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第二十四話 ポケットの中

少し長くなりました。最後までお付き合いいただけると幸いです。

 剣と扉が接触する寸前、マリのことが頭をよぎった。そこまでは完璧な横振りだったはずなんだが、その瞬間に剣筋が乱れてしまった。

 嫌な予感はしたが、その予感通りに剣はポッキリといってしまった。最強の耐久性を持つ金属であるオリハルコンを使い、世界一の魔法道具店の職人であるノアじいさんに作ってもらった剣が。

 当然のことながら、ちゃんとしたオリハルコンの剣ならミスリルを相手に折れるはずもない。しかし早く探索したかったがために、この剣は通常の半分の期間で作成してもらったのである。急がば回れという言葉が、これほど身に染みたのは初めてだ。


 剣に関しては、俺が急ぎ過ぎたのが悪かった。ノアじいさんにも止められたんだから、大人しく従っておけばよかったのだ。だが一番悪かったことと言えば、やはり心が乱れている状態で剣を振るったことだろう。

 なぜ心が乱れていたのか。それはマリのせいだ。じゃあ、原因となったマリを助けたことが悪かったのだろうか。いや、そうではないと思いたい。だって、俺はマリが――

 

 「ねえ、ジャンって貴族なの?」

 「え?」

 

 さっきから何か声が聞こえているのはわかっていたが、ここで初めてその内容までが頭に入ってきた。

 俺は確かに伯爵家出身で貴族の生まれだ。しかし、俺自身が爵位を持っていたわけではないし、そもそも家を追い出されている。さて、何と答えるべきか。

 貴族だとは言えないかもしれないが、貴族ではないと言い切ってしまうのも違和感があった。

 

 「半分当たりで、半分外れかな」

 「何よ、その訳のわからない答えは」

 

 案の定、中途半端な答え方では、マリを満足させられないようだ。

 仕方がないので、正直に答えるとしよう。

 

 「俺は貴族の実家を追い出されたんだよ」

 「え……」

 

 マリは口をあけてポカンとしている。

 しまった。答え方を間違えたかもしれない。追い出されたと言っただけでは、何か重い罪を犯して追い出されたと思われた可能性もある。

 とりあえず、話題を変えよう。他の話をしている間に、何を言うべきか考えるのだ。

 

 「マリも貴族か、元貴族なんだろ?」

 「なっ、なんでそれを」

 「ってことは、当たりか」

 「あ」

 

 マリの反応が面白くて、頬が緩むのを感じた。

 王宮に行ったことがあるとか言っていたし、貴族なのは間違いないと思ってたが、こうも素直に教えてくれるとは思わなかった。

 

 「ジャンさんを追い出すなんてひどいですね!」

 

 おい、レネー。ついさっき転換した話題を蒸し返すんじゃない。

 と思ったが、もうこの際だ。全部話してしまえ。

 そうして、俺が自分の身の上を包み隠さず話終えたときだった。

 

 「あなたはジャン・オレアンなの?」

 

 何の前触れもなく、マリが言った。

 なぜ俺の実家がオレアンだとわかったんだろうか。この前に俺の弟の髪の色を聞いてきたが、それがヒントになったのだろうか。

 まあ、理由は何でもいい。別に隠そうと思っていたわけでもないし。

 

 「もうオレアンは名乗ってないけどな」

 

 俺は正直に答えた。これでもう生い立ちに関して、俺が隠していたことはなくなった。

 実家を追放されてから誰にも話したことがなかったのに、不思議とベラベラと喋ってしまった。

 

 「えっ、オレアン……?」

 「なんであなたが驚いているのよ」

 

 俺もマリの言葉に全面同意だった。なぜレネーが、俺がオレアン家出身であることに驚いているんだ?

 その疑問は、すぐ後にレネーが語った話によって解消された。

 その直前でマリがフラーム公爵令嬢だと明かされたが、そんなことが些細なことだと思えるくらいの内容だった。

 話を聞いてもすぐには理解しがたい内容だったが、簡潔にまとめると、マリの実の父親であるフラーム公爵が、俺の弟であるフィリップとの結婚を成立させるため、マリをダンジョンに置き去りにするという計画を実行したということらしい。

 この話を聞いて、マリがとても身近な存在感じられた。そして、俺は自覚してしまった。俺はマリが――

 

 「ジャンはオレアン伯爵に復讐したいんでしょ?」

 「え、いや、俺は……」

 

 ぐるぐると思考の渦に巻き込まれていたときに声を掛けられて、覚束ない反応になってしまった。

 

 「目を見ればわかるわよ」

 

 マリがこちらを見据えて言った。あのとき俺が感じた、全てを見透かされるような感覚は正しかったらしい。

 

 「そんなにわかりやすかったって、ちょっと恥ずかしいな」

 「恥ずかしくなんてないわ。溢れるほどの野望を持つ人こそ、私に相応しいもの」

 

 相応しいとは、つまり――

 

 「どういうことだ?」

 「私と結婚しましょうって話よ」

 「「はあ!?」」

 

 俺だけでなくレネーも仰天していた。

 それに構わず、マリは続けた。

 

 「結婚するの?しないの?」

 「する」

 

 俺に迷いはなかった。

 絶叫とともに、レネーが倒れる音が聞こえた。

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 ずっと青い光に包まれているせいで時間の経過がわからないけど、お腹の空き具合からして、さっき取った軽食から二時間くらいは経っている気がする。

 

 「お腹減ったわね」

 「さっきのと同じパンがちょうど三つあるわよ」


 レネーは、【魔結晶】を入れている袋とは別の袋をポンポンと叩いて示した。

 さっきと同じパンと言うと、ボソボソのあれだ。美味しくはないけど、ないよりはマシかもしれない。


 「まあ、お腹の足しにはなるかしら」

 「嫌なら食べないでよ。私がジャンさんと二人で食べるから」

 「そんなことになるくらいなら、パンは燃やすわ」

 「それは止めて。私だってお腹減ってるの」

 「最初から余計なこと言わなければいいのよ」


 早く何かをお腹に詰め込みたい気分ではあったけど、扉と悪戦苦闘しているジャンより先に、何もしていない私が真っ先に食べるのも気が引けた。

 ジャンの方を見ると、相変わらず折れた剣を扉に突き立てて、どうにかこうにか扉の一角を切り取ろうとしている。

 あまり根を詰めすぎてもよくないし、この辺で一度休憩を取ってもらおうと思い、私はジャンに呼びかけた。カンカンと繰り返される、剣と扉の衝突音に負けないように少し声を張った。


 「ジャン!あなたもパン食べる?」

 「食べる!」

 「じゃあ、こっちで一緒に食べましょ!」

 

 ジャンは折れた剣を持ったまま、私とレネーがいるところまで走ってきた。

 

 「マリ、ちょっと空中に炎を出してくれないか?」

 「何するの?」

 「いいからいいから」

 「まあ、構わないけれど」

 

 杖は扉に立てかけてあって手元になかったので、杖は使わずに手の平から火の玉を生み出して、それをぷかぷかと空中に浮かべた。

 

 「すごいな。そんなに素早く、しかも詠唱もなしに」

 「これが普通だと思ってたから、レネーが詠唱しているのを見て、なんだか聞いてるこっちが恥ずかしかったくらいだわ」

 

 ジャンに褒められたのがむず痒かったので、大したことではないとアピールしておいた。こういうのを謙遜ということくらいは、知識としては知っている。実際に謙遜したのは初めてだから、上手くできたかはわからないけど。

 

 「ちょっと、誰があのガサガサの声治してあげたと思ってるのよ」

 

 レネーを出しにしたばかりに、変な言いがかりをつけられてしまった。

 思えば、あのときからレネーの態度は妙だった。声が枯れているくらいで、あんな大袈裟に振る舞って。おそらく――

 

 「あれって、ジャンにいいところを見せたかっただけでしょ?」

 「バ、バレてる……?」

 「一応、社交の場にはたくさん繰り出していたからね。見てるだけだったけど」

 「初めて会ったときは、こんなおてんば娘が公爵令嬢だとは信じられなかったけど、本当に公爵令嬢なのねえ」

 「見る目がないのね。――で、あなたは何をしているの?」

 

 レネーとの軽口もそこそこに、私はジャンにその奇行の意図を尋ねた。

 ジャンは今、私が作り出した火の中に、折れた剣を差し込んでいるのだ。

 

 「ほら、これを焼いてるんだよ」

 

 そう言って、ジャンは空いている方の手でポケットから赤茶色の物体を取り出した。

 

 「何それ」

 「肉」

 

 私が聞き間違えたのかと思いもしたけど、たったの二文字を聞き間違えるはずもない。ジャンは確かに、肉と言った。

 

 「そんなものポケットに入れないでよ!ビスケットがせいぜいでしょ!」

 「いや、でもほら、干してあるから」

 「干し肉ならいいってことにはならないでしょ……」

 「まあ、そう言うなって。干し肉でも焼けば結構いけるんだぞ?」

 「ちょっ、ふごっ」

 

 焼き終わった肉を口に押し込まれた。焼きたてで、信じられないほど熱い。

 とはいえ、吐き出すわけにもいかず、そのまま飲み込むのも叶わず、咀嚼を余儀なくされた。だが驚くことに、干し肉だとは信じられないほどの水分が滲み出てくる。

 いや、水分ではなく油分かもしれない。もしくは、それらの混合物。とにかく強い旨味を感じる液体であることに間違いはない。

 

 「さっきの干し肉とは大違いだわ!」

 「だろ?焼くと全然違うんだよ」

 

 ジャンは満足気に言った。悔しいけれど、これはジャンの主張を認めるしかないだろう。

 しかし、だからと言って、ポケットの中に干し肉をそのまま入れるのを許したわけではない。単純に不衛生だ。

 

 「でも、ポケットに干し肉をそのまま入れるのは止めてちょうだいね」

 「わかったよ」

 

 そう答えると、ジャンはポケットから干し肉を次々と取り出し、その全てを折れた剣に差した。

 

 「他に袋もないから、食べるしかないだろ?」

 「そうですね!一緒に食べましょ!」

 

 ここぞとばかりにしゃしゃり出てきたのはレネーだ。

 

 「レネーはそのパンを食べときなさい」

 「ひどい!」

 「私の舌の火傷を治してくれたら、肉を食べてもいいわよ」

 「お安い御用ですとも、マリお嬢様!」

 

 やっぱり、レネーはこれくらいひょうきんな方がいいと思う。少なくとも、私はこっちの方が好きだ。

今も私の舌の火傷を治そうと、ぶつぶつと魔法の詠唱しているのが面白い。

 

 「その詠唱、素敵ね」

 「またバカにしてるでしょ!」

 「してないわよ。――ふふっ」

 

 私が堪らず笑い出すと、レネーも笑い出した。自分の命を危険に晒した人間とこうして笑い合えるとは、私はつくづく幸せな人間だ。


ブックマークや評価、ありがとうございます!


ジャン視点に時間がかかりがちです。

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