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前編


『ーーー聖女エーリアを、婚約者とする。』


 その宣言が行われた後、エーリアは最愛の王太子、ビルドに呼び出された。


『今後、君を婚約者として扱うが。……王族の責務に関すること以外で、二度と私に話しかけるな』


 彼の目は憎しみに染まっていた。

 理由など分かり切っている。


 エーリアは、ビルドと恋仲であり婚約者でもあった親友のシスティアから、彼を奪い取ったのだから。


『重々、承知いたしておりますわ』


 そう言って、自分を拒絶する、赤い髪に同色の瞳を持つ美貌の王太子ビルドに。

 エーリアは、完璧な微笑を浮かべて見せる。


 恨まれる程度のこと、当然理解していた。

 それでもエーリアは彼の妻の座が欲しかったのだから。


『何故なのエーリア。何故……』


 システィアは泣いた。

 その悲痛な叫びは、最愛の人を一番の親友だと言っていた自分に奪われたから。


『私もビルド殿下が好きだったのよ』


 エーリアはそう告げて目尻を下げる。

 彼女との決別など、とうの昔に覚悟は出来ていた。


 全てが狂ったのは、16歳から三年間通う、高等貴族学校入学と同時に行われる宣誓の儀式の時。


 そこで、エーリアは天に選ばれし者〝聖女〟の称号を得た。


 天に選ばれし者は、生涯たった一度だけ『王家に対して、叶えられる限りの願いを叶える』という権利を法によって有していた。

 代わりに、その国に根差し、生涯を国のために捧げるという対価を支払う。


 エーリアは、三年待った。

 貴族学校に真面目に通い、仲睦まじい王太子と親友が愛を育むのを応援し続けた。


 どれだけ好きでも、ビルドがこちらを振り向かないのは分かっていたから。

 そうして卒業の時に、持っていた権利を行使した。


 ーーー私をビルドの王太子妃に、と。


 その地位に見合うだけの、礼儀礼節と知識は身につけている筈だった。

 歯を食いしばり、寝る間を惜しんで、システィアに負けないだけの力を得ようと努力したから。


 陛下は認めた。

 決して無理な願いでなければ、覆すことが出来ない。


 それが生涯を捧げる条件として、与えられた権利なのだから。


 契約は実行された。

 当事者がどれほど心に傷を負ったところで、法の前では無力。


 一年の婚約期間を経ての結婚。

 誓いのキスは頬。


 初夜に、彼は来なかった。

 白い結婚であることなど、当然理解していた。


 愛する人と添い遂げるはずの時間を奪った女に懸想するほど、ビルドは節操のない人ではないから。


 三年経って子に恵まれなければ、側妃が認められる。

 そこでシスティアを側妃としようとも、別に問題はない。



 ーーーエーリアが王太子妃であることが、重要なのだから。

 

 

 エーリアもビルドもつつがなく公務をこなし、一切の口を利かず、システィアは二人が揃う場には決して現れなかった。

 

 変化があったのは、婚姻から一年経った時。

 

『……何故だ、エーリア。この結婚に、何の意味があった? 君はこれで良かったのか?』


 それは、ビルドの問いかけだった。

 彼は目の下に隈を作り、精悍な美貌に精彩を欠くようになっていた。


『ええ、殿下。これで良いのです』


 エーリアは決して贅沢などしなかった。

 殿下からの贈り物がなくても、愛を囁かれることがなくても、構わなかった。


 殿下の心持ちと体調が心配になり、裏でそっとシスティアと会えるように手を回した。


 システィアはお茶会も夜会も一切断り、屋敷の外に出ることはないと聞いていた。

 エーリアの名で手紙を出したところで彼女は見ないだろうし、何より一番怒っているだろう、昔からとても良くしてくれていたおじ様達が許さない。


 他の者に嫁ぐなど、まだ考えられないはずだ。

 結婚適齢期を過ぎてしまっても、それで構わないと、システィアはきっと考えている。


 優しい彼女の性格から、自害はしないだろうけれど、そのまま修道院へ向かったりすることがないかが心配だった。


 そんな気配に気づいたら、国王陛下が手を回して潰してくれるはずだと、期待するしかなかった。


 ーーーそう思っていたのだけれど。


 何故か、システィアからお茶会の誘いがあった。

 万一にでも毒殺されるわけにはいかないので、会場を王城にと打診すると、彼女はそれで良いと返信してきた。


 久しぶりに会った彼女は、月の女神に例えられる、銀髪と金の瞳を持つ大人びた美貌をさらに儚げに青白くして、今にも壊れそうな表情で現れた。


『王太子妃殿下。わたくしは、未だに信じられません。何故貴女が、このような非道をなさったのか』

『次の国母が聖女であることは、国の盤石に繋がるはず。何もおかしなことはございませんわ』

『本心を、語ってはいただけませんか』

『述べたはずです。私もビルド殿下が好きだったからです。その妻の座が欲しかった。私は、貴女のことも今でも好きですよ』


 その言葉が、どれほど優しい彼女を傷つけるか、悩ませるか、分からない訳ではなかったけれど。

 譲れないものは、譲れない。


『後二年ほどもすれば、側妃が認められますわ。私と殿下は白い仲なので、ご安心なさって? システィア。殿下は決して、貴女を裏切ってはおりません』


 笑みと共に告げると、システィアの顔はますます青ざめる。


『それなのに、何故……何故……』

『今に分りますわ』


 ふふふ、とエーリアは笑い声を漏らす。

 

 そうして、さらに一年。


 ーーーようやくだわ……。


 エーリアは、ビルドと共に建国記念の祭典に臨む。

 王族が民衆の前に姿を現すセレモニーの後、祝祭が始まるのだ。


 寿(ことほ)ぎと共に、民衆の集まる広場で、高く敷かれた道を建物から舞台へと歩く。

 まずは王太子夫妻、舞台にたどり着けば、続いて国王夫妻。


 貴族用の特等席に、父であるおじ様に連れられたシスティアの顔が見えた。


 二人揃う場に珍しい、と思ったけれど、好都合かもしれない。

 


 ーーーだって、今日この場で全てが終わるのだから。



 エーリアは、観客席で、いきなり膨れ上がった忌まわしい魔力の気配を感じた。

 エスコートしながら横を歩いていたビルドの腕を、思い切り引きながら、前に向かって押し倒す。


 驚きに目を見開いてこちらを見るビルドに、エーリアは満面の笑みを浮かべて、告げた。



「ーーーさようなら、殿下、システィア」



 その瞬間。

 新月の闇にも似た呪いが視界を覆い尽くし……エーリアの意識は、深い闇に突き落とされた。


 

※※※


 ビルドは見た。

 彼女の唇が『さようなら』と動くのを。


 システィアは見た。

 彼女が恐ろしい闇に呑まれるその瞬間まで、満足そうな笑顔を浮かべていたのを。


 その場の全員が呆気に取られる中。


「ーーー王太子妃を襲った賊を捕らえよ!!」


 大きく響く国王陛下の一声で我を取り戻した兵士たちが動く。


 捕縛、沈黙、麻痺、停滞……ありとあらゆる動きを封じる魔術が魔術師達から降り注ぎ、動けなくなった賊を身体強化して跳ねた兵士や近衛騎士が押さえ付ける。


 祝福の祭典が一転、逆賊によって阿鼻叫喚に巻き込まれた陰で。


 ーーー呪いをその身に受けたエーリアが、治療院に最速で運び込まれた。

 

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