第三十一話 公爵領
出発して三日が経った。もう帰路の半分ほどを進んでいるから、行きよりもいいペース。お父様の「計画」では、私が公爵領を出て三週間を目途に、私を改心させて連れて帰るつもりだったらしい。
ということは、お父様が想定していたよりも早く帰還できるということになる。私が依頼した冒険者を従えて帰ってくることと合わせて、二重に驚くことだろう。
前にも思ったけど、この「計画」は、お父様にしては見通しが甘い。ダンジョンに死ぬ覚悟で家を出た私が、その程度の短い期間で気持ちを変えるわけないことくらいわかりそうなものなのに。それだけ私を低く見積もっていたということなのかしら。
まあ、そのおかげでこちらの「計画」を実行する隙ができたと考えれば、特段気にすることでもないけれど。
「で、そろそろあなたたちがお父様に協力した理由を聞かせてもらおうかしら?」
昨日からこの質問を繰り返しても、レネーを含めた四人とも答えようとしない。ジャンによれば、ミスリル級、それも二級と一級ともなれば、小貴族よりも稼ぎがあるという話だ。それゆえ、金銭的な理由ではないと予想している。
気になったことは何でも知りたいタチだから、今はこのことが気になって仕方がない。
そこで、まずはレネーを相手にすることにした。ただ聞くのではなく、メイドとして雇うことを止めることをチラつかせた。早い話、脅したのだ。
すると、レネーは渋々話し出した。
「公爵様は、私たち一人ひとりのことを詳細に調べ上げていたの。要するに、弱みを握られていたのよ」
お父様なら、というか社交界でそれなりの地位にある者なら、そんなことは常套的に行っている。それ自体は何ら驚くに値しない。だけど、冒険者にまでその手を伸ばしていたとは驚きだ。
「それで、レネーはどんな弱みを?」
「言いたくない」
「この期に及んでそれ? 耳打ちでいいから、ほら」
私とレネーの間にはジャンが座っているので、ジャンの前に身を乗り出して、レネーに右耳を差し出した。
いよいよ逃げ場もなくなったレネーは、ため息をついて私の耳元に顔を寄せる。
「ジャンさんには言わないでね。えっと、お金がなくてね、仕方なかったの。それで、私……」
「前置きはよして」
私が強めに言うと、レネーも諦めたのか、さらにもう一つため息をついて続けた。
「その、ツツモタセ、みたいなことをしていたの」
「なにそれ」
ツツモタセ。聞いたことのない言葉だ。
「具体的に何をやってたのよ。そのツツ――」
「あー!」
「馬鹿っ!」
私は思わずレネーを突き飛ばした。
耳元で突然叫ばれれば、誰もがこうした反応をするだろう。耳どころか頭がガンガンと槌で叩かれているような感覚に陥る。
右耳を押さえながらジャンの膝の上に倒れ込んだ私に、レネーは追い打ちを掛ける。
「馬鹿はどっちよ! 耳打ちした意味がないでしょ!?」
「言われてみればそうね。うっかりしてたわ」
「うっかりで済まされちゃあ、世話ないわね」
「もう謝ってるじゃない。どういうことなのか教えてちょうだい」
それから、レネーの身の上話を一通り聞いた。簡単にまとめると、お金がなくて盗みを働いたときに、盗賊団に目をつけられ、強引に仲間に引き入れられた後、そこで男を騙す仕事をしていたという話だった。
男を誘惑し、金品を奪い取るなり、奴隷にするなり、そういうことしていたらしい。私としては、レネーにそんな器用なことができるのかと驚いてしまった。確かにレネーの見た目は悪くないけど、そんなに上手くいくものなのかしら。
レネーの美人局としての働きぶりはさておき、人に話したくないというのは理解できる内容だった。
話終えると、レネーは落ち着いたようだ。居住まいを正してから、何かを思い出したように手を打って、さっきとは違う明るい声音で話し出した。
「それでね、例のそれをやってたとき、レイドさんが私をナンパしてきたことがきっかけで、このパーティーができたんだよ」
「何それ。そんな面白い話をなんで今までしてこなかったのよ」
「いや、聞かれなかったから」
「おい、勝手に話すなよ」
レイドが割り込んでくるが、レネーは気にしていない。レネーはレイドから顔を背けながら、揚々と続ける。
「レイドさんは女たらしでね、色々な女の人からお金をもらって、いわゆるヒモをやって生活してたんだよ」
「レイドについて行く女なんているの? 世の女は間抜けね」
「まあ、女の人も男の人も似たようなものよ。私にホイホイついてくる男もいたんだから」
「それ、自分で言っていいの? ジャンに聞かれたくないとか言ってなかったっけ」
「あ」
しばし時が止まった。レネーが咳ばらいをすると、また時が動き始めた。
何もなかったのだ。そう、何も起きてはいない。レネーは何も言わなかったし、ジャンも何も聞いていない。そういうことにしておこう。
「その後にあまり大きな声では言えないことが色々あって、レイドさんとその師匠であるガストンさんと三人で冒険者パーティーを組むことになったんだよね」
「ほとんど何も話してないけど、何となく察せるわ」
「アダンさんは当時から名を馳せていた若手のホープで、ガストンさんが強引に仲間に引き入れたの」
「よかったわね、アダン。ガストンがいなかったら、ずっと独りぼっちだったんじゃない」
「ほっとけ」
アダンはそっぽを向いた。ガストンがアダンを誘ったのにも何らかの因縁がありそうなものだが、それはまた今度聞こう。なにせ、ガストンは御者台に座っているから。
「レネーの弱みというのは大体わかったけど、レイドとアダンはお父様にどんな弱みを握られていたの?」
「俺はお金を巻き上げた女にお前の所在とかを教えるぞって感じかな」
「俺は妹がいるから、それ関係だな」
レイドのものは想定内のものだった。レイドらしいつまらないものだ。
一方、アダンの答えは曖昧で、よくわからなかった。妹がいるのは初耳だったから、それには多少の驚きを覚えたのだけれど。
「さ、もう今日の宿に着くぞ。この話はおしまいだ」
アダンが切り上げてしまったので、それ以上追及することはできなかった。想像するに、家族である妹に危害を加えるとか、そういうことだったのだと思う。
お父様がそこまでやるかは疑問だけど、それくらいしか思いつかない。ああでもないこうでもないと考えているうちに、私の中で興味が失われていく感覚があった。
♢♢♢
出発から五日目には、フラーム公爵領に入った。現在は夕刻であり、このまま進めば、未明には着く想定である。
とはいえ、そんな時間にフラーム公爵邸に行っても取り合ってもらえないし、そもそも私の体力がもたない。適当な宿に一晩泊まるのがいいだろう。
「――でも、うちの領内でこんな六人でウロウロしてたら目立つわよね。さすがに領民たちは、私の顔を知っているだろうし」
「別々の宿に泊まればいいんじゃない?」
「レイド、あんたそうやって逃げるつもりでしょ」
「いや、逃げるつもりだったらここまで来てないし。逃げようとしたところで、ジャン……さんに止められるでしょ」
「まあ、それもそうね」
レイドはジャンに敬称をつけるのに抵抗があるようで、いつもぎこちない言い方をしている。最初のような生意気な態度がなくなっただけでも、進歩だと思っておこう。
「別々の宿に泊まっても、特にガストンさんなんて大きくて目立つし、見られるだけで公爵様に連絡が行きそうだよね」
「それはさすがに大丈夫だと思うけどね。というか、連絡が言ったところで私たちを止められるわけでもないでしょ。連絡が行っちゃうと、驚かせられなくなるのが残念だけどね」
「そうだね」
レネーもレネーなりに考えてくれている。ただ単にメイドとして我が家に入り込もうとしているだけだと思うけど、そういうところが素直でよろしい。
レネーが急に手をパチンと叩いた。
「何よ、急に」
「別々の宿に泊まるなら、グループ分けしないとじゃない!?」
「グループ分け?」
「そう! 誰と誰が一緒の宿に泊まるか――」
数秒後のジャンの提言によって、男女で分かれることになった。
男女で分かれれば、ジャンが男三人を見張り、私がレネーを見張るという体制が取れる。レネーのか弱き論理では、この合理的な提案を退けることはできなかった。




