イリスのお守り
翌朝。俺はサリアの働いているマーテル商会に向かった。各種アイテムを金にものをいわせて買い占めた。
魔王戦に行くためにも準備は必要だ。
そのとき店員に聞いたが、サリアは行商から帰ってきていないらしい。サリアも自分の目標のために頑張っている。俺も魔王討伐というとりあえずの目標のために頑張らないといけない。
続いて、冒険者ギルドに顔を出した。相変わらず雑多な印象を与えるところだな。朝から依頼を受けようとしている冒険者であふれている。イリス姉さんの受付列は他の行列よりも長い気がする。それは俺の婚約者だから色目使ってんじゃねえ。
とはいえ俺も素直に列に並ぶ。周囲の冒険者は俺が紅玉であることに気がついて、ギョッとしていた。流石に巨魔将との戦いは目立ちすぎたか。
しばらくすると、イリス姉さんの前に来た。イリス姉さんは目を丸くして驚いている。
「仕事中にごめんね。どうしてもイリス姉さんと会いたかったんだ。とりあえずただいま」
「おかえりなさい。レクくん。帝国ではどうだった?」
「いずれ俺の英雄譚がここで謳われるくらいには活躍してきたよ」
「とっくに翡翠と紅玉として謳われているじゃない」
呆れた表情を浮かべるイリス姉さん。美人はどんな表情をしていても美人だということが分かった。
「それに匹敵する活躍をしたのさ」
「流石レクくん。とりあえずっていっていたけどどうしてなの?」
「いい加減。アイスビッシュ砦を越えた魔将を倒しただろうと考えて、魔王討伐に挑みに行こうと思っているからだな」
イリス姉さんは真剣な顔をした。魔王に勝ったものは存在しない。それこそ女神アレイアですらだ。その偉業に挑むと聞いたのだからそんな表情にもなるだろう。
「本気……なの?」
「本気なんだ。魔王を倒さない限り、また新たな魔将が誕生することになる。この生存競争に勝つためには魔王討伐が必須になるんだ」
「それは……そうだけど」
「まあ、それでお守りを貰いに来たのさ」
「お守り?」
俺は受付に乗り出すと、イリス姉さんの頬に手を当てて唇を奪った。
始めは身体をよじって、逃げようとするイリス姉さんだったが、やがて諦めたように力を抜いた。
「これで魔王に圧勝だな」
「もう、レクくんのばか」
「うん、ばかなんだ」
「こんなのでよかったらいつでもしてあげるのにこんな場所で……」
「ちょっと急いでいてな。ごめんね」
周りからぎりぎりと歯ぎしりの音と舌打ちの音がする。うるせえ。俺は忙しいんだ。