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第二十七話 脱出と追跡

 結局、多大な労力を割いたにもかかわらず、俺はミスリルの扉の先で何も手にすることはできなかった。人生はそう思った通りに運ばない。

 そのため、ジュエルム大空洞における俺の手柄と言えば、まだ報告されていない隠し通路を発見したことくらいだ。もちろんこの程度では、オリハルコン級に上がることはできないだろう。客観的に見ても、「偉業」とは言い難いからな。

 だから、ダンジョンに入ったばかりの俺がこの結末を知れば、絶望し、愚かにもつまらない復讐のためだけに生きることを決意していたはずだ。

 

 しかし、たった今ダンジョンを出た俺は違う。オリハルコン級になることも諦めないし、親父への復讐だって諦めない。両方を取りに行く。

 こんな決断ができたのも、マリのおかげだ。視野狭窄に陥っていた俺の視界を切り開いてくれた。やりたいことをやればいいと教えてくれた。

 マリとの婚約然り、今回のダンジョン探索では、【デュランダル】なんかよりよっぽど素晴らしいものをたくさん手に入れることができたと思う。やはり、人生はそう思った通りに運ばない。

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 ダンジョンを出る道すがら、あの赤髪の男の死体を見た。自分でも意外だったのが、間接的に私が殺してしまったことに申し訳なさを感じたことだ。あいつに腹が立ったのは事実だけれど、さすがに死んでしまったとなると居たたまれない。

 また同時に、この男の存在は、私の復讐心が思いのほか強かったことを教えてくれた。なぜなら、お父様が死んでしまったとしても、同じように居たたまれなくなるとは思えなかったからだ。

 けど、そのこととお父様を死なせてしまうのは別問題だし、そもそも「計画」にお父様の殺害は含まれていない。単純に、私は改めてお父様への復讐に専心しようと思った。

 

 外に出ると、太陽はまだ沈んでいなかった。低い位置ではあるけど、まだ街を照らしている。ダンジョンに入ってから、思ったよりも時間は経っていないみたいだ。

 

 「もう真夜中にでもなっているかと思ったけど、そうでもないわね。――あれ、日を跨いだってことはないわよね……?」

 「ないない。俺は夜になったら自然に眠くなるから、俺が一度も眠くなってないってことは、日を跨いでないってことだ」

 「そう。意外と子供っぽところあるのね」

 「規則正しい生活を送ってるってことだよ」

 

 ジャンのかわいらしい言い訳は聞き流しておいた。男には男のプライドがあるだろうから、余計な詮索はしない方がお互いのためだ。

 ダンジョンの出入口で立ち止まっているわけにもいかないので、脇に避けて、これからについての話をすることにした。

 

 「それで、すぐにでも計画を実行する?」

 「俺は構わないぞ」

 「け、計画……?」

 

 ジャンは今からでも「計画」を実行することに異存はないようだ。気を失っている間に「計画」の話をしていたので、レネーは知る由もない。

 

 「じゃあ、まずはあのバカ三人を捕まえないとね」

 「あのって言われても、俺は顔もわからないんだけどな」

 「確かにそうね。でも、お父様に対して突き出すのにいい証拠だから、きっちり確保しないとダメよ」

 「わかってるって」

 

 この辺りは何度も話したけど、改めて確認した。

 話を聞いているだけのレネーは、ぶすっとした表情でこちらを見ている。

 

 「お二人だけ楽しそうでいいですねえ」

 「レネーのことも証拠として突き出してあげるから、それを楽しみにしておくといいわ」

 「え、私も……?」

 「あなただってお父様の計画に加担したんだから当然でしょう」

 「そんなあっ……」


 レネーは顔を青くした。下手をすれば、犯罪者として裁かれかねないわけだし、そんな反応になるのもわかる。

 

 「どうしよう、お嫁に行けなくなっちゃう」

 

 レネーは頭を抱えて、深刻そうに言う。最初に出てくる悩みがそんなことだなんて、案外悩んでいないんじゃないかと思えてしまう。


 「それって心配するところ? まあ、どうしても行くところがなければ、うちでメイドにしてあげるわ。お父様のせいでこんなことになったわけだしね」

 「本当!? 公爵家のメイドなんて、安定した高給取りじゃない! それなら、お嫁に行ける可能性も残るわね。公爵令嬢なら、言ったことを違えないでよね!」

 

 余計なことを言わなければよかった、とこれほど思ったことは初めてだ。

 レネーは指折り数えて何やら計算を始めたけど、こんなに現金な人はお嫁に行けなくたって十分幸せに生きていけるんじゃなかろうか。

 

 「こうして私の身の安全も保証されたことですし、早くあのバカどもを捕まえに行きましょう!」

 「恐ろしいくらい変わり身が速いわね」

 

 最初のころは、レネーはあの三人への義理立てとして、復讐や裏切りというのを避けているのかと思っていたけれど、それは違った。単に、自分の保身を考えていただけなのだ。

 そのことで、私はレネーを批判する気はない。私とレネーは欲望に素直という点で非常に似ていて、レネーを批判することは私自身を批判することのように思えてしまうからだ。

 

 「変わり身が速いとか言わないで、臨機応変って言ってよね」

 「はいはい」

 

 ものは言いようだ。でも、こんなふてぶてしいレネーを、私はどうしてか嫌いになることができなかった。

 

 「でも、三人が逃げてから相当時間が経ってるでしょ? 捕まえる手立てはあるの?」

 

 レネーの疑問も最もだけど、そこは考えてある。私が考えたわけじゃないし、私が実行するわけでもないけどね。


 「まあ、待ってなさい。そこはジャンが上手くやってくれるみたいだから」 

 「ジャンさんなら、何でも上手くやってくれそうね」


 ジャンへの信頼が強すぎる気がしないでもないけど、未来の夫が人から信頼されているのは悪くない気分だ。

 

 「三人を見つけた。東の国境に向かっているみたいだ。狙いは国外逃亡ってとこか」

 「ええ!? もう見つけたんですか!?」

 「ああ。臭いを追う風魔法を使えば、すぐだよ」

 

 私とレネーがつまらない会話をしている間に、ジャンは着々と自分の仕事をこなしていたらしい。レネーのわざとらしい反応が鬱陶しかったけど、話が逸れるのを避けるために、口出しはしなかった。

 ジャンが三人を発見するために使ったのは、さっき言っていたように、臭いを追う風魔法だ。アダンが投げた閃光玉の残骸からアダンの臭いを特定し、それを追ったのだ。

 ジャンが計画・実行した作戦だけど、ここまで上手くいくとは思っていなかった。これはジャンに感謝せねばなるまい。

 

 「ありがとう、ジャン」

 「計画には必要なことをやったまでだ。場所がわかったんだから、さっさと捕まえに行こう」

 「そうね。――でも、ちょっとお腹が減ったわ」

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 私たちは酒場で軽食を済ませた。と言っても、暢気にただ食事をしていたわけではない。情報収集も兼ねて、あえて酒場での食事を選んだのだ。

 酒場の場所は、ガストンたち三人が通ったであろう街の北口付近。ここならば、街から出て行く三人を見た人間がいるかもしれないと考えた。

 そして、その予想は大当たりだった。

 

 「ああ、見たぜ。顔を真っ青にした大人二人と子供一人をな」

 「それなら俺も見た。先頭のデカい男がすごい顔して走ってたから、ちょっとビビっちまったよ」

 「真ん中の金髪はいけ好かねえ髪型してたよな」

 「そうそう。子供の方は、陰が薄くて、どんなのだったか思い出せないけど」

 

 こんな情報を何人もの客から得ることができた。子供と言われているのはアダンだろうけど、これだけ多くの人に子供だと思われていたのは、少しかわいそうではある。

 

 「お嬢ちゃんたちぃ、一緒に飲もうや」

 

 こんな輩にも幾度となく絡まれたけど、髪か髭かお尻に火をつければ、一目散に逃げて行くような腰抜けしかいなかった。

 

 得た情報では、三人を見かけたというのは二時間から三時間前というのが大半で、国境まで乗せてくれる馬車を探していたところを見たというのもあった。

 馬車で逃げたとしても、国境までは三日はかかるはずなので、余裕をもって追いつけるというのがジャンの見立てだ。

 

 「腹ごしらえも終わったことだし、すぐにでも出発しましょ」

 「そうだな」

 「行きましょう!」

 

 ジャンとレネーは、元気よく私に応えた。レネーは元気がよすぎて少し困る。

 

 「ちょっとレネー、ジャンにくっつきすぎよ」

 「えー? 未来の公爵に愛人の一人や二人がいたって――」

 「燃やすわよ?」

 「冗談だってば……」

 

 レネーの弁明を退けるようにローブを翻して、太陽に代わって月が空を照らす外に出た。雲一つない、星の綺麗な夜空だった。


みなさまが穏やかな日々を送れますように

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