第二十一話 隠し事
レイドも剣を使っていたけど、たぶんあれとは比べ物にならないくらいジャンは強い。もし最初に出会った冒険者がレイドでなくてジャンだったら、あの黒い魔物にやられるようなこともなかったかもしれないし、私が置き去りにされるようなこともしなかったかもしれない。
そう考えると、最初に出会ったのがレイド――とガストン――だったのは、実に不運なことだ。
そういえば初めて出会ったとき、あの二人は何をしていたのかしら。二人はギルドの方向からやってきて、私と出会うと、私をすぐにギルドへ連れて行ったわよね。
あのときは冒険者になれることに浮かれていて気づかなかったけど、この動きはずいぶん奇妙な気がする。レネーとアダンをギルドに置いて、無目的にあの道をブラつくようなことは考えにくい。何か目的があってあそこをブラついていたはずだ。
二人の目的が何だったかを考えると、その後の食事や買い物のことを考慮すれば、私が目的だったんじゃないかと思えてくる。ただ、初めから私が目的だったとして、その先に何を目論んでいたのかまではわからない。
疑念が湧くと、それについて考えることを止められなくなってしまった。
例えば、レネーもおかしい。初めて会ったとき、レネーは私に対して「よろしくお願いします」と言ったのだ。これから一緒に冒険することがわかっていたような言い草ではないか。
考え過ぎだろうか。いや、考えれば考えるほど他にも色々とおかしなことが見つかる。一つ一つは小さなことかもしれないけど、それが積み重なることで、私の中に大きな疑念が出来上がっていくのを感じた。
私は世間知らずすぎたし、浮かれすぎていた。だけど、ようやく気がついた。
四人は何か隠している。そして現状、その隠し事は、レネーから聞き出す以外に知る術はない。
四人がどんな隠し事をしているのか。もっと言えば、私に取り入って何をする気だったのか。最もありえそうなのは、私を公爵令嬢だと知っていて、身代金を目的に誘拐したという線だ。
まあでも、私は別にそれが何であってもどうでもいい。今のところは、私を置き去りにした三人に対しての復讐が最重要事項だからだ。
もちろん復讐に必要なら追及するし、隠し事の内容によっては、それを織り込んだ復讐をレネーも含めた四人にしようとは思うけれど。
「マリ、ちょっと退いてくれるか?」
「え、ああ、ごめんなさいね」
私が扉の前でボーっとしていると、ジャンが声を掛けてきた。私は自分の考えに埋もれていたので、反応が遅れてしまった。
いつの間にかレネーは離れているし、ジャンの態度を見るに、すでに何度か声を掛けられていたのだろう。
「なんでそんなに扉ばっか見てるんだ?」
迷惑にならないようにそそくさと扉を離れようとすると、ジャンが引き留めるように質問してきた。
初めは手持無沙汰だったから理由もなく見ていただけだけど、今ではジャンの剣筋の精緻さを確認するために見ている。しかし、そんなことを言うのは何となく憚られた。
「別に?他にやることもないから」
「ふーん、そっか」
自分から聞いてきたくせに、ジャンは素っ気ない返事だった。私の答え方も悪かったかもしれないけど、何かもっと他に答え方があったんじゃないかと思う。
こんなことなら、ジャンが作り出した剣の跡に見惚れていたとか言っておけばよかった。そしたら、ジャンはどんな反応をしただろうか。柄にもなく、そんなくだらないことが気になってしまった。
私が扉から離れると、ジャンはまた剣を構えた。
ジャンは流麗な動作で数回剣を振ると、ふーっと長く息を吐いた。こうやって息を吐いたあとには、休憩に入ることはもうわかっている。
今回はいつもより剣を振っている時間が短かったみたいだが、さすがに疲れがたまってきたのだろうか。
とはいえ、そんなジャンに対してできることもないので、私は例のごとく剣で作られた傷を見るために扉へ近づいた。
ついさっきまでジャンが立っていたところに立ち、傷を覗く。すると、すぐに私は異変に気づいた。私が今見ている部分は、つい数分前まではただの暗い溝だったはずなのだけれど、それとは全くその様子が異なっているのだ。
どう異なっているかと言うと、その溝の奥が明るくなっている。
「あれ、向こう側見えてない!?」
「あ、バレちゃった?――さっき貫通したんだよ。これであと横に一辺の切れ込みを入れられれば、扉を切り取れる。んで、その切り取った部分をみんなで押せば、中に入れるって寸法だ」
「へえ、なるほどね」
真ん中から開く分かれ目部分を利用することによって、切れ込みを入れる部分を最小限に抑えようという作戦らしい。最初の想定よりも扉が分厚かったため、切り刻んで穴を開けるという作戦を変更したのだと思う。
柔軟に作戦変更ができるとは、ジャンは意外と頭が回るらしい。装備は貧相で弱小冒険者という風体だから、頭もよくないのかと思っていたけど、それは完全に私の勘違いだったみたいだ。なんだか申し訳なくって、顔を見づらくなってしまった。
♢♢♢
「だいぶ扉の傷が深くなってきましたね!――あ、回復します!」
俺が休憩を始めると、毎回レネーはこうして駆け寄ってくる。
回復魔法をかけてくれるのはありがたいんだが、身体よりも精神の疲れの方が大きいから、静かにしてくれている方が助かるんだよな。
とはいえ、回復魔法も声掛けも、俺を元気づけるために善意でやってくれているんだろうし、文句は言いづらい。
「再開するから離れてくれ」
「はいっ」
レネーはスッと身を引いた。こうやって言うことを聞いてくれるから、余計に文句は言いづらい。
一方のマリは、俺が休憩に入ると、穴が開きそうなほど扉を見ている。まあ、それで本当に穴が開いたら苦労しないんだけど。
「マリ、ちょっと退いてくれるか?」
「え、ああ、ごめんなさいね」
いつもは最初の一言で退いてくれていたんだが、今回はいつまでも扉の前にいたので、もう一度声を掛けた。
この際なので、ついでに気になっていたことを聞いた。
「なんでそんなに扉ばっか見てるんだ?」
「別に?他にやることもないから」
「ふーん、そっか」
つい、と顔を背けて、マリは扉から離れて行った。
他にやることがなかったら扉を見るのだろうか。マリには、ちょっと不思議なところもあるみたいだ。
いや、不思議なところは今に始まったことじゃないか。初心者のくせにレベル四のダンジョンに来たり、エキドナお手製のローブを着ていたり。
何かしら事情はありそうだが、今は扉を開けることが先決だ。
俺は扉に向き直って、余計な思考を頭から追い出した。この厄介な扉を攻略するには、剣と扉だけに集中しなければならない。
そして、再び剣を振ること一分。剣を振る感触が明らかに軽くなった。ついに、剣が扉を貫通したのだ。
しかし、ここでいつもの動きを崩してはいけない。集中を途切れさせては、次の作業に支障が出る恐れがあるからだ。
いつものように深く息を吐き、扉から数歩引いて、地面に座った。目を瞑り、精神の緊張を保つ。
ザッザッと足音が聞こえる。マリのものだ。また進捗を確認しに来たのだろう。
「あれ、向こう側見えてない!?」
驚きの中に喜びが混じったような声が聞こえた。こんなにいい反応がもらえるとは思ってなかった。せいぜい、「あら、よくやったじゃない」とかそんな程度だと思っていた。
そのため、俺も少し気を緩めてしまった。
「あ、バレちゃった?――さっき貫通したんだよ。これであと横に一辺の切れ込みを入れられれば、扉を切り取れる。んで、その切り取った部分をみんなで押せば、中に入れるって寸法だ」
「なるほどね」
だが、マリの二言目は思ったよりも淡泊なものだった。俺が説明っぽく話したせいで興味を失ってしまったのだろうか。そっぽを向いてしまっているし、気を損ねたのかもしれない。
――って、そんなことどうでもいいだろ。とにかく俺はこの扉の先に進んで、今後の人生を決めるのだ。マリにどう思われるとか、そんなことを気にしている暇はない。
だが、そんな考えとは裏腹に、なかなか思考を切り替えることができなかった。




