第二十六話 デュランダル
白い巨大石像は、このドームの中央に仰向けで寝ている。近づいても、起き上がってきたりする気配ない。こんなのが動いたら大変だから、今度は間違っても触らないようにしようと固く決意した。
とはいえ、こんなに立派な石像を見たことはないし、石像にしては珍しいポーズをしているので、ついつい見入ってしまう。
石像の足は天井を向いているが、足だけで私よりも大きい。二メートルくらいはあると思う。それから頭の方へと歩きながら、つぶさに観察していく。
さっきの【ゴーレム】は石を組み合わせて作られたような見た目で、継ぎ目がはっきりと見えた。しかしこの石像は表面が滑らかで、例えるなら石膏のような質感だ。つるつるしていて触りたくなる見た目をしているけど、ここは我慢しなければならない。
一通り間近での観察を終えた。今度は少し離れて、石像全体を視野に入れてみる。巨大化した人間をそのまま石膏で固めたかのような見た目だ。
「ん、あれって……」
石像から距離を取ると、視界の右端に何か祭壇のようなものが見えた。今まで石像に気を取られていたせいで気づいていなかった。そちらへ視線を移すと、白一色なせいで凹凸がわかりづらいが、確かに祭壇らしきものがある。
祭壇はミスリルの扉の真反対にあり、ここからでもそれなりの距離だ。一人で赴くのは得策でないと思われた。
「そろそろ息は整ったかしら?」
ジャンとレネーがいるミスリルの扉前まで戻り、二人に声をかけた。返事はなかったけど、話を聞く意思がありそうだったので続けた。
「面白そうなものを見つけたのよ。早く行きましょ?」
「歴史的発見だといいなあ。そうすれば、俺はオリハルコン級に上がれるんだけど」
ジャンは上を向きながら、ボヤくように言った。
休憩中にジャンとレネーから聞いた話では、ミスリル一級までは魔物の討伐数などの評価基準を満たせば上がれるが、その上のオリハルコン級に上がるには「偉業」を成し遂げなければならないという。
「偉業」というのはギルドの完全なる独断で、ジャンが今までにしてきた三度の申請は、ことごとく説明もなしに却下されているという話だった。ジャンは、そのせいで冒険者として生きていくことに嫌気が差してきたとも話していた。
だから今回の挑戦でオリハルコン級に上がれなければ、冒険者はきっぱり辞めて、オレアン伯爵への復讐に身を捧げるんだとか。やりたいことをやればいいし、私はジャンが決めたことにケチをつける気はない。
「じゃあ、なおさら早くそれを確かめに行かないと」
「そうだな。――でも正直、今回オリハルコン級に上がれなくてもいいと思ってるんだ」
「え、何よそれ」
予想外の言葉だった。これまでの話を聞く限りでは、ジャンはかなりオリハルコン級に執着していると思っていたのに。
「どういう風の吹き回しなの?」
「マリを見ていて思ったんだ。やりたいことは何でもやればいいじゃないか、ってね」
要領を得ない答えだ。やりたいこととは、何を指すのか。
「どういうことよ」
「オリハルコン級への昇級もするし、復讐もするってことだよ」
「ずいぶん急な心変わりね。――でも、それは大歓迎だわ」
私は今後も冒険者を続けたいし、お父様への復讐もしたい――私の計画では、お父様への復讐は、オレアン伯爵への復讐にもなる――から、ジャンの決断は願ったり叶ったりだ。
「さ、早く行きましょ」
「おう」
座っているジャンに手を差し伸べて、引っ張り起こした。思ったよりもごつごつと節立っていて、まさに剣士の手という感じだ。
「あ、置いてかないでー!」
「早くしなさい」
後ろからレネーの声が聞こえてきたが、振り向かずに軽く手を挙げて答えた。
まずは二人を連れて白い石像のところまで来た。
「すげえな、これ。入ってすぐ見えてはいたけど、こんなデカかったとは」
「圧巻ですね……」
レネーとジャンは、ほとんど同時に感想を漏らした。
レネーの方の感想は、どこかで聞いたような……ああ、あのときだ。
「それ、ミスリルの扉を見たときにも言ってたわよ」
「そんな余計なことは覚えてなくていいの! 恥ずかしいでしょうが!」
「あなたはもっと恥ずべきことがあるでしょ。私を騙していたこととか」
「あ、はい。その節は、申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げて、レネーは謝罪の意を表した。
動きが少しコミカルなせいで、正直なところ、あまり反省の意思は感じられない。けどまあ、反省していると信じよう。何と言っても、私は寛大だからね。
♢♢♢
たった三段だけ階段があり、祭壇らしきものはその一番上に鎮座していた。それは、大きな台座の上に縦長の直方体が置かれたような見た目をしている。
上から差してくる光は、台座とその上の直方体に施された装飾彫刻を浮かび上がらせていた。白一色のはずなのに、細かい陰影が目に鮮やかですらある。今の私たちのように、階段の下から見上げることを計算して作られたものかもしれない。
お父様に連れられて、年に一度は国の南部にある大聖堂へ行っていたけど、そこの祭壇よりもこっちの方が洗練されているように見える。煌びやかさはなくとも、漂う気品が違う気がするのだ。
私にこんなことを思わせるという時点で、これはただならぬものに違いない。まあ、ただならぬものと言っても、これが何かはさっぱりわからないのだけど。
「これ、何でしょうね」
「さあね」
レネーもこれが何であるかわからないらしい。
祭壇のように見えるものの、こんなダンジョンの奥まった場所で宗教的儀式がなされていたとも思えない。
「見てみるしかないわね」
二人にそう告げて、私は階段を上った。一段の高さは低い代わりに、奥行きがある。そのため、ローブを着ていては一歩で一段というわけにはいかず、右足を一段上に置いたら、左足も同じ段に置くという上り方をしなければならなかった。
これが三段じゃなくて十段くらいあったら、煩わしさに少しイライラしていたかもしれない。ジャンもレネーも私の後を追って来ていたようで、三人でほとんど同時に台座の前に立った。
近くで見ると、思っていたよりも小ぢんまりとしている。台座は私の腰よりも少し低いくらいの高さで、横幅が二メートルくらい。上に乗っている直方体の上端は、私の目線よりも高い程度だ。
この祭壇らしきものの正体を確かめるべく、周りを見てみることにした。すると、案外すぐにその正体がわかった。
私が祭壇か何かだと思っていたのは、どうやらお墓らしい。台座の裏側に『デュランダル、ここに眠る』と書いてあるから、これはたぶんデュランダルさんのお墓だ。
おそらく、台座だと思っていたのは棺なのだろう。では、上の直方体は何なのかという疑問が湧いてくるが、墓標か何かだと推測できる。
「これ、お墓みたいね」
「え、なんでわかったんだ?」
台座、もとい棺の表側にいるジャンの声が聞こえた。
「こっちに来てみなさい。書いてあるから。デュランダル、ここに眠るって」
「デュランダル!?」
ジャンは血相を変えて私の横に来た。ついでにレネーも。
デュランダルさんは、そんなに有名人なのだろうか。もしかすると、エキドナ以外の四魔女の一人だったりするかもしれない。もしそうだったら、歴史的発見だ。
「これでジャンもオリハルコン級ね」
そんな私の言葉に耳も貸さず、ジャンは唐突に棺に足をかけて、そのまま棺の上に登った。
「ちょ、ちょっと何してるのよ! さすがに人のお墓に乗るのはどうかと思うわよ!?」
未来の夫の蛮行を制止しようとするも、ジャンは一向に棺から降りようとしない。それを見かねて私はジャンの脚を掴んで揺さぶるが、剣士の屈強な足腰はビクともしなかった。
「安心してくれ、マリ。俺は人の墓の上に乗ったりしない」
「いや、現に乗ってるんだから、説得力ないわよ!」
「これは人の墓じゃないって」
ジャンはこちらに振り返って、諭すように言った。
「でも、デュランダルさんが眠っているって、書いてあるのを見たでしょ?」
「デュランダルは人じゃない。――宝剣の二つ名で知られる、伝説の剣だ」
「なんだ、そうだったの」
私は勘違いをしていたらしい。恥ずかしさで耳の先が熱くなるのを感じた。
「伝説の剣って歴史的発見じゃないですか!」
私の隣でレネーがぴょんぴょん飛び跳ねている。
隠し通路を発見したのはジャンで、【デュランダル】が伝説の剣であることを知っていたのもジャンなのに、まるで自分の手柄のような喜びようだ。
「ここに【デュランダル】があれば、歴史的発見だったかもな」
「え、ここにあるんでしょ?」
「いや、ない。ちょうどここに剣が刺さりそうな穴が開いてるから、誰かが俺たちより先にここに来て、取って行ったんだろう」
ジャンはそう言って、唇を噛んだ。とても悔しそうに見える。だけど、悲壮感のようなものは感じられなかった。
「私とこれからも、オリハルコン級を目指して冒険者を続けられるってことじゃない。喜びなさいよ」
「そうだな」
軽い身のこなしで棺、もとい台座から降りると、ジャンは晴れやかな笑みを浮かべながら言った。そして、その笑顔を少し邪悪なものに変貌させて続けた。
「だけど、その前に――」
ジャンが何と言おうとしているかは、すぐにわかった。
「復讐だな」
「復讐ね」
私とジャンの下卑た笑いが、白い空間を染めた。




