第十九話 【ゴーレム】
「さて、話はまとまったか?」
「まとまりました!――行きますか?」
「お、おう。行くのは行くんだけど、俺も気になってたことを聞いてもいいか?」
「いいですよ!」
声を掛けてきたジャンに返事をしたのはレネーだった。私が返事をしようと息を吸ったタイミングで私の前に滑り込み、朗らかに返事をした次第だ。
「なんで前に出てくるのよ」
「うふふっ、言わせないでよ。」
私が文句をつけると、レネーは楽しげに笑いながら言った。
言いたくないのなら言わなくてもいいとは思うけど、何を言いたくないのだろうか。
「それで、何を聞きたいんですか?」
「ああ。あのとき、炎の壁みたいなものがあったと思うんだけど、あれって何だったんだ?」
「炎の壁……?」
レネーは答えに窮していた。そもそも炎の壁に心当たりがないみたいだ。
レネーが答えられないならば、私が答えるしかない。
「あれは私が作ったのよ」
「何のために?自分で自分を追い詰めたようなもんじゃないか?」
「後ろに【宝石喰らい】の大群がいたのよ。あれで足止めしてたの」
「なるほどね。――俺が通路を歩いていたときにはそんな大群は見当たらなかったけど、閃光玉に驚いて逃げて行ったのかな」
「え……それがわかってたらすぐに逃げてたのに」
「ま、結果論を言っても仕方ない」
「そ、そうね」
私は自らを追い込むような趣味はない。しかし、今回は結果として自らを窮地に追いやっていたらしい。なんだか自分が間抜けに思えた。
「早く行きましょうよーっ!」
「わかったわかった」
私とジャンが話していると、レネーがジャンの腕を引っ張って行ってしまった。さっきも思ったけど、ここに来てレネーの強引さが増している。
どうしてこうもレネーは変わってしまったのか。世間に鈍い私でも、この奇妙なレネーの態度を説明するための一つの仮説を得ていた。
今のレネーは、ジャンに取り入ろうとしているのだ。パーティーで伯爵や子爵の令息に取り入ろうとする女たちによく似ていることがその証拠。そんな女たちを何人も見てきた私にはわかる。
ただ一つわからないのは、今までそうした光景に出くわしても何も感じなかったのに、今回に限っては胸がざわざわすることだ。たぶん、レネーの変わり様が著しいせいだと思うのだけれど。
♢♢♢
青い空間を進んでいくと、前方に巨大な石像がいくつも見えた。石を組み合わせたような見た目で、石像と呼ぶには少々不格好な気がしないでもないけど。
「あれは何?」
「【ゴーレム】も知らないのか?」
「知らないわよ、悪い?」
ジャンは私の顔を覗き込むようにして聞いてきた。
今までで一番ジャンの顔が私の顔に近づいた瞬間だった。私がジャンの問いに答えると、ジャンは首を振りながら顔を離してしまった。文字通り、瞬く間に過ぎ去った時間だった。
「あ、マリちゃんはダンジョンが初めてなんですよ」
「初めて!?」
レネーが補足すると、ジャンは目を丸めて叫んだ。
誰にでも初ダンジョンはあるはずなのに、何をそんなに驚くことがあるというのか。
「何よ」
「いや、初めてにしちゃ、随分高難易度のダンジョンに来たんだなと思って」
高難易度?王都近辺では一番高難易度だと聞きはしたけど――
「レベル六まであるうちの四なんだから、別に大したことないでしょ?」
「あのな、レベル四って言ったら、ミスリル三級の四人パーティー以上の戦闘能力が推奨されてるんだぞ?これが高難易度じゃないわけないだろ」
「ふーん。それがどんなもんなのかよくわからないわね」
「何もわからないんだな」
「悪かったわね」
「あ、マリちゃんは冒険者二日目なんですよ」
「二日目!?――ゲホッゲホッ、ウエッホ、ヴエエエエ」
レネーが補足すると、ジャンは絶叫したのち、地面に這いつくばってしまった。レネーはすぐにそばに寄って行き、その背中を優しくさすった。
十秒ほどそうしているうちにジャンは立ち上がり、咳払いを一つした。
「どうしたの?」
「マリがあまりに規格外だったもんだから、ちょっとな」
「ふふん、私は天才だからね。規格外なのも当然よ」
ジャンが私の言葉に応じることはなかった。
ジャンの興味は、すでに何か別のことに移っていたのだろう。私はそのことに少しだけやるせなさを感じた。
そこからは特に会話もなく、静かに歩みを進め、【ゴーレム】の足元まで来た。近づくとその大きさがよくわかる。七メートルくらいあるだろうか。
「この【ゴーレム】ってのは、何なの?」
「【魔結晶】を使って動かす人形みたいなもんだな。人間が魔物を真似して作ったんだ」
「じゃあ、こいつらも動くわけ?」
「壊れかけだから、魔力でも注がない限り動かないだろうね」
「ふーん」
私は何気なく【ゴーレム】をペチペチと叩いてみた。普通に石壁を叩いたような、見た目通りの感触だった。
ジャンとレネーは【ゴーレム】を見慣れているようで、こちらに見向きもせずに進んで行く。二人きりにさせておくのも心穏やかではなかったので、すぐに追いかけた。
「ちょっと、待ちなさいよ」
二人に追いついて、そう声を掛けたときだった。
また地面が、ダンジョンが揺れた。あのときと同じだ。【宝石喰らい】が大挙してきたときと。
「後ろだ!」
そう言ってジャンは振り返った。私とレネーもやや遅れて振り返った。
【宝石喰らい】の群れは……いない。いたのは、複数体の【ゴーレム】。私たちを目がけて突進してくる。
「う、う、動かないって言ってたじゃない!」
私は狼狽えながらも、とにかく火の玉を放った。が、それは【ゴーレム】に直撃した瞬間、泡が弾けるように消えた。
「魔法使いなら、炎魔法で熱した後に水魔法とか氷魔法で冷却ってのが定石だな」
ドシンドシンと音を立て、地面を揺らして【ゴーレム】が近づいて来るというのに、ジャンは横でつらつらと言った。
助言をしてくれたのだろうけど、あいにく私は水魔法も氷魔法も使えない。
「私、炎魔法しか使えないわよ」
「え、そんな魔法使い初めて見た」
「ちょっと、そんな暢気なこと言ってないでどうにかしなさいよ!」
「まあ、見てて」
私とは対照的に、慌てることなくジャンは地面を蹴り出した。刹那、風が私の頬を撫で、髪を揺らした。
十数メートルの距離を一気に詰めると、ジャンは先頭の【ゴーレム】に斬りかかる。青黒く輝くその刀身を翻したときには、【ゴーレム】の右足首が両断されていた。
自然、その【ゴーレム】は体勢を崩し、前に倒れることになる。人生で聞いたこともないような轟音が重く反響した。
ジャンはその間も止まっていなかった。同じような所作で次々と【ゴーレム】を地に伏せていく。掴みかかられそうになったときには、その指や腕を切り落とすことによって、攻撃を回避していた。
剣には明るくないけれど、これが達人技なのは誰に聞かなくともわかった。むしろ、これが達人技じゃないのであれば、きっと達人というのは人間ではない何かだ。
「す、すごい……」
隣でレネーが呟いたときには、【ゴーレム】は一体残らず地面に伏せていた。もちろん、全てジャンの仕業だ。
ジャンの力に感嘆するとともに、私は一つ疑問に思った。これほどの力をもっているのに、まだ復讐できていない相手とはどんな存在なのかと。
それとも、ジャンが復讐に燃えているというのは、私の気のせいだったのだろうか。
「さ、進むなら今のうちだ。斬っただけじゃ【ゴーレム】は死なないからな」
その疑問の答えが見いだせないうちに、ジャンは戻ってきていた。
【ゴーレム】が死んでいないと言うのでそっちを見ると、ぐねぐねとのたうち回りながらこちらに近づいて来ようとしていた。
「少し気味悪いわね」
「中の【魔結晶】を砕かない限り、動きを止めることはない。侵入者を排除するためだけに動くんだ」
「動かないって言ってたのに、何で急に動いたのかしら」
いまだジタバタと暴れる【ゴーレム】を見ながら、私は気になっていたことを聞いた。
ジャンは腕を組んで、少しだけ考え込むような素振りを見せて言った。
「あれに触った?」
「何度か叩きはしたわ」
「たぶん、それで魔力が注がれちまったんだろうなあ」
「でも、一体しか叩いてないわよ?それなのに、なんであんなにたくさんの【ゴーレム】が動き出したのよ」
私はちょっとだけムキになって反駁した。ジャンの言い草だと、私が【ゴーレム】を一体一体叩いて回った子供のように聞こえてしまうから。
現に、レネーはクスクス笑っている。
「マリから魔力を受け取ったやつが、周りのやつらに分け与えたんだろうな」
「へえ、最近の人形はすごいのね」
ジャンの答えに私は素直に驚きを表した。
しかし、その驚きはすぐに行き場を失うことになった。
「最近って、あれは古代文明が作ったものだから、全然最近じゃないぞ」
「はあ?いくら初心者の私だって、そんな剥き出しの嘘には騙されないわよ。昔の人間にそんなことできるわけないじゃない」
「さすがにエキドナとか四魔女のことくらい知ってるだろ?あの時代は今よりも進んだ魔法文明があったんだよ」
「エキドナ?どこかで聞いた名前ね」
「ほら、マリちゃん。そのローブを作った人の名前だよ」
レネーが補足すると、ジャンは空気が漏れるような音ともに後ろへ倒れた。気を失ってしまったみたいだ。
私とレネーは、迫りくる不気味な【ゴーレム】を背にして、ジャンを引きずりながら逃げた。




