす攻撃、そして歌による睡眠の状態異常だ。この中で最悪なのは睡眠の状態異常だ。仲間がいない以上、睡眠の状態異常の兆候が出たらすぐにでもポーションを使わなければならないだろう。
ところで気になっていたことがある『システム』のボイスの設定である。これは0に設定するとどうなるのだろうか。俺が聞こえていないけど、睡眠は効くのか。それともボイスが聞こえなくなるので睡眠は効かないのか。
試してみることにした。
一匹まで減らしたハーピーからわざと歌を聴く。ボイスを0に設定しているこちらからすれば口パクしているようにしか見えないが。
実験は成功した。
いくらハーピーが歌っていようが睡眠の状態異常にならない。これはゲームにはなかった技だ。こころなしか歌い疲れて、唖然としたハーピーをファイアボールで撃ち落として切った。いざ、さらば。
そういえば今日の戦闘から、現実ではありえないことを発見した。今日の戦闘では積極的にファイアボールを使って隙を作っていたため、ダイアウルフの毛皮とハーピーの羽根は焦げたはずなのに、アイテム欄に入れてから出すと、きれいになめしたような状態で出てくるのである。ゲームだったらドロップアイテムなのだから不思議ではないが、現実になると不思議なことである。とはいえ、得することなのであまり深く考えないようにすることにした。
コレントの都市に近づくと異常に気がついた。人の喧騒が聞こえてこないのである。未来が変わって魔軍の襲撃の今日になったのかとあわてた。しかし、すれ違う人がいたこと気がついた。なんてことはない。『システム』のボイスを戻していなかったのである。便利なものには注意が必要ということを思い知った。
今日の成果を冒険者ギルドに提出すると、イリス姉さんに安心して泣きそうになっていた。本当に心配をかけている。
どんな冒険に出ても必ず帰ってくると思ってもらえるくらい、強くなろうと決めた。