第二十九話 再会
ジャンは街道のど真ん中で私たちを荷車から降ろした。辺りに人影はない。
「間近って言ってたけど、どこにいるの?」
「森の中だ。馬車での移動じゃなくて、徒歩でコソコソ移動するのを選んだみたいだな」
「へえ、そう。――なら、早いところ捕まえちゃいましょ」
私が左手にある森の方に歩き始めると、ジャンに肩を掴まれる。
「何よ」
「索敵が得意なやつがいるんだろ? バレたら逃げられるかもしれない。びっくりさせるなら、俺に作戦があるんだ」
「確かに、アダンさんの索敵は天下一品ですからね。何かしら対策を講じないと」
レネーは自然と話に割り込んできた。図太さは私を超えているかもしれない。
と、それはさておき――
「あなた、アダンにも敬語だったのね」
「私の方が年下だし、アダンさんって凄腕冒険者だからね」
「え、アダンの方が年上だったの。あんなに小さいのに」
凄腕冒険者という言葉も引っ掛かかったけど、それよりもレネーよりアダンの方が年上だと言うことの方が気になってしまった。
「そんなこと言ったら怒るわよ、アダンさん。――あれ、待って。アダンさんより私の方が年上に見えてたってこと?」
「まあ、そういうことになるわね」
「それって、私が老けてるってこと!?」
悪魔のような形相になり、レネーは私に掴みかかってきた。両肩をがっしりと掴み、ガクガクと私のことを前後に振る。私は堪らずレネーを突き飛ばした。
「ちょっとやめなさいよ、鬱陶しい。気にしすぎだって」
「気にしたくなる年頃なのよ」
「そう」
レネーはうな垂れてしまった。私は何と慰めていいかわからず、とりあえず放って置くことにした。時間が解決してくれるだろう。
「で、作戦の話していいかな?」
レネーが静かになったところで、ジャンは切り出した。
ジャンも乗り気になってきたみたいで、私は嬉しくなった。悪い笑みを浮かべているのを見ると、こっちまでそんな顔になりそうになる。頬を押さえて、私は口角が上がるのを防いだ。
話を聞くと、ジャンの作戦はごくごく単純なものだった。まずは顔の割れていないジャンが先行して三人に接触、仲間を紹介するという口上で、私とレネーをそこに連れて行くというものだ。
索敵に引っ掛かったとしても、自分だけなら逃げ出される前に三人のところへ辿り着けると、ジャンは自信満々に言っていた。さっきの走りを見れば、それにも頷ける。
♢♢♢
俺は自分にいくつかの魔法をかけ直す。全ては移動速度を向上させるためのものだ。夜の森は走りづらいからそこだけが心配だが、何とかなるだろう。
「じゃ、行ってくる」
「気をつけなさいよ」
「行ってらっしゃいませ!」
マリとレネーを森のすぐそばで待機させて、俺は森に駆け出した。案の定、草や苔、木の枝などのせいで走りづらい。が、脚をしっかり上げて走れば、転ぶようなこともなさそうだ。
臭いを追跡する魔法のおかげで、暗くとも向かうべき場所はわかる。一分ほどで、三人が野営しているキャンプが確認できる場所に着いた。
何かを話しているのが確認できる。逃亡計画についてだろうか。耳を澄ましても内容までは聞き取れないため、風魔法で音を自分のところまで運ぶ。
家を追い出されてすぐのときは、こうして会話を盗み聞きして、自分に役立つ情報を集めたもんだ。盗みに入るときとか、特に重宝して……
いやいやいや、そんなことはどうでもいい。せっかくバレていないみたいなんだから、ちょっと情報を聞かせてもらおうじゃないか。マリの前では言いづらいようなことを話しているかもしれない。
と思ったんだが、聞こえてくるのは公爵の「計画」に関わったことへの後悔の念か、思い出話のどちらか。有益そうなものはない。
いつまでもマリとレネーを待たせるわけにもいかないし、そろそろ三人の前に出て行くか、と立ち上がったときだった。
「人生、思った通りには運ばないもんだなァ」
大柄な男――マリの話では、ガストンという名前だった――が、そう漏らすのが聞こえた。
「ああ、全くその通りだよ」
俺が最近思ったことと同じことだったこともあり、俺は立ち上がった勢いで声をかけてしまった。
「誰だ!?」
ガストンがこちらに顔を向ける。しっかり目が合う。険しい目つきをしていることから、警戒されていることがわかる。
やってしまった。いきなり話に割り込むという最悪な登場をしてしまった。ここからどう挽回したものか。とりあえず、高圧的に出てはまずい。反感を抱かせては、さらなる警戒に繋がってしまうだろうからな。
俺は両手を挙げて武器を手にしていないことを表明しながら、努めて弱そうな口調で言った。
「あ、怪しい者じゃないんだ」
「いや、怪しい」
アダンと思われる小柄な男が、ジト目を向けながら言った。
俺のことを怪しいやつ呼ばわりしているのに、誰も立ち上がって逃げ出すような姿勢を取らない。武器に手を伸ばしもしていない。
俺の弱そうなやつの演技が効いている証拠だろうか。それとも、いざとなれば三人がかりで俺を殺せると思っているからだろうか。
いずれにせよ、最初よりも警戒心が弱まっているように思える。油断を誘えているはずだ。畳みかけるなら今しかない。
「俺はここら辺の村人なんだが、ここ最近、森で魔物の動きが活発でな。それで、森の見回りをしているんだ」
「そんな貧相な格好で、しかも一人でか?」
ガストンの指摘はもっとも何だが、貧相な格好と言われると、少々頭に来る。しかし、ここでムキになってはいけない。
「まさか! あんたの言う通り、こんな貧相な格好で一人なわけがないじゃないか。仲間はいる。だけど、魔物に襲われている間に森で迷ってしまって……」
「確かに魔物は多かったな」
「だ、だろ? それで、森から出れなくなってるんだよ。助けてくれないか?」
ガストンは腕を組んで難しい顔をしているし、レイドとアダンは俯いている。
まあ、当然の反応だ。俺に関わって時間を取られれば、逃亡にかかる時間が増える。そうなると、逃亡失敗の確率も高まるだろう。
何か一押しが必要かと思ったときだった。
「ガストン、いいんじゃないか? 村に送り届けるくらいならすぐに終わるだろ」
「まあ、アダンがそう言うなら」
そう言ったのは、アダンだ。顔を伏せていたから、話を聞く気すらないのかと思っていた。だが、食いつてくれたのならなんでもいい。
「い、いいのか?」
「人助けなんて、やればやるほどいいからな」
アダンの台詞は予想外のものだった。マリとレネーを置いて行ったと言うから、非情なやつらだと思っていたんだが、意外といいやつなのかもしれない。
「これはありがたい。じゃあ、ここまで仲間を連れてきてもいいか?」
「いいけど、一人で大丈夫か?」
「あ、ああ。仲間はすぐそこで待ってるから、呼んでくるよ」
「そうか」
そのやり取りを最後に、俺は踵を返してすぐにマリとレネーの元に戻った。
「やっと帰ってきたわね」
「ジャンさん、お帰りなさい!」
「で、あいつらはいたの?」
戻るや否や、矢継ぎ早にマリとレネーから言葉が飛んでくる。
「いたいた。数百メートル先だから、ちょっと歩くことになるぞ」
「さっさと行きましょ。驚いた顔が早く見たいわ」
「楽しみです!」
「お、おう。――こっちだ」
さっきの五倍ほど時間をかけて、三人のキャンプのすぐそばまで行った。
そこから発せられる焚火の明かりを見て、マリも到着を悟ったようだ。
「あそこの明かりね?」
「そうだ」
「うふふ。ちょっと笑いが堪えられないわね、これ」
マリが愉快そうなのを見て、俺もつられて頬が緩む。
「さて、どうやって――」
「おい、さっきのやつか? 早く出てこいよ」
どうやって登場していくかをマリに相談しようとしたとき、先にアダンに声をかけられてしまった。索敵が得意だというのは、嘘じゃなかったらしい。
「今行く!」
それだけ答えて、俺は三人の眼前へと躍り出た。三人は不思議そうな顔をしている。
代表するように、アダンが口を開いた。
「あれ、仲間は?」
「ちょっと恥ずかしがっててな。――ほら、来いよ」
振り返って、俺はマリとレネーを呼んだ。
「ちょっと助けてもらいたいのだけど」
何とも皮肉な台詞とともに、マリはその姿を現した。




