第二十話 ミスリルの扉
四肢を切断された【ゴーレム】の動きは思ったよりも遅く、すぐに距離の余裕ができた。あいつらがここまで来るのには時間がかかるだろうということで、その時間を利用して、レネーが回復魔法でジャンを気絶から目覚めさせた。
「急に倒れるからビックリしたじゃない」
何も言わずに立ち上がったジャンに声を掛ける。ジャンは目をパチクリさせて、辺りを見回してから応えた。
「ビックリしたって、それはこっちの台詞だよ。初心者がエキドナのローブ着てるって異常でしょ」
「初心者だから、それが異常なのかそうでないのかすらわからないわ。残念ながら」
「一体どこでそんなもの手に入れたんだよ」
「名前は忘れたけど、世界一の魔法道具店とか言ってたわね。小っちゃいおじいさんがやってるお店よ」
「ああ、ノア・オリヴィエか!あそこなら間違いないな」
「そうそう、そんな感じだったわ」
あんな安っぽい店構えで世界一と言われてもピンと来ていなかったのだけど、ジャンのような生粋の剣士でも認めているとなると、本当にすごいお店なのかもしれない。
「実は、この剣もノアのじいさん――小っちゃくない方な――に作ってもらったんだよ」
ジャンは言いながら、ボロボロの鞘から剣を抜き出した。改めて近くで見ると、濃紺と表現するのが一番近いような色合いだ。キラキラと周囲の青い光を反射している。
綺麗な剣ね、と感想を述べようとしたときだった。ここまで大人しかったレネーに押しのけられた。突き飛ばされたと言ってもいいかもしれない。
「うわー!とっても綺麗ですね!」
「綺麗なだけじゃなくて、性能もいい。オリハルコン製だからな」
レネーに突き飛ばされただけでも腹立たしいのに、抱いた感想がレネーと同じだなんて、自分の凡庸さも腹立たしい。
「えーっ、オリハルコン!?すごいですね!」
「そうだろう?この奥の扉をこじ開けるために用意したんだ」
そして、レネーの中身のない賛辞を受けて、流暢に喋るジャンにも腹が立ってきた。こんな女が何だというのだ。私の方が――
「扉、ですか?」
「ああ。ミスリル製のデカい扉だ。前回はそこが開けられなくて引き返した。今度は、この剣で扉を切り裂いてやるつもりだ」
「じゃあ、今日はその扉の中を見られるんですね!すごく楽しみですぅ」
「ああ、本当に」
適切な続きの言葉を探している間に、ジャンとレネーは話を進め、終わらせてしまった。まとまらない考えが、モヤモヤを募らせた。
「【ゴーレム】も近づいて来てるし、さっさと進もうか」
「賛成です!」
私のモヤモヤなど知る由もなく、二人は再び歩き始めた。私は静かにその背中を追った。
歩けど歩けど、だだっ広い青い空間が続き、どこも似たような見た目をしている。もしこれが人の手によって作り出されたものならば、何を思ってこんな場所を作ったのだろうか。こうも同じような色に囲まれていると、最初は綺麗だと思っていた景色でも、さすがに飽きてくる。
早く扉に着かないかしら、と歩くのが嫌になってきたころ、はるか遠くの方に周囲とは色が異なる部分が見えた気がした。
「え、もしかしてあれ?」
「そう、あれだ」
「かなり大きいわね。ほとんど天井に着きそうなくらいな高さだし、横幅も相当あるんじゃない?」
「近くまで行ったら、そんなぬるいこと言ってられなくなるぞ。失神するほどデカい」
「何よそれ、言い過ぎでしょ」
♢♢♢
巨大な扉を前にして、私は言葉を失った。ついでに気も失うかと思った。
ゆっくりと歩いて近づいたおかげで、そのスケールを体感する覚悟ができていたからよかったものの、いきなりこの扉の前に放り出されていれば、私は気を失っていたかもしれない。それくらいの大きさだ。豪華絢爛な建造物や装飾品はいくつも見てきたけど、そういったものとは一線を画す迫力があった。
ミスリル自体は淡い紫色をしている。周りの青い光が差すと、表面の滑らかさと相まって、穏やかな水面のようにも見える。色が淡すぎて私好みでないという点だけが惜しいところだ。
一瞥しただけでは巨大な金属塊に見えなくもないが、少し目を凝らすと、中央に上から下まで続く一本の線が確認できる。それによって、目の前にあるのが壁でなく、その線を中心として開く扉であることが辛うじてわかった。
レネーも上下左右を見回して、感嘆の息を漏らしている。
「これは……圧巻ですね」
「こんな馬鹿馬鹿しいほどデカい扉の奥に何があるのか、気になるだろ?」
「はいっ、気になります!」
レネーは例のごとく、黄色い声で愛想よさげな相槌を打った。
私だってこの大層な扉の先には何があるのか気になるけど、何もないかもしれないと思うと、開けるのが少し怖くもあった。
もちろん、普段の私なら怖いなんて感じない。開けてそこに何かあればラッキー、何もなければそれでおしまいだ。
それでもこのときばかりは、怖さを感じずにはいられなかった。扉を前にして、ジャンの瞳に宿る復讐の炎が一段と強く燃え上がっているのがわかってしまったからだ。
しかし、怖いもの見たさという言葉がある。望むものが扉の先になかったとき、ジャンがどうなってしまうのか。それが気になってしまうのは、私のタチの悪さだった。
「ぜひとも、オリハルコン級に上がれるような代物が見つかってほしいもんだよ」
「私もおこぼれに預かりたいですぅ」
「ははは、図々しいね」
「開けるなら早く開けなさいよ」
「あ、ああ、うん」
さっきから続いている無意味な会話を終わらせるべく、私は開けることを催促した。ジャンの反応が芳しくなかったところを見ると、ジャン自身も扉を開けるのを怖がっているのかもしれない。
「じゃ、離れてて。この扉を斬り刻むから」
意外にも、ジャンはあっさり言いのけた。無頓着に言ったように見えて、私には自分の恐れを隠すための演技にも思えた。
扉を斬り刻むとはなかなか聞かない言葉だが、この扉の場合には、不思議と受け入れることができた。人力で押したり引いたりして開けてみようという気すら起こらないほど巨大だからだ。
ジャンはゆっくりと扉に近づきながら剣を抜き、十分近づいて立ち止まる。そして次の一歩は、斬撃とともに繰り出された。真上から真下へのシンプルな振り下ろしだった。
直後、バンという破裂音にも似た音。予想していたような甲高い金属音は聞こえなかった。
ジャンは斬撃後の姿勢を崩さない。ジャンが障害となって、私の場所からは扉がどうなっているのか確認できない。
「どう?開いた?」
私はなるべく平然とした態度で聞いた。
すると、ジャンは姿勢を元に戻して、こちらへ振り返った。僅かに眉を下げ、困り顔を浮かべている。
「深さ五センチくらいの傷は入ったけど、向こう側はこれっぽっちも見えない。一体どれだけ分厚い扉なんだか」
「昔、王宮に行ったことがあるけど、そこの扉とかも十センチじゃ済まないくらい分厚かったわね。その扉もそうなんじゃない?」
「お、王宮?」
しまった。失言だった。十センチ以上の厚さの扉なんてザラにあるということを伝えたかっただけなのに、余計な情報も伝えてしまった。
「えーっと、今のは忘れて」
「いや、簡単には忘れられない話なんだけど」
「と、とにかく、それくらいで諦めてんじゃないってことよ!」
「そりゃもちろん」
そう言って、ジャンは扉に向き直った。
誤魔化せてはいないけど、とりあえず話を逸らすことだけはできた。深く追及されれば、私がフラーム公爵令嬢であることがバレていたかもしれない。
別にバレたらいけないわけじゃないけど、バレてしまったら、ジャンは私のことを真っ直ぐ見てくれなくなるかもしれない。
――って、何考えてるのよ。人にどう思われようが、私は私だ。それは揺るがない。
「同じ場所を何度も斬って、傷を深くしていくしかないんじゃないでしょうか?」
レネーの声で私は我に返った。さっきまでいた私の横ではなく、ジャンの横を陣取っている。油断も隙もない女だ。
「俺もそれしかない気がする」
「ジャンさん、頑張ってください!」
「言われなくても」
扉の方を向いて、ジャンは静かに答えた。僅かに剣呑な気配を感じるが、それが集中の表れなのか、復讐心の表れなのかはわからない。
それからジャンは、何度か剣を振って休憩するというのを繰り返した。
ジャンの休憩中、レネーはジャンに話しかけたり、手にできたマメを治療したりしている。
一方の私は、ただ見守ることしかできず、それが歯痒かった。炎魔法で扉を溶かしてやろうかと思いもしたけど、ジャンはそういうことは望んでない気がしてできなかった。
手持ち無沙汰な私は、ジャンの休憩の度に扉を観察した。
剣の軌跡を示すものは一筋しか存在せず、ジャンが放つ斬撃の全てが同じ場所に吸い込まれているのだとわかる。傷の幅は一センチもなく、そんな場所を同じように何度も斬るというのは、かなり神経を尖らせなければならない作業のはずだ。休憩をこまめに取っていることからも、そのことが窺われる。
しかし、見た限りではあるけれど、ジャンはそれを軽々やってのけている。そんな卓越した剣技を持つジャンならば、きっとこの扉の先にある景色を見せてくれるだろうと予感した。
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