第二十三話 復讐計画
「もうオレアンは名乗ってないけどな」
ジャンは何でもないことのように言った。しかし、それは私には重大な事実だった。ジャンが元婚約者のフィリップの兄であることがわかってしまったからだ。
ということは、ジャンはあのフィリップのせいで、オレアン伯爵家を追い出されてしまったことになる。こんな巡り合わせがあるとは、にわかに信じがたい。
「えっ、オレアン……?」
「なんであなたが驚いてるのよ」
レネーが驚きの声を上げたことに私は驚かされた。オレアン伯爵家は最近になって力をつけているみたいだけれど、王都で冒険者をやっているレネーがそんな名前を知っているとは驚きだったのだ。
それにしても、なぜレネーはオレアンの名前に驚いたのかしら。
「えっと、その……」
ごにょごにょ言っていて、レネーはさっきの私の質問に答えようとしない。何か言いにくいことがあると見える。
言いにくいことと言えば、四人には隠し事があった。もしかすると、それに関係があるかもしれない。何の確証もなかったけれど、そんな予感がした。
「レネー、あなたたち四人が何か隠していたことくらいわかってるのよ」
「そんな何も隠してなんて……」
あくまで白を切るつもりらしい。ならば、私にも考えがある。
四人の狙いが私だったとすると、私が公爵令嬢だったと知っている可能性が高い。広大かつ人の多い王都で、たまたま公爵令嬢に遭遇するなんて余程の偶然だしね。
「話さないなら、お父様に言いつけるわよ」
「それは止めて!」
「ふん。その反応、私がフラーム公爵令嬢だとわかってるみたいじゃない」
「あ……」
こんなに上手く行くとは思っていなかった。レネーが素直で助かった。
「フラーム公爵!?」
ジャンは驚愕に顔を歪め、絶叫した。が、それは一旦保留だ。
「さ、レネー。洗いざらい話しなさい」
♢♢♢
すっかり意気消沈したレネーが語った内容は、ジャンの実家で起こったことに通ずるものがあった。
つまり、実の親による裏切りだ。全ては我が父、フラーム公爵が仕組んだことだった。
レネーの話によると、もともとの計画では、低難易度のダンジョンで私を一人にして、私に冒険者など無理だと思わせることが狙いだったらしい。その計画における四人の役割は、私が命の危機に陥らないように監視する役回りだった。
そんなことをしてお父様が何をしたかったかと言うと、もちろん、私とフィリップの結婚を成立させることである。
お父様は、とりあえず一回家の外に出して、その過酷さを知らしめれば、私が家に戻ると信じていたようだ。お父様にしては短絡的な思考に思えるけど、お父様はお父様で、私の婚約破棄に焦っていたのだと思う。
しかし、現状を見ればわかる通り、計画は破綻した。お父様や監視役の四人が考えていたよりも、私の炎魔法は強力だったのだ。それで四人が焦りに焦ったという話を聞いたときは、思わず吹き出してしまった。
とはいえ、それくらいならまだ打開のチャンスはあった。私の炎魔法が通用しないような敵が出るような奥地まで進んでしまえばいいのだから。
だが、四人にとっては残念なことに、さらなる想定外の事態が発生する。あの黒い魔物の登場だ。名前は【黒曜人】というらしい。
【黒曜人】の討伐には、ミスリル一級四人を要するというのがギルドの見解である。かなり強力な部類の魔物で、このジュエルム大空洞での発見報告はほとんどないとジャンは言っていた。そんなものに初めてのダンジョンで出会うなんて、ついているのかついていないのかわからない。
そして、そんな強力な魔物に出会ってどうなったかは、私が一番知っている。監視役の四人中三人は逃げ出し、一人は私と取り残されたのだ。
「これで話は終わり?」
「ま、まあ。大体は」
大体とはまた気になる言い回しだけれど、私も長い間話を聞いていたせいで、そこを追及する気にはなれなかった。
「こうなってくると、復讐すべきなのはあの三人じゃなくて、お父様ってことになりそうね」
レネーを始めとする四人は、お父様の指示に従ったに過ぎない。一介の冒険者が公爵に逆らうことなどできないだろう。
「フラーム公爵に!?」
「だからそう言っているでしょ」
「いやいやいや、さすがに無茶だって」
「無茶じゃないわ、ジャンがいるもの。――ね?」
「え、俺?」
ジャンはピンと来ていない様子だ。ここは一つ、私のとびきりの復讐計画を披露しよう。
その前にまず、ジャンの意思を確認しておかなければならない。
「ジャンはオレアン伯爵に復讐したいんでしょ?」
「え、いや、俺は……」
私の指摘に、ジャンは口ごもった。この期に及んで何を迷っているのか。その目に宿る復讐の炎を誤魔化せているとでも思っているとしたら、自分の演技力を過信しすぎだ。
「目を見ればわかるわよ」
私が言うと、ジャンは観念したようにため息を吐いた。
「そんなにわかりやすかったって、ちょっと恥ずかしいな」
「恥ずかしくなんてないわ。溢れ出るほどの欲望を持つ人こそ、私に相応しいもの」
「どういうこと?」
「私と結婚しましょうって話よ」
「「はあ!?」」
二人の絶叫。この青い空間には、しばらくの間、二人の声の残滓が漂っていた。
それが落ち着いたところで、私は話を再開した。
「結婚する?しない?」
「する」
「するの!?」
叫んだ後、そのままレネーは卒倒した。
「レネーもジャンのことを狙っていたみたいだからね、失恋のショックだと思うわ」
「失恋というよりは、普通に驚きすぎたせいだと思う」
私とジャンは、倒れたレネーを見下ろして、ひとしきり笑い合った。
こんなに笑ったのは、このダンジョンに入ってから初めてだ。というか、生まれて初めてかもしれない。何が面白いわけでもなかったけど、笑いを止めるのに時間が必要だった。
「それで、俺を使って、どうやって公爵に復讐しようって言うんだ?」
「ああ、そうね。邪魔者がいないうちに話しておきましょうか。ジャンにも悪い話じゃないと思うわ」
地面に寝そべった邪魔者をよそに、私たちは「計画」の話をした。
♢♢♢
「うう、私もジャンさん狙ってたのにぃ」
気絶から目覚めさせる回復魔法を二人とも使えなかったので、レネーは自力で目覚めるしかなかった。
しばらくして目覚めると、すぐに目に涙を浮かべてグチグチ言い始めた。
「レネーがそんなに男に汚いとは思わなかったわ」
「ジャンさんは特別なのーっ」
「それ、誰にでも言ってそうね」
「ギクッ」
ギクッとかいちいち口に出すキャラクターだったっけ、と疑問を抱きつつも、そこはスルーしておいた。こっちがレネーの本性だと言われても、様々な新事実を知らされた今、それくらいのことで別に驚かないしね。
「ぐすん。――それで、本当に結婚するんですか?」
目に浮かべた涙が引っ込んでくると、レネーが言った。
「ええ、するわよ」
「それは、復讐に必要だから?」
「それもあるけど、私はジャンを愛してるのよ」
こんな恥ずかしい台詞がサラッと出てくるとは、我ながら驚きだった。
堂々と言い切った私に対して、ジャンが恥ずかしそうに身じろぎしていたので、小突いておいた。
「急にイチャイチャするんじゃないわよ!」
「ふふふ、レネーはその素を出していった方がいいわよ。面白いから」
「ええ、ええ。独り身の年上を見たら、さぞかし愉快でしょうね!」
「たぶん、そういう捻くれてるところがよくないんだわ」
自覚があるのか、レネーは顔を青白くして黙り込んでしまった。私としては、どんどんレネーの新しい一面を知ることができて楽しいのだけれど、少しかわいそうなことをしてしまったかもしれない。
「じゃあ、早いところ扉を開けちゃいましょ。外に出たら、復讐と結婚が待ってるんだから」




