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第二十五話 扉の先

 「ついに……ついに貫通したぞ!」

 

 ジャンは喜びの声を上げた。

 最初に縦長の辺を切り取るのにかかった時間は三十分かそこらだったにもかかわらず、横の短い辺を切り取るのには、体感では一時間以上かかっていた。辺の長さは後者が半分くらいのはずなのだが、かかった時間は倍。作業の困難さを考えると、その喜びはひとしおだろう。

 

 「これであとは、この切り出した部分を押し退けるだけってことね」

 「そういうことだ。じゃ、早速――」

 

 ジャンは右肩と左手を長方形に当て、左足を一歩後ろに出した格好で、さっきまで扉の一部だったミスリルの塊を押し始めた。こめかみや首筋、左腕などにくっきりと血管が浮き出ており、ジャンが全力で金属塊を押していることがわかる。

 が、ビクともしていない。

 

 「ねえ、何も動いてないけど」

 「一ミリも動いてないみたいです」

 

 無慈悲にも、私とレネーの二人から同時に金属塊が動いていないことを指摘されたジャン。地面に大の字になって寝転がってしまった。

 

 「ダメだ、重すぎる」

 

 それだけ言うと、ハアハアと激しく息をして、呼吸を整えていた。【ゴーレム】を圧倒する剣士の膂力や脚力をもってしても、押し込むことはできないらしい。

 

 「三人で押してみましょう」


 こんな終わり方をしてしまうのはあまりにも無念なので、私はそう提案してみた。


 「よし、それでもう一回やってみよう」


 呼吸が落ち着いたジャンはすぐに立ち上がって、またさっきと同じ体勢を取った。私もその横で同じような姿勢を取った。

 レネーもそれに倣おうとしたが、切り取った長方形の横幅が一メートルもないので、横に並べないでいた。

 

 「ちょっと狭くて入れなさそうかも」

 「仕方がないから、レネーには応援係をお願いするわ」

 「私だって押したい!」

 

 レネーはそう言うが、物理的に無理なものは無理だ。

 とりあえず、私とジャンで押して無理だったら、レネーに代わってもらおう。

 

 「じゃあ、私のあとでならいいわよ」

 「もう、わがままなんだから」

 「それはお互いさまでしょ」

 

 渋々レネーが引き下がって行ったのを見て、私はジャンと目を合わせた。復讐の炎を隠さなくなったジャンの瞳は、より美しく輝いている。

 その一瞬でタイミングを計ることができ、掛け声がなくとも二人同時に金属塊を押し始めることができた。

 しかし、壁を押しているような感触で、動く気がしない。むしろ、こちらが押されているのではないかと思うほどだ。足がズリズリと滑り、次第に力が抜けていく。

 

 「これ、無理じゃない?」

 

 これ以上足が扉から離れたら転んでしまうというところで、私は押すのを止めて言った。

 

 「マリもそう思うか?」

 「そんなに大きくないから、ここまで重いとは思わなかったわ……」

 

 私は座り込んで、改めて切り取られたミスリルの塊を見た。

 縦の長さは、私の身長と大体同じだから一六〇センチくらい。横は一メートルあるかないか。奥行きは正確にはわからないけれど、四十センチから五十センチといったところだと思う。

 屈強なジャンもいることだし、二人なら押せないことはないと思ったのだけれど、ちっとも歯が立たなかった。

 

 「次は私の番ですよ!」

 

 この場でやる気満々なのは、レネーだけだった。私とジャンは、あまりの重さに心が折れかけている。あと少しが、限りなく遠く感じられた。

 

 「さ、ジャンさん。一緒に押しましょう!」

 「ごめん、レネー。ちょっと休憩させてくれ」

 

 レネーがジャンの腕を引いたのだが、ジャンはレネーのその手をそっと外した。

 

 「ジャンは【ゴーレム】を倒したり、扉を斬ったりで疲れてるんだから、レネーは一人で押しておいて」

 「ええ!? それは約束が違うじゃん!」

 「約束? 私のあとでならいいとは言ったけど、ジャンと一緒に押せばいいとは言ってないわ」

 「しくしく。貴族ってやつは、いつの時代も汚いんだなあ……」

 

 ローブの袖を目に当て、涙を拭く仕草を見せるレネー。こういうあからさまな嘘泣きで男を篭絡してきたのだろうか。

 しばらくそれを続けて効果がないと見るや、レネーは深くため息を吐いた。

 

 「もう、いいですよ。――私一人でやりますから」

 「そんなの無理に決まってるでしょ」

 

 私はレネーが冗談で言っていると思ったのだけど、レネーの顔つきはやけに真剣なものだった。

 

 「え、本気なの?」

 

 そう聞いても答えは返ってこない。

 そして、レネーはぽつぽつと詠唱を始めた。力の根源が何とかとか、剛力が何とかとか言っているのが聞き取れた。

 私は魔法を使うのに一度も詠唱という儀式をしたことがないから、やっぱり違和感がある。


 「ふう。久しぶりにやったけど、上手くいったみたいね」


 詠唱を終えると、レネーは満足気に言った。

 別に何か見た目に変化があったようには見えないけど、何をしたのだろうか。

 そんな私の疑問をよそに、レネーはローブの袖を捲り、裾を持ち上げて、気炎万丈といった感じで構えを取っている。


 「行きます!」


 誰への宣言かわからない宣言をして、レネーはミスリルの塊を押し始めた。

 そんな気合を入れただけで動くはずがない、そう思ったのだが――

 ズズズと重い音が聞こえた。最初はレネーの足が後ろに滑った音かと思ったが、むしろレネーの足は当初の位置より前に出ている。つまり、レネーは前進しているのだ。

 

 「え?」

 

 こんな間抜けな声が自分から出るのか、というくらい間抜けな声が出た。ジャンも同じく間抜けな表情をしている。二人とも、目の前で起きていることが信じられなかったのだ。

 しかし、最初の勢いはすぐに潰え、レネーの足は完全に止まってしまった。

 

 「でづだっでぐだざいいいい」

 

 レネーのうめき声。それが「手伝ってください」と言っているのだと気づくには、数秒を要した。

 

 「ジャン、一緒に押してあげて!」

 「お、おう!」

 

 本当はレネーとジャンを一緒にさせたくはなかったけど、背に腹は変えられない。

 ジャンがレネーに加勢すると、一瞬の拮抗の後、するするとミスリルの塊は動いた。そして、二人はそれを扉の中へと押し込むことに成功した。

 私もすぐに長方形の穴を通って、後を追った。最高に胸躍る瞬間だった。

 ジャンとレネーは、さっきまで押していたミスリルの直方体に背中を預けて、ぐったりとしていた。こういうときに使う回復魔法はないのだろうか。

 

 それにしても、一緒に喜びを分かち合えるものだと思っていたから、少し拍子抜けだ。二人ともが俯いているので、私だけが気分を盛り上げることもできず、静かに声をかけることしかできなかった。

 

 「やったわね」

 「ああ」

 

 相当疲れているらしく、ジャンは息が漏れるような声で短く答えた。感慨深さを感じる余裕もないらしい。

 一方レネーは、荒い呼吸をしながらも、こちらをちらりと見上げて言った。

 

 「私のおかげ……だってこと……忘れないでよ?」

 「恩着せがましいのが鼻につくけど、確かにその通りね」

 「素直じゃ……ないんだから」

 

 呼吸音がうるさすぎて聞き取りづらいところはあったが、言いたいことは伝わった。

 

 「でも、あれは一体どういう魔法だったの?」

 「はあ……強化魔法って言って、力とかを強くする魔法よ。私は回復専門だから、苦手なんだけどね。自分にかけるだけならできるの」

 「へえ、そんな便利な魔法があるのね」

 

 レネーの呼吸は次第に整ってきて、後半はしっかり聞き取れた。

 そんな魔法が使えたのなら最初から使っておけ、と言いたくなったけど、それをぐっと堪える。結果的に扉の内側に入れたのだから、それでいいのだ。

 

 呼吸が整ってきたとはいえ、二人ともまだ立ち上がろうとする気配すらないので、私は一人で辺りを見回ることにした。


 「あんまり遠くに行くなよ!」

 「年上だからって、子ども扱いしないでよね」


 ジャンの忠告に軽く言い返して、二人がいるところから離れた。

 入ったときから気づいてはいたけど、中は青い空間ではなく、白い空間だった。本当に真っ白な空間だ。ミスリルだけが薄紫の光沢を放っており、それだけが異質である。

 ミスリル自体は発光体ではないため、何かしらの光を反射しているはず。その光源となるものを探すと、それはすぐに見つかった。天井の中央部から白い光が差しているのだ。

 この空間には、光源がその一か所しかない。そのため、そこから近いところは明るく、遠いところは暗くなる。そのおかげで、白一色のせいでわかりづらい、この空間の形状や規模感をなんとか把握できた。形はドーム状で、大きさ的には小空洞より二回りくらい小さいと思う。

 

 「――で、あれは何なのかしらね。見た目はほとんど【ゴーレム】なんだけど」


 この空間で最も目を引く巨大な物体――これも白い――を見て、私は独りごちた。

 その物体は、形は【ゴーレム】そのもの。しかしその大きさは、さっき遭遇したものの三倍はありそうだった。

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