第三十話 早めの帰郷
ついに三人を見つけた。茂みの影からその様子を窺うと、案の定三人とも表情が暗い。これまで見てきたのとは正反対の姿に、自然と笑いが零れてしまう。
「うふふ。ちょっと笑いが堪えられないわね、これ」
暗がりでわかりづらいが、ジャンもいささか柔らかい表情を浮かべているように見える。
「さて、どうやって――」
「おい、さっきのやつか? 早く出てこいよ」
ジャンが何か言いかけたとき、アダンの声がそれを遮った。さっきまでとは打って変わって、ジャンは驚きに目を丸めている。
「今行く!」
ジャンが飛び出していくのを見送った。
「あれ、仲間は?」
アダンの疑問は当然のものだ。仲間を連れてくると言ったのに、ジャンの後ろにはそれがいないのだから。
いや、アダンならジャン以外に二人の人間がいることくらいはわかっていたはずである。つまり、今のアダンの質問は、そこに隠れている二人は何をしているのかという意味だろう。
「ちょっと恥ずかしがっててな。――ほら、来いよ」
ジャンもアダンの質問の意図を理解していたみたいだ。ちょっと無理矢理な言い訳ではあったけど、十分通じるものだと思う。
さて、どうやって登場したものか。せっかくの大事な場面なのに、いい台詞を考えてこなかった。
とはいえ、ここで長く考え込んでは三人に怪しまれるし、最悪の場合にはレネーに先を越されるかもしれない。ここは、勢いで飛び出してしまおう。
「ちょっと助けてもらいたいのだけど」
咄嗟に思いついた台詞を言いながら、私は三人に姿を晒した。私とレネーのことを助けられなかった三人に対して、少し皮肉を聞かせた台詞で、我ながら悪くないと思う。
絶句。三人は一様に言葉を失っていた。
「滑稽な顔ね」
「裏切者には罰を!」
レネーも陰から飛び出てきて、私の横に並んだ。
「レ、レネー……」
アダンのか細い声が聞き取れた。私を見たときには何も言わなかったのに、なぜレネーのときには声を上げたのか。
「ちょっと、なんでレネーだけに反応するのよ」
「……レネーは死んでると思ってたから」
「まあ、それは私も思ってたけど」
「二人して何なんですか!? 仲間の生存を信じてくださいよ!」
レネーが叫ぶと、三人はギョッとしたような顔を浮かべていた。ギョッとするのではなく、今のは笑うところではないかと思うのだけど。
「レネーってそんなキャラだっけ?」
黙っていたレイドが初めて口を開いた。
それによって、さっきの三人の反応の意味が理解できた。三人はこうしたお茶目なレネーの姿を見たことがなかったのだ。
「で、何の用なんだ?」
逃げ出す素振りを少しも見せず、私の目を見据えてガストンが言った。開き直りというか、諦めというかそういう類のものを感じさせる瞳だった。だが、初めて会ったときに感じたぎらつく野心は失われていない。
「レネーからお父様の話は聞いているわ。だから、私はお父様に反旗を翻すつもり。あなたたち三人にはそれを手伝ってもらいたいの」
「こうやって見つかっちまった以上、それしかないだろうな」
「あら、意外と冷静なのね」
金髪とチビを引き連れて大男が街を出て行ったという証言がいくつもあったから、ガストンは逃亡にこだわりがあると思っていたのだけど、そうでもないらしい。
「ふん。マリの三倍近く生きてんだ。引き際くらい弁えてる」
「それなら話が早いわ。事情は帰りがてら説明するから、とりあえずついてきなさい」
「相変わらず自分勝手だなァ」
「自分勝手じゃない人間なんていないわ。――さ、立ちなさい」
三人が逃げ出すとはこれっぽっちも思えなかったから、私は一度も振り向くことなく森を出た。
♢♢♢
もう夜が深くなっていたけど、私たちはそのままフラーム公爵領に向けて出発することを決めた。わざわざこんな時間から移動する馬車なんてものはなかったので、今回はお金を積んで無理矢理走ってもらう。
高額な報酬をもらって、さらにミスリル級冒険者五人に警護してもらえるなんて、私からの依頼を受けた御者はついている。私の依頼を断った御者が、盗賊に襲われないことを祈るばかりだ。
馬車に乗ってかれこれ二時間ほど経っている。夜明けまで走って次の街に着いたら、そこで休憩を挟む予定だ。
六人乗りの馬車に六人で乗っているせいで、今まで経験したことないほど馬車内が狭い。特に、ガストンなんて成人男性二人分くらいのスペースを使っているから、実質七人で乗っているようなものだ。
ちなみに、三人が対面する形で六人が座っている。進行方向左側に前から私、ジャン、レネーの順で座り、反対側に前からガストン、レイド、アダンだ。
「ガストン、あなたがいるだけで圧迫感がすごいんだけど」
「じゃあ、俺を逃がしてくれればいいだろ」
「御者の横が空いているでしょ」
「一理ある、のか……?」
というわけで、ガストンは御者の隣に乗ることになった。反論材料を失った大男の末路である。
ガストンが外に出るようになったころには、私の眠気は頂点に達していた。ガストンがいなくなったことによる解放感と相まって、私はそれに抵抗することが――
「起きて、マリちゃん」
「何よ……」
もう数秒で気持ちよく眠れただろうに、レネーが私の頬を突っついて起こしてきた。
「盗賊が出たみたい」
「間の悪い盗賊ね。早く全員捕まえるなりなんなりしちゃってよ」
眠かったこともあり、私は投げやりに答えた。
この馬車に乗り込んだ当初は盗賊がどんなものかという多少の興味はあったけど、今はそんなことよりも睡眠の方が大事だ。
眠い。とにかく眠い。盗賊はみんなに任せて、私は寝てしまおう。そう思ってジャンの方に寄り掛かろうとしたら……ジャンがいない。
「え、ジャンはどこに行ったの?」
「ここだよ」
「どこから入って来てるのよ!」
私の言葉に応えるように、ジャンは窓から馬車の中に入って来た。寝ぼけている間にジャンが隣からいなくなったかと思ったら、窓から入ってくるという理解不能な事態に陥っている。
「何が起きたの、これは」
「盗賊を倒しに行ってた」
「それで走ってる馬車の窓から出入りするのは、どうかと思うけどね」
「倒せればそれでいいだろ? 急いでるんだから、馬車を止めるのももったいないし」
「それもそうね」
ジャンに押し通される形で、なんとなく納得してしまった。
「で、盗賊はどうしたんだよ」
私が黙ると、すぐにレイドが口を開いた。機会を窺っていたのかもしれない。レイドからジャンに話しかけるところは初めて見た。
ジャンが倒しに行ったから、盗賊はもう倒されているはずだ。一体、どういう意図の質問なのかしら。
「倒しに行って何もせずに帰ってくるわけないだろ。ちゃんと倒したよ」
「この短時間で? そんなの無理だろ」
「できるさ。馬車の上から風魔法で斬撃を飛ばせば、盗賊くらいそれで終わりだ」
「は、はあ? お前いい加減なことを――」
揺れる馬車の中で、レイドが立ち上がった。それを落ち着かせるように、アダンが言った。
「レイド、事実だ。盗賊の気配はもうない」
「嘘、だろ?」
ガストンやレイド、レネーは、アダンの索敵能力に厚い信頼を置いている。そのアダンから言われてしまえば、つまらない反論をする気も失ってしまうというものだ。
「ジャンはあなたなんかと比べ物にならないほど優秀な剣士なのよ」
レイドからの反論はなかった。自分ができない芸当をいとも簡単に成し遂げたジャンに対して、これ以上どうこう文句をつけるほどレイドも落ちぶれていないらしい。
再び静かになった馬車内。忘れかけていた眠気が戻って来て、私はジャンに身体を預けた。
三十話くらいで書き終わるかと思ってたんですけど、意外と長引いています




