第三話 冒険者登録
城壁内に入って、一時間ほど経った。いまだギルドとやらは見つかっていない。
そもそも、ギルドが何かわからないのに、それを一人で探そうとしたのが無謀だったのかもしれない。家庭教師の授業を真面目に受けていれば、ギルドが何かを知ることができていただろうか。いや、そんなタラレバを考えるのはよそう。
「ど、どこなのよ……」
ボヤキながら人混みの中を行く。王都には小さいころに一度来た以来で、街並みに覚えはなかった。
日ごろの運動不足のせいか、ヒールの高い靴のせいか、はたまたその両方のせいか。足が痛んで歩きづらい。
「くっ。でも、あいつに聞くよりは痛い方がまだマシよ。絶対にそう」
自分に強く言い聞かせ、ギルド探しを続ける。
「ギルド、ギルド……」
ギルドと書かれた看板がないか、上を見上げて一つ一つ確認していく。
「ギルド、ギルド、ギルド……」
もう何回ギルドと言ったかわからない。ずっと上を向いていて、首が痛くなってきた。一度休憩を――
ドンッと体の正面に衝撃を感じた。何かにぶつかったようだ。尻もちをつく。
「おっと、ごめんね。お嬢さん」
そんな声が聞こえて、そっちの方をキッと睨みつける。そこには、金髪を顎辺りまで伸ばした若い男が立っていた。いけ好かない髪型だ。こちらを窺うような目も気に入らない。
状況から推察するに、この気に入らない要素の集合体がぶつかってきたようだ。
こちらに差し出していた手を払いのけ、立ち上がる。一言文句を言ってやらないといけない。
「どこ見て歩いてたのよ!」
「えっ、えええ。君だってよそ見していたからぶつかったんだろう?こっちから謝ったっていうのに、それはないんじゃないかな?」
「私に土をつけるなんて、国を追われても知らないわよ!」
「こっわー」
言ってから気づいた。私に土をつけたって、別にそこら辺の女の子につけたって、変わりはないのだ。家を出た以上、その権力を借りることはできないのだから。
でもまあ、家から籍を抜いたわけではないし、本気で頼めばこの男を国から追い出すことくらいできるかもしれないけれど。
「お前は立っているのに、嬢ちゃんは転んでいる。状況を見ればお前から謝るのは普通だし、その謝罪に対してお嬢さんが何と言おうと、お前が文句を言う筋合いはないと思うがなァ」
金髪の男の後ろから大柄な男がやって来て言った。金髪の男も小柄ではないと思うが、この男が隣にいると小さく見える。高さは頭一つ分、横幅は二倍ほどあるだろうか。
髪は茶髪で、強いカールがかかっている。一部白髪が混じっているし、それなりの年齢だと思う。同じく茶色の瞳からは、歳に似合わぬ野心を感じ取ることができた。
「ごめんなァ、嬢ちゃん。今回だけは許してやってくれねえかな?……あ、自己紹介を忘れてたな。こいつはレイドで、俺はガストン。二人とも冒険者やってんだ」
「……冒険者?」
これはついている。この二人の跡をつけて行けば、ギルドとやらに辿り着けるかもしれない。
「嬢ちゃんみたいに綺麗なカッコしてる人は知らねえかァ?魔物退治したり、用心棒やったり、薬草採ったり、ときにはダンジョン攻略したりする自由人のこったァ」
「そのくらい知ってるわ。私だって冒険者だもの。――今日から」
「おっと、今日から後輩だったか!じゃあ仲良くしようぜ。俺の名前はガストンだ」
「それはさっき聞いたけど……」
再びの自己紹介とともに、ガストンは右手を差し出してきた。握手をしようということだろう。本当はこんなむさ苦しいおっさんと握手したくはないのだけれど、これからの同業者に目をつけられるのも問題だ。今は手袋をしているし、握手したあとでこの手袋を捨てればいいか。
「よろしく」
「よろしくな!――ほら、お前も挨拶しとけ!」
ガストンに促されて、金髪男が前に出てきた。さっきガストンに紹介されたけど、名前は何だったかしら。
「俺はレイド・アベラール。さっきはごめんね、お嬢さん」
レイド、そんな名前だった。そのレイドとも握手を交わす。本当はそのまま手を燃やしてやりたかったけど、何とか自分を抑えた。
「私はマリよ」
さっきからお嬢さんとか、嬢ちゃんとか言われていたのが癪だったので、こちらも名乗っておいた。
「マリね、いい名前じゃねえか。家名はないのか?」
「あなただって、家名を名乗っていないでしょう?」
「俺は家を抜けちまって、名乗る家名がないからなァ」
「家を抜けた?」
「そうそう。こいつ、こんな見た目で元は貴族のボンボンなんだ。で、その実家を飛び出してきちゃったんだよね」
私とガストンの会話にレイドが割り込んできて、情報を補足した。人のことをこうベラベラ喋る輩とは、お近づきになりたくない。
「なら、私と同じね」
「同じって、マリも貴族の実家を出てきたのかい?」
レイドが話に食いついてくる。両親以外にマリと呼び捨てされたことはなかったし、むず痒い感覚がした。
「どうりでそんな綺麗な身なりをしているなんだね」
「そうよ」
「そうよ、って……」
綺麗な身なりをしているのは事実なのに、それを認めたらレイドに怪訝な顔をされた。鬱陶しい髪型をしていると、鬱陶しい性格になるのかしら。鬱陶しい性格だから、鬱陶しい髪型をするという可能性もあるわね。
「こんなところで立ち話も何だし、ギルドに行かねえか?俺たちの仲間も紹介したいしよ」
「いいわね」
私はガストンの提案に乗った。別にこの二人の仲間に興味はないけど、跡をつけなくてもギルドに行けるならその方が楽だからね。
♢♢♢
ガストンとレイドについて行くと、整然とした街並みに突如として異国風の建築物が現れた。カブや玉ねぎを逆さにして置いたような屋根が特徴的である。
「さァて、ここが冒険者ギルドだ」
「ここが?」
どうやら、この奇妙な建物がギルドなるものらしい。この美しい街並みに、何をどう間違えたらこんなものをつくれるのかしら。およそ正常な美的感覚を持つ人間の所業ではない。
「変な形だよね。聞くところによると、自由の象徴として、こんな街の景観を破壊する見た目にしたらしいよ」
レイドの説明を聞くと、途端にこの不思議な建物に対して、親近感にも似た肯定的感情が湧き上がった。
「おいおい、そんな話聞いたことねえぞ」
「え、そうなの?」
「ごめん。適当に言った」
ガストンによって、今の話がレイドの嘘っぱちだったことが明らかにされた。この男は何がしたいのか本当にわからない。存在そのものが私の精神を逆撫でするようだ。
「燃やすわよ?」
「ごめんってば」
レイドの反応に違和感を覚えた。つい口が滑ってしまったけれど、「燃やす」という脅しはあまり一般的じゃないはず。それなのにレイドは聞き返すこともなく、ただ謝るだけだった。私が炎魔法の使い手だと知っているの?それとも、ただ適当に謝っただけかしら。
「まあまあ、とりあえず中に入ろうぜ。マリの登録も済ませた方がいいだろ」
「登録?」
「その様子じゃまだのようだな。中で説明してやろう」
ガストンに促され、ギルドの中に入った。その瞬間、むわっとした空気に包まれる。砂や土の匂い、植物の青臭さや獣臭さが入り混じったような感じだ。少なくとも、いい匂いとは言えない。腰に付けたポーチに入っている香水をばら撒きたい衝動に駆られる。
目に染みるような匂いに目を細めながら、中の様子を窺う。まず目に付くのは、正面の大きなカウンター。そこには、受付嬢と見受けられる者が六人座っている。一番右のカウンターは少し奥まっていた。
建物の内部は木や石の建材が剝き出しで、無骨な雰囲気がまさに冒険者の根城といった感じである。
「登録ってのはなァ、冒険者登録のことだ。その登録をしない限り冒険者を名乗ることはできないし、ギルドを介して人々の依頼を受けることもできない。ダンジョンに入る許可も下りないぞ」
「ご丁寧にありがとう」
「お安い御用だ」
少々上から目線なところが気になるけれど、ガストンはいい人だ。レイドなんかと一緒に行動しているのが不思議なくらい。
「登録はあのカウンターだから、行ってくるといいよ」
「本当でしょうね?」
レイドが一番右の奥まったカウンターを指さしながら言った。
さっきの一件があって、レイドの言うことは簡単には信じられない。
「ああ、本当だぞ」
ガストンのお墨付きを得てから、私はカウンターに向かった。私がそばを離れてから、ガストンとレイドはコソコソ話しているみたいだけど、きっとガストンがレイドの態度を注意しているのだろう。
登録はつつがなく済んだ。フルネームを書いたとき、受付嬢の顔が一瞬強張ったのが面白かった。私が公爵令嬢のマリ・フラームだとわかったらしい。
「登録作業は以上になります。お疲れさまでした。では、こちらが銅級のプレートになります」
「銅級?」
何か聞き間違いかもしれないと思い、反射的に聞き返した。
「はい。先ほどご説明申し上げた思いますが、登録したばかりの冒険者の方はみなさん銅級になります」
「私が、銅?」
「誰もが平等に銅です」
受付嬢はきっぱりと言った。しかし、その額にはじわりと脂汗が滲んでいる。公爵令嬢に言い返すなんて生きた心地がしなかったろうに、そこまでの覚悟で仕事をしていることに感銘を受けた。それに、特別扱いされないのこと自体も面白かった。
「そう。ありがとう」
私の言葉に、受付嬢は笑顔で応えてくれた。自分の頬も緩むのを感じたが、直後には元に戻っていた。それどころか、硬く固まったような気さえした。
ありがとう、とこれの前に言ったのがいつだったか。それを思い出せなかったからだ。
とりあえず、初日三話投稿です。
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