第八話 出発
ダンジョンは、人類にとって宝の山である。金よりも高値で取引されるほど貴重な鉱物があちこちで採れるし、過去の文明が遺した財宝が眠っていることもある。それゆえダンジョンは、マリのような夢見がちだったり、欲深いかったりする人間に対して、強力な引力を発揮する。
しかし、そうした人間のすべてがダンジョンを探索できるわけではない。ダンジョンには恐ろしい魔物たちが巣食っているからだ。それらを打ち倒し、ダンジョンの富を地上に還元できると見なされた者だけが、ダンジョンに挑戦できる。
「見なされた者」は挑戦者と呼ばれ、その判断基準に用いられるのは冒険者ランクだ。
冒険者ランクは大別すると、下から銅、銀、金、ミスリル、オリハルコンとある。銀級からミスリル級に関しては、下は三級から上は一級まであるため、総計では十一段階のランクがあることになる。そして ダンジョンに挑戦できるのは、このうち金三級以上からだ。冒険者の下位四割は銀一級以下に留まっており、ダンジョンに挑むことすらできない。
しかし例外的に、ミスリル三級以上四人につき、銀一級以下の冒険者を一名同行させることが可能になっている。その場合、彼らは荷物持ちとして同行することが多い。
♢♢♢
カーテンの隙間から差す朝日によって目覚めた。自分のタイミングで起きられないことをいつもなら煩わしく思うのだが、今日は自分の初ダンジョンを祝福しているようにすら感じた。
破けそうなほど力強くカーテンを開ける。強烈な光線に、思わず目を逸らしてしまう。だけど目が慣れてくれば、雲一つない青空がよく見えた。これも私の明るい前途を暗示しているように感じる。
眠りに落ちる直前にはなんだか不安を覚えたが、もうそれが何だったか思い出せない。我ながら図太い性格をしている。
昨日レネーに教わったように、自分で装備を着込む。せっかく早く起きたのに、その時間を全て無に帰すくらいには手こずったが、自分でできた。うん、いい気分だ。
「ふふ。どこからどう見ても、魔法使いにしか見えないわね」
魔女エキドナがどんな格好をしていたかは知らないけど、私の方が魔女っぽいに違いない。
♢♢♢
私が二階にある食堂へ行くと、ガタイのいいガストンがすぐ目に付いた。
こちらから話しかけるのも癪なので、どうしたものかと思っていると、ガストンの方も私の姿を認めたようだ。手を挙げて、存在を示してきた。
「おう、マリ。気合入ってるなァ」
「おはよう」
そんなに気合の入った顔をしているのだろうか。少し恥ずかしくなって、ペチペチと顔を触ってみる。
「あ、いや、そういうことじゃ……」
「マリちゃん、おはよう」
「おはよう」
ガストンが何か言いかけていたが、後ろから来たレネーが挨拶してきたので、それに応じる。
「朝ご飯前なのに、もうローブ着ちゃったの?」
「え?」
「汚れちゃうでしょ?そんな立派なローブなのに」
見れば、レネーは昨日着ていた緑色のローブではなく、ゆるりとした上下が別になっている服を着ていた。長袖ではあるが、見た限り生地は薄いので寒そうだ。
ここまでレネーを観察して気づいた。ガストンが言っていた「気合が入ってる」とは、朝食に装備を着込んできたことに対して言っていたのだと。
「先に言っておきなさいよ!」
「昨日の夕食では着替えてたから、てっきりわかってたのかと」
「部屋で脱いだら、着られなくなっちゃったのよ!」
「あー、そうなんだ」
憐れむような目で見てくるレネー。この女、許すまじ。
「まァ、マリは食べ方が綺麗だから、気をつけて食べれば大丈夫だろ」
「それもそうね」
さすがは元貴族。私の食べ方が綺麗だと判断できるだけの見る目はあるようだ。
食べ方の綺麗さにはそれなりの自信があった。三つ子の魂百までとはよく言ったもので、嫌々やらされたテーブルマナーでも意外と抜けないものである。
「でも、それならなんでガストンは鎧を着てるの?汚れちゃうじゃない」
「これは金属だからな。汚れたって布で一拭きだ」
「ふーん」
「ふーんって……」
途中でガストンの鎧が汚れようがどうしようがどうでもよくなったので、返事が気のないものになった。
そんなことよりお腹が空いたし、食べたら少しでも早くダンジョンに行きたい気持ちでいっぱいなのだ。一体、いつになったらレイドとアダンは起きてくるのか。
「さ、こんなとこでいつまでも立ってると邪魔だし、寝坊助二人は置いておいて、先に食べちまおうぜ」
ガストンに誘導され、レネーとともに朝食の席に着く。レイドとアダンは置いておくという発想が自分から出てこなかったことに、少なからず驚いた。
朝食は無難なものであったが、旅の中で食べたどの料理よりも美味しかった。これなら数回は飽きずに食べられるというレベルだ。
もう数口で食べ終わるというころ、ようやくレイドとアダンが揃って姿を見せた。レイドはその金髪を綺麗に整えていたが、アダンの方は寝癖でボサボサだった。明るい茶髪も相まって、何かの動物を頭に乗せているかのように見える。
「おはよう、みんな早いなあ。――マリは張り切ってるね」
私の左隣に着くなり、レイドがさっきのガストンと同じようなことを言う。
悪気はないのかもしれないけど、過ぎ去った話題を蒸し返されたようで癪に障った。
「あんた、うるさいわね」
「ええ、朝の挨拶だよ……」
「いらない」
「え、朝の挨拶もいらないほど仲が深まったってことでいい?」
「なんでそうなるのよ!」
朝から大声を出したせいで、一瞬クラッとした。
こんなのと張り合っていては、こっちが消耗するだけだ。止めにしよう。
「はあ。あんたたち、さっさと食べなさい。置いて行くわよ?」
「昨日、夕食のとき説明しなかったっけ?俺たち四人全員が揃ってないと、マリはダンジョンには入れないって」
首を傾げながらレイドが言った。確かに、そんなことを言われた気もする。
結局、レイドとアダンが食べ終わるのを待った。その間、私はスープをおかわりして気を紛らわせた。お腹は膨れたけど、コルセットをしていないから苦しくない。
♢♢♢
一口にダンジョンと言っても、種類は様々らしい。採れる資源の種類や量、魔物の種類や数、広さなど、一つとして同じものはないという。
そこで、ダンジョンにはレベル一からレベル六まで六段階の攻略難易度が設定されている。私たちが向かっているのは、レベル四のダンジョンだ。王都近辺で一番難しいところに行きたいと言ったら、そこへ行くことになった。今はそこに向かって馬車に揺られている。
でもガストンは心配なようで、さっきから別のダンジョンに行こうと繰り返している。図体がデカい割に、慎重というか小心者というか。
「なァ、今からでも他のところにしねえか?マリみたいな初心者を連れていく場所じゃねえって」
「私を誰だと思ってるの?どこだって大丈夫よ」
「誰だと思ってるって、冒険者二日目の超初心者だよ」
「冒険者に成りたてってだけじゃない。私は天才なんだから」
「マリが天才だとしても、冒険者パーティーには連携ってもんが――」
「ま、まあ、とりあえず入ってみるだけ入ってみましょうよ。すぐ逃げられるように入り口付近で探索すればいいんじゃないですか?」
私とガストンの言い合いに割り込んできたのは、意外にもレネーだった。しかもさらに意外なことは、私の味方をしてくれていることだ。
レネーからの援護を受けて、私は勢いづいた。
「連携って言ったって、あんたたちは熟練のパーティーなんでしょ?しかも、私を連れていけるほどの高ランク。レベル四ごとき、どうってことないでしょ!」
「おい、レベル四がどれだけ高難易度かわかっていないみたいだが――」
「俺はレベル四をソロで攻略したぞ」
「ほら、アダンもこう言ってるじゃない」
「アダンてめえ、余計なことを言いやがって」
「事実だからな」
誇らしげに腕を組むアダン。よくわからないけど、アダンも私に協力してくれるということでいいだろう。少しは見直したわ。
ガストンの方も腕を組んでいる。そしてその腕をほどいて、頭をグシャグシャと掻き回してから投げやりに言った。
「あー、もう!――ヤバかったら逃げる。ダンジョン攻略の掟だ。それだけは守ってくれよ」
「わかったわ!」
こうして私たちの目的地は定まった。ついに、冒険が始まるのだ。




