後編
エーリアは、貴族学校にて天啓を受けた。
時間にしてみれば一瞬の間に頭を駆け巡ったのは、ある日に起こる出来事。
建国記念の祭典。
それがいつかは分からないけれど、王太子妃となったシスティアが、殿下と共に、入口から観覧席の間に敷かれた、観客の間を歩いていた時の出来事。
突如として観客席から放たれた黒い呪いの闇が、王太子殿下を庇ったシスティアを覆い尽くす光景。
聖女としてその場に参列していたエーリアは、すぐさま治療室に運び込まれたシスティアの元へと向かった。
ーーーでも、助けられなかった。
治癒魔法も、浄化の魔法も、解毒魔法も効果がなかった。
システィアはそのまま亡くなり、ビルド王太子殿下が失意に膝をついたところで……天啓は終わった。
それはきっと、未来で起こることの予知だった。
でもどうすることが出来るだろう。
システィアを誰が襲ったのか、いつの記念式典でそれが起こるのか、それが分からない。
建国記念式典を中止するにしても、いつまですればいいのか。
ビルドが国王陛下になるまで待つのも、それはそれで彼の信頼が揺らいでしまう。
もし式典のやり方そのものを変えて、今度は別の場所で二人が狙われたら。
どうすることも出来はしない。
未来が変わるのが、良い方向なのか、より悪い方向なのかも分からない。
だから、エーリアは決めた。
国王陛下にだけ事情を話し、条件付きで王太子妃としてもらうことを。
『呪いで自分が死ぬまで、二人には黙っておいて欲しい。そしてシスティアの婚姻を阻止して欲しい』という願いに、最初国王陛下は難色を示したが、予知だけでは事前に賊を捕らえることが難しいことを理解して、苦渋の決断をして下さった。
ーーーどうか、幸せに。ビルド殿下。システィア……。
いつ終わるともしれない苦しみの中で、エーリアは声を聞いた。
『死ぬな』と、ビルド殿下が呻くのを。
『お願い、戻ってきて』と、システィアが泣いているのを。
『君の身に宿る、高潔なる魂と神の御力に願う。どうか、エーリア。生きる意志を』と、国王陛下の声が。
ーーー願ってくれるの?
ーーーあなた達を、私は引き裂いたのに。
ーーー生きろと。
エーリアは、汚泥の底からゆっくりと、自分の体が浮き上がって行くのを感じていた。
視界の先に、淡くぼんやりと輝き始めた白い光に手を伸ばして。
エーリアは、目覚めた。
※※※
後で聞いた話によると。
国王陛下は、エーリアの予知と願いを聞いた時からご準備なさっていたそうだ。
あらゆる聖水を、治療薬を集めて、呪いを浄化する魔法陣を開発させ、記念式典の日に備えさせたのだという。
あの夢と違い、賊が逃げることなく即座に捕らえられたのも、王太子と妃を狙う暴挙が起こる可能性を、毎年予め警護の者たちに周知徹底していたとのこと。
狙われた理由は、一部の過激な思想を持ち、王によって弾圧されたカルト教団による〝粛清〟だったそうだ。
エーリアは、国王陛下の備えと自身に宿る聖なる力によって、呪いに打ち勝った。
真実を聞かされた二人には、謝罪され、そして責められた。
何故言ってくれなかったのかと。
知っていれば、エーリアに危険な役目や辛い役目を負わせることなどなかったのにと。
「あなた達がそう言うと思ったから、何も言わなかったのよ」
優しい二人に、どうせ反対されると知っていたから。
「ビルド殿下を愛していたなんて、嘘よ。システィア、貴女を守りたかったの。私の王太子妃生活は終わりよ。神官長様が、婚姻は解消でも離縁でもなく、白紙に戻して下さると請け負って下さったわ」
ビルドとシスティアを阻むものは、もうない。
一度このような事件が起こった以上、今後はより警備が強化されるだろう。
だから、言わなくていいの。
ーーーエーリアが、本当に、ビルド王太子殿下を愛していたことなんて。
だからエーリアは嘘をつく。
それでも、相思相愛のシスティアと生涯添い遂げて欲しいと願ったから、憎まれ役を買って出たのだから。
死んでも良かった。
一度でもビルドの妻になれて、嬉しかった。
憎まれても、恨まれても、唇を、肌を合わせることがなくても。
ほんのひと時だけのワガママな夢を、崇高なお願いに隠して叶えたから。
初恋に別れを告げて。
エーリアの名声は、〝献身の聖女〟として、この上なく高まった。
改めて二年後、盛大に行われたビルドとシスティアの結婚式では、二人とも本当に幸せそうで。
でももう、エーリアの胸は破れた恋に疼いたりはしなかった。
二年の間に、一人の男性と出会ったから。
神の愛し子である女性が〝聖女〟と呼ばれるように、男性の愛し子は〝神爵〟と呼ばれる。
この世の誰よりも神の愛を受けているという彼は、自由奔放で、エーリアが目覚めてほんの一ヶ月後に突然目の前に現れて、満面の笑みでこう告げた。
『お前の魂に惚れた! 丸ごと愛すから、俺と一緒に生きてくれ!』
と。
二人の結婚を見守る私の横には、今、彼がいる。
ついた嘘も、内に秘めていたワガママも全部見抜かれて。
全然高潔なんかじゃないエーリアごと、本当に愛してくれた彼が。
ーーー生きていれば良いことがあるって、本当なのね。
死ぬつもりだったのに生き残ってしまった時は、これからどうしたら良いのかしらと、と思ったのだけれど。
今、エーリアはとても幸せだった。
短編です。
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